〈完結〉魔女のなりそこない。

ごろごろみかん。

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二章

悪しき魔女の、唯一の。

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「──」

何人かが、ギリ、と歯を食いしばった。
だけどやがて、王家の命令に忠実な彼らは、じりじりと避難を始める。
いずれ、援軍がよこされるだろう。
だけどそれまでの時間は、おそらくない。
騎士やラディールを除いたメイド、従僕がその場から離れる。
火の粉が飛んできて、頬を焦がす。
煙を吸って、咳き込んだ。

「っ……げほ、ごほ……」

その時、向こうの方から複数人の影が見えた。
先程の仲間が戻ってきたのだろう。
その手には、新聞が一枚握られている。

「近くの民家を襲って見っけたやつですが、その女が言うことは正しいようです!」

「…………」

ルエイン様を後ろから掴んでいた男がこちらに歩いてくる。
そして、ルエイン様を突き飛ばすと代わりに私の手首を取った。

(痛……!)

ぎりり、と強く手首を握られる。
突き飛ばされたルエイン様の体は、ラディールがしっかりと抱きかかえていた。

「おい、行くぞ」

男が声をかける。
逃げないようにするためか、私の手首にぐるぐると荒縄をかけ、結んでいく。
ラディールもまた、同じように拘束されている。

(私はどうなってもいい。だけど……ラディールは、ラディールだけは、逃がさないと……)

ふと振り返ると、ルエイン様は地面に倒れ込んでいた。

早くこの場を離れなければ、彼女もまた危うい。
この火の燃え具合であれば、今から消火活動を始めても、周囲へ影響が出てしまうだろう。
一刻も早く、周囲の住民もまた、避難させなければならなかった。
先程逃がした従僕や騎士たちが彼らの避難も先導してくれることを、今はただ祈るしかない。
私はルエイン様を見た。

「ルエイン様!」

叫ぶ。
彼女が顔を上げた。
ルエイン様の髪は乱れ、金糸のように顔に垂れていた。

「早くこの場を去ってください!……何よりも、貴女の体が大切です……!」

すんなりと、その言葉を口にできた。
それに少しだけ、ほっとして、自分を見直した。

ほら、私にもできることがあるじゃない。
ただ恐れて、震えるだけではなく、誰かを守れることが出来る。

彼の──愛する、ひとを。
守ることができるのだ。

(なんだ、私も結構、捨てたものじゃないのかもしれない)

怯える心を隠して、唇を震わせて、苦笑した。
なんだか、笑いたいような、泣きたいような、複雑な感情だ。

確かに私の中に眠る魔女の力が暴走し、その力をもってルエイン様を襲った──のかもしれない。
そのせいで、人もまた、死んだのかもしれない。
それを一生の罪として、背負おう。

でも、最後に|ルエイン様(かのじょ)のために動けたことは、誇っても──いい、わよね?

私にも。
私でも。

守れるものがあるのだと、そう思って──良いのだろうか。

私の言葉に、ルエイン様は少し驚いたように目を見開いたあと──重たそうに体を起こした。
そして、そのままドレスの裾を持ち上げ、走っていく。

「…………」

息を吐く。
空を見上げれば、鈍色の曇天までもが、炎の赤に染められているように見えた。

(これでいい。
これでいい、の)

安堵感からか。
脱力感からか。

どっと疲労を覚えていると上からなにか、布のようなものを被された。

「しばらく荷物になってもらうぜ」

男はそう言うと、私を担ぎあげ、そのまま歩き出した。
振動が伝わる。

やがて、頬に冷たい風が触れた。
火の手が上がった場所から離れたのだろう。
ぎい、となにか開く音がして、中に投げれた。

受け身も取れずに背中から転がると、私の胸元にラディールが倒れ込んでくる。

「っ……!」

「んじゃ、仲良くおねんねしてな。あとは、国王様がよろしくやってくれるからよ」

男はそう言うと、扉を閉めた。
ばたん、と冷たく音が響く。

(男たちの目的は、陛下を呼び出すこと……。なにか、交渉したいことがある?)

それともこれも、ドゥランで起きた革命の余波。影響なのだろうか。

やがて、がらがらと車輪が回る音がした。
おそらく、馬車に乗せられたのだろう。
先程、民家を襲ったと言っていたのを聞いたし、これも盗品だろうか。
そんなことを考えていると、胸元でラディールが動く。

「王妃陛下……。申し訳、ございません……!私がついていながら……!!」

「いいのよ。あの場では、これが正解だったの」

「そんなはずは……!!」

「彼らは、王妃を狙っていた。それに、ルエイン様は陛下のお子を宿されているのですもの……。私は確かにランフルアの王女だけど、今はレーベルトの王妃なのです。だからこそ、国のために最善となる手段を選びとる必要がありました。陛下の御子を守るのは、王妃として当然のことです」

「ですが……ほかの、ほかのものが王妃陛下の身代わりになることも……」

ラディールの声が小さくなる。
私は彼女の言葉に、首を横に振った。

「着ているドレスが違います。装飾品もそうですが……メイドが、王妃の身代わりになるというのは現実的ではないわ。あの時、名乗りあげられるのは私しかいなかったの」

私は、芋虫のように転がったまま、努めて冷静な声を出した。

「……ラディール。貴女だけは、何としてでも無事に城に帰らせます」

ひゅ、と彼女が息を吸い込んだ音がした。

「お、うひ陛下は……」

「心配には及びません。……ラディール、あなたには今まで、とても苦労をかけました」

衣擦れの音がする。
彼女が首を横に振っているのだろう。

「……貴女も耳にしているでしょう?私は、魔女の血を引いています。だから……だから、大丈夫。貴女は、何も心配しなくていいの」

母の言葉を、思い出す。
優しくも穏やかで、そして気苦労が耐えなかった、お母様。

『エレメンデール。私の可愛い、エレメンデール。お前にひとつだけ、お前でも使える魔法を教えましょう』

ええ、お母様。

『良い?これは、生涯一度きりしか使えないの。使う時は、ちゃんと考えて使うのよ』

分かってるわ。
そして、思うの。
今がその、使うべき時なのだと。

  
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