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二章

お前のせいだ

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「──」

あまりの異様さに言葉を失う。
動物の、死骸?
どうして。なぜ。
言葉が続かない。
メイトはさらに説明を続けた。

「窓辺の、へりのところです。起床されたルエイン妃が、窓を開けたところで……その、散乱した遺骸に気がついたようでして」

「…………」

窓辺の、縁。
それも、外側、ということであれば人為的なものではないだろう。
ルエイン妃の窓の外は王家有する中庭だ。
王家の庭は、王族以外の立ち入りが許されておらず、入口は常に騎士が守っている。

その上、窓辺の縁ということであれば、壁を伝い登ってでもしない限り不可能だ。
当然、壁を伝い登るなんて不審な行為をしていれば、すぐに発覚する。

(動物の仕業?)

だとしても、何の偶然だろうか、
昨日に引き続き、今日も、だなんて。

「……ルエイン様のご様子は?」

私が尋ねると、メイドは首を横に振った。

「とても混乱されていて……。その、呪いだ、と」

「──」

「呪われてるのだ、と……。仰られているようです。ずいぶん錯乱したご様子で、お子に障ると判断し、薬湯を飲まれていまはお休みになられています」

「そ………う」

その声は、上手く言葉になっただろうか。

魔女。
それは、魔獣を操り、ひとを食わせる悪魔とよばれ、『不幸』を喚ぶ象徴とも言われている。

そう。『不幸』を喚ぶ象徴なのだ。

(私の……せい?)

私は、魔女のなりそこないだ。
魔女になれなかった落ちこぼれで、魔女としての力は無いに等しい。
だけど、それでも。
魔女である母の血を引いていることは確かだ。
もし。もしも。

(私が……私の中に眠る【魔女の力】が勝手に働いて……ルエイン様を襲っているのだとしたら)

その仮定は、あまりにも恐ろしいものだった。

『お前たちのせいで。お前の母が……私の幸福を奪った……!』

王妃の言葉を思い出す。
幸福をとりあげ、不幸を与える魔女。
もしその言い伝えが、その言葉が真実だとするのなら。

「……王妃陛下?」

メイドが、気遣わしげにこちらを見る。
その瞳に、私を疑う色が、私を畏怖する色がないことに気づいて、私はようやく息ができた。

魔女。
それは、ランフルアでもっとも忌み嫌われる言葉。
恐れられ、怖がられ、畏怖され、嫌悪され、忌避され──【不幸】全てを表したかのような存在なのだ。
レーベルトでは、魔女と英雄の話はあまり有名では無いのだろう。
信仰国家であるレーベルトは、聖女伝説が有名だが、他国の成り立ちにまで知っているものは限られているのかもしれない。
だけど彼女も、私のことを知ったら。

ランフルアに伝わる魔女と英雄の話を知ったら──。
彼女の私を見る目もまた、変わるのだろうか。
私に触れるのも、話すのも、関わることすら忌避するようになるのだろうか。
それを想像すると、目の前が真っ暗になるような絶望があった。

なぜ、私は魔女の娘なのだろう。
そのくせに、魔女のなりそこないである私は、魔女としての力を使えない。

なんて、中途半端な。




それからも、ルエイン様の身辺では不可解なことばかりが起きた。
立て続けに奇妙なことが起こり、メイドたちはもちろん、ルエイン様も相当に参っていると聞いている。

ベットの下から野ねずみが数匹出てきたり。
天井から雨漏りし、その水が赤を帯びた色だったり。

更には、彼女の身の回りの世話をしていたメイドがひとり、亡くなった。

それは不慮の事故だった。
彼女は城下町に降りた時に、暴走した馬車に轢かれたのだ。
ただの偶然。事故だったのだ。
それは分かってあるが、しかしそれにはあまりにも──それは、決定的なものだった。

『ルエイン妃は呪われているのでは』
『お子を成さない王妃陛下のお怒りが』
『王妃陛下は魔女の血を引いているらしい』
『ランフルアでは、魔女は忌むべく存在として……』

ひそやかに交わされる言葉。
きっと、それらは全て正しい。

ひとつ、真実の欠片が見つかれば、ひとはそれを全て暴こうとするものだ。
私が魔女の血を引いていて、そしてランフルアでは魔女は『不幸を喚ぶ象徴』と言われていること。
さらに、魔女には人ならざる力があることまで噂され、あっという間にそれは王城内外に広まった。

メリューエルと、式典で顔を合わせた。
彼女は去年、男女の双子を産んでいる。
出産を経て、メリューエルは再度社交界に復帰していた。
式典で顔を合わせると彼女は『ただの噂です。お気になされませんよう』と気にかけてくれたが、その意見が少数派であることは明らかだった。

みな、私を恐れている。
魔女の血を持つ、私を。




ふと、王城を離れる前の、ロディアス陛下の言葉を思い出した。

『困り事があれば、五大公爵家の令嬢を頼るといい』

彼はそう言ったが、ルエイン様は反五大派筆頭貴族、ステファニー家の娘だ。王妃の私が五大公爵家の一家であるメンデル家の娘、メリューエルや、ラズレイン家の娘、ライラを頼れば、それは肩入れと見られかねない。
王家は中立の立場を求められるのだから。

万が一、彼らの話がこじれれば、それは五大公爵家と反五大派の仲の悪化にも繋がる。
ロディアス陛下が不在の今、不用意な行動は慎むべきだ。
だから、頼ることはできない。



夜。寝室で、私は眠らずにぼんやりと、寝台に腰掛けていた。燭台に灯された明かりが、ゆらゆらと揺れる。
それを見ながら、私は静かに考えを整理していた。

思うに、ルエイン様はきっと、なにかに勘づいていたのだろう。
だから先日、私を訪ねたのだ。
あの時に話を聞いておけば──心底悔やんだが、今更言っても仕方ない。
まだ、間に合う、はずだ。

まだ。

(……ひとがひとり、死んでいるのに?)

脳内で、囁く声がする。
それに、ゾッとした。

そうだ。既に死人が出ているではないか。
私のせいだ。
私の。

私の、この、魔女の力のせい──。

本当に力がないの?
本当に、魔女として人ならざる力を使うことは出来ないの?

私は魔女のなりそこないだ。
だけど、私がそう思っているだけで──本当はどうなのか、分からない。分からないのだ。

私のせいではない。
本当に?
どうしてそう言いきれるの?
なぜ?

──エレメンデールわたしが悪くない、という証拠は?

頭の中で、声が囁く。
もしかしたら、私の力によるものでは無いのかもしれない。

ただの偶然なのかもしれない。

だけど、もしそれが真実で。
これ以上、被害が出て。

さらには、ルエイン様の子まで奪うような、ことに、なったら──。

──それを望んでいるんでしょ?だから、無意識に魔女の力を使った。

「……そんなことない!!」

咄嗟に、悲鳴のような声がこぼれていた。

そんなことは!!
それだけは!
それだけは……有り得ない!

「わたしは……私は!ルエイン様の子を…………。なにも、罪のない、あたらしい……いのち、を」

奪うような。
そんな、真似は。

そんな、ことは。

「かんがえてない……」

本当。本当なのよ。
これだけは、本当なの。

──本当に?じゃあ、なぜ、ルエイン様の周りでは奇妙なことばかり起きるの?あまつさえ、死者まで出てるじゃない。|エレメンデール(あなた)のせいでしょ?認めなさい。往生際の悪い。

「ちがう……。ちが……」

違うはずだ。
違う。絶対に……。

──じゃあ、どうして不吉なことばかり起きるの?

「……わから、ない」

分からないのだ。本当に。
私は何もしていない。

私は、なにも──。
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