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二章
不幸を喚ぶ象徴
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「……そう、ですか」
存外、静かな声が出た。
ひどく、疲労していた。
堕胎薬。
私がレーベルトに来てから、子を成さなかった理由。
婚姻してからすぐに子を宿した、彼女。
ああ、なるほど。
その通りなのだろう。
きっと、ロディアス陛下は私との子など、最初から求めていなかった。
ただただ静かに呟いた私の態度が、さらに彼女の気に障ったのか、さらに苦渋を滲ませた声で続けた。
「王妃陛下の苦しみを、私は理解しているつもりです。ですが……ですが!だからといって……子の、命まで……。子は、関係ないではありませんか。……お願いします。私はどうなっても構いません。ですから……!子は、この子だけは……!」
「ルエイン様。私は」
「あなたは魔女なのでしょう?だから、私が憎くてこんな──」
「違います!!」
咄嗟に、叫ぶように言っていた。
突然大声を出した私に、彼女は驚いて目を見開いた。
妊婦を興奮させるようなことはしてはいけない。
ぐるぐる。
ぐちゃぐちゃ。
かきまざる感情の中で、唯一それだけを手繰り寄せて、できる限り落ち着いた声を出した。
「私は、私は魔女などではありません。私にそんな力はありません。ですから全て」
「誤解、だと?では、動物の死骸も、シャンデリアの紐が切れたのも、さいきん、私の夢見が悪いのも!メイドが死んだのだって、あなたのせいではないと言うのですか!」
「落ち着いて、ルエイン様。あなたは今大事な体なのですから──」
「私を興奮させているのは、あなたでしょう!」
「それは」
私は何を言えばいいかわからなくなってしまった。ルエイン様は目を見開いて、息を荒らげて、肩で呼吸をしている。
離れた場所で見守っているメイドが、気を揉むようにこちらを見ている。
ルエイン様の体調を心配しているのだ。
ロディアス陛下の、唯一の、子。
その子を、失わせるようなことになってはならない。
私が沈黙すると、ルエイン様がぽつりと言った。
「子が……」
「……?」
「子が……生まれるまで。近くにいて欲しくありません。嫌。嫌なんです。だって、陛下も近くにいらっしゃらないのに、誰が私を守ってくれるというの……!!魔女だなんて得体の知れない魔物がそばにいて、誰が安心できるものですか……!」
「──」
ルエイン様の声は、すすり泣きのようにも思えた。
私は、その言葉に愕然とする。
『陛下も近くにいらっしゃらないのに、誰が私を守ってくれるというの……!!』
守る。それは、誰から?
……魔物から?
いつの間に。
いつから。
私は、ふたりにとって、魔物となっていたのだろう。
呆然とする私に、ルエイン様が手で顔を覆った。
「非礼であることは分かっています。王妃陛下に向かっていう言葉でないことも、理解しています。ですが、私はなにより……この子が大事になのです。私の名誉より、私の命より、何よりも……!!優先すべきものなのです……!」
「…………」
「こ、これ以上……王妃陛下に。人殺しの汚名を……着せたくないのです」
息を呑む。
ぐにゃり、と世界が歪んだ気がした。
魔物。人殺し。
魔女は、魔物。
王妃は、人殺し。
──ランフルアの王妃は、妬心のあまり、謀を行った。
策に陥った妾は、王妃の悪意により、毒杯を呷ることになった。
王妃の報われない恋情はやがて歪んだ嫉妬に変わったのだ。
歪んだ嫉妬は、いずれ、明確な殺意に変わる。
私も。
私も、また。
人を妬む、という、その、歪んだ心から──。
ひとを、第二妃を……この手に、かけるのだろうか?
私はひとではない。
ひとではないから、魔の力で。
その命を奪うのだろうか。
魔女はひとではない。
魔女は、魔物なのだ。
心底、ゾッとした。
やはり、魔女は、不幸を喚ぶ象徴でしかないのだ。
そして、彼女は、幸福を喚ぶひとなのだ。
魔女は、ひとにはなれない。
魔女は、ひとを不幸にするだけの魔物だ。
ロディアス陛下──彼の幸せを奪うだけの、存在だ。
存外、静かな声が出た。
ひどく、疲労していた。
堕胎薬。
私がレーベルトに来てから、子を成さなかった理由。
婚姻してからすぐに子を宿した、彼女。
ああ、なるほど。
その通りなのだろう。
きっと、ロディアス陛下は私との子など、最初から求めていなかった。
ただただ静かに呟いた私の態度が、さらに彼女の気に障ったのか、さらに苦渋を滲ませた声で続けた。
「王妃陛下の苦しみを、私は理解しているつもりです。ですが……ですが!だからといって……子の、命まで……。子は、関係ないではありませんか。……お願いします。私はどうなっても構いません。ですから……!子は、この子だけは……!」
「ルエイン様。私は」
「あなたは魔女なのでしょう?だから、私が憎くてこんな──」
「違います!!」
咄嗟に、叫ぶように言っていた。
突然大声を出した私に、彼女は驚いて目を見開いた。
妊婦を興奮させるようなことはしてはいけない。
ぐるぐる。
ぐちゃぐちゃ。
かきまざる感情の中で、唯一それだけを手繰り寄せて、できる限り落ち着いた声を出した。
「私は、私は魔女などではありません。私にそんな力はありません。ですから全て」
「誤解、だと?では、動物の死骸も、シャンデリアの紐が切れたのも、さいきん、私の夢見が悪いのも!メイドが死んだのだって、あなたのせいではないと言うのですか!」
「落ち着いて、ルエイン様。あなたは今大事な体なのですから──」
「私を興奮させているのは、あなたでしょう!」
「それは」
私は何を言えばいいかわからなくなってしまった。ルエイン様は目を見開いて、息を荒らげて、肩で呼吸をしている。
離れた場所で見守っているメイドが、気を揉むようにこちらを見ている。
ルエイン様の体調を心配しているのだ。
ロディアス陛下の、唯一の、子。
その子を、失わせるようなことになってはならない。
私が沈黙すると、ルエイン様がぽつりと言った。
「子が……」
「……?」
「子が……生まれるまで。近くにいて欲しくありません。嫌。嫌なんです。だって、陛下も近くにいらっしゃらないのに、誰が私を守ってくれるというの……!!魔女だなんて得体の知れない魔物がそばにいて、誰が安心できるものですか……!」
「──」
ルエイン様の声は、すすり泣きのようにも思えた。
私は、その言葉に愕然とする。
『陛下も近くにいらっしゃらないのに、誰が私を守ってくれるというの……!!』
守る。それは、誰から?
……魔物から?
いつの間に。
いつから。
私は、ふたりにとって、魔物となっていたのだろう。
呆然とする私に、ルエイン様が手で顔を覆った。
「非礼であることは分かっています。王妃陛下に向かっていう言葉でないことも、理解しています。ですが、私はなにより……この子が大事になのです。私の名誉より、私の命より、何よりも……!!優先すべきものなのです……!」
「…………」
「こ、これ以上……王妃陛下に。人殺しの汚名を……着せたくないのです」
息を呑む。
ぐにゃり、と世界が歪んだ気がした。
魔物。人殺し。
魔女は、魔物。
王妃は、人殺し。
──ランフルアの王妃は、妬心のあまり、謀を行った。
策に陥った妾は、王妃の悪意により、毒杯を呷ることになった。
王妃の報われない恋情はやがて歪んだ嫉妬に変わったのだ。
歪んだ嫉妬は、いずれ、明確な殺意に変わる。
私も。
私も、また。
人を妬む、という、その、歪んだ心から──。
ひとを、第二妃を……この手に、かけるのだろうか?
私はひとではない。
ひとではないから、魔の力で。
その命を奪うのだろうか。
魔女はひとではない。
魔女は、魔物なのだ。
心底、ゾッとした。
やはり、魔女は、不幸を喚ぶ象徴でしかないのだ。
そして、彼女は、幸福を喚ぶひとなのだ。
魔女は、ひとにはなれない。
魔女は、ひとを不幸にするだけの魔物だ。
ロディアス陛下──彼の幸せを奪うだけの、存在だ。
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