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二章
別れの足音
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あの夜について、ロディアス陛下は何も言わなかった。
なかったことにしようと、そういうことなのだろうか。
いつもなら──いや、以前なら。
彼は行為のあと、私と眠った。
それを、彼はわざわざ王の寝室まで戻って休んだのだ。
それが全て。
ルエイン様の妊娠は、未だに公にならない。
まだ、子を宿されて間もないのだろうか。
子を宿したのことない私が知る妊婦の知識など、ごくごく浅いものだ。
その中でも、妊娠初期はとても繊細なものなのだと聞いた。そうであれば、彼女が夜会を欠席するようになったのも頷ける。
彼女と、ロディアス陛下の子。
その子を、私は憎まずにいられるだろうか。
今はただただ、それだけが恐ろしい。
自分が変わってしまう、恐怖がある。
ひと月が経過して、去年と同じように夏が来た。
北方に位置するレーベルトは今年も変わらず冷夏で、さほど暑くない。
日向のもとにいれば、流石に汗ばむものの、南方に位置するランフルアよりは過ごしやすい。
ロディアス陛下とは、寝室を共にしていないから、朝食を一緒に摂ることもなくなった。
昼食もまた、多忙な彼とは時間が合わずに、ひとりで食べている。
並べられた料理は以前と変わらず美味しいはずなのに、砂を噛んでいるように味がしない。
噛みしめれば、きちんと味はする。
子牛のローストは、甘塩っぱいラズベリーソースが濃厚に絡み、口の中でお肉が溶ける柔らかさだった。肉汁がじゅわりと零れ、旨みが広がる。
トマトとパプリカの彩りが美しいブルスケッタは、香り高いオリーブオイルと良くあっている。トマトの酸味と、酢につけられたパプリカが、オリーブの風味が強いオリーブオイルと合わさり、絶妙に美味しい。
美味しい、はずだ。
薄くスライスされたチーズも、エビのビスクスープも、バターの香る柔らかな白パンも。
全て、全て、美味しいはずなのに。
彼と摂る食事の鮮やかさを知っているせいか、上手く感情が追いつかない。
昼食後、日課の自習を行っていると、扉がノックされた。
すぐに、部屋に控えていたメイドが確認する。
訪ね人と、何言か言葉をかわすと彼女はほんの少し、困惑した目をしながら歩いてきた。
「陛下がいらっしゃいました。いかがされますか?」
「陛下が?」
思わぬ訪問者に、羽根ペンを持っていた手がかすかに揺れる。私の動揺を示すように。
私はサッと自身の格好を見下ろした。
そして、彼の前に出られる姿であることを確認するとゆっくりと立ち上がる。
気分は急いていたが、王妃として、いついかなる時も品格を失ってはならない。
「お通しして」
なかったことにしようと、そういうことなのだろうか。
いつもなら──いや、以前なら。
彼は行為のあと、私と眠った。
それを、彼はわざわざ王の寝室まで戻って休んだのだ。
それが全て。
ルエイン様の妊娠は、未だに公にならない。
まだ、子を宿されて間もないのだろうか。
子を宿したのことない私が知る妊婦の知識など、ごくごく浅いものだ。
その中でも、妊娠初期はとても繊細なものなのだと聞いた。そうであれば、彼女が夜会を欠席するようになったのも頷ける。
彼女と、ロディアス陛下の子。
その子を、私は憎まずにいられるだろうか。
今はただただ、それだけが恐ろしい。
自分が変わってしまう、恐怖がある。
ひと月が経過して、去年と同じように夏が来た。
北方に位置するレーベルトは今年も変わらず冷夏で、さほど暑くない。
日向のもとにいれば、流石に汗ばむものの、南方に位置するランフルアよりは過ごしやすい。
ロディアス陛下とは、寝室を共にしていないから、朝食を一緒に摂ることもなくなった。
昼食もまた、多忙な彼とは時間が合わずに、ひとりで食べている。
並べられた料理は以前と変わらず美味しいはずなのに、砂を噛んでいるように味がしない。
噛みしめれば、きちんと味はする。
子牛のローストは、甘塩っぱいラズベリーソースが濃厚に絡み、口の中でお肉が溶ける柔らかさだった。肉汁がじゅわりと零れ、旨みが広がる。
トマトとパプリカの彩りが美しいブルスケッタは、香り高いオリーブオイルと良くあっている。トマトの酸味と、酢につけられたパプリカが、オリーブの風味が強いオリーブオイルと合わさり、絶妙に美味しい。
美味しい、はずだ。
薄くスライスされたチーズも、エビのビスクスープも、バターの香る柔らかな白パンも。
全て、全て、美味しいはずなのに。
彼と摂る食事の鮮やかさを知っているせいか、上手く感情が追いつかない。
昼食後、日課の自習を行っていると、扉がノックされた。
すぐに、部屋に控えていたメイドが確認する。
訪ね人と、何言か言葉をかわすと彼女はほんの少し、困惑した目をしながら歩いてきた。
「陛下がいらっしゃいました。いかがされますか?」
「陛下が?」
思わぬ訪問者に、羽根ペンを持っていた手がかすかに揺れる。私の動揺を示すように。
私はサッと自身の格好を見下ろした。
そして、彼の前に出られる姿であることを確認するとゆっくりと立ち上がる。
気分は急いていたが、王妃として、いついかなる時も品格を失ってはならない。
「お通しして」
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