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一章
変えられない定め 【ロディアス】
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「──」
ステファニー公爵は、驚きに数秒息を呑んだがすぐに全てを理解したような笑みを浮かべた。
あくどい顔だ。
私欲に腹を肥す人間の顔でもあった。
ステファニー公爵は、今まで何度となく、ロディアスにその手の話をしたが、彼から明確な答えは一切得られなかった。
いつもふわふわとした笑みを乗せて、受け流される。それに腹を立てていたのは事実。
だけどこの土壇場で彼からそう声をかける、ということは。
それはつまり──。
五大公爵家の面々は、あからさまに顔を顰め、ルエインの妃入りに反発して見せた。
「私は反対です。ここで貴族の娘をあらたに妃の座に加えては、国民の反感を買いましょう。であれば、貴族ではない娘を召し上げる方がよろしいのでは」
ルドアール公爵が淡々と述べた。
「貴族でないものを王の妃にするなど、貴公、正気か」
また別のものが反論する。
「いや、貴族ではないとは仰られたが王族でないとも言っておられない。であれば、エルブレムあたりから王族に連なる血を持つ娘を……」
「今議論しているのは、国民の支持を得ることに対してだ。周辺国に関しては、二の次でよいと陛下は仰せだ」
「しかし、だからといって今このタイミングで貴族の娘を娶るのは……」
好き放題に議論させているものの、ロディアスは既に自身の言葉を覆す気はなかった。
国民の間で名高いステファニーの娘を妃にする、など、ただの後付けに過ぎない。
本当の理由は、『五大公爵家と真っ向から対立する反五大派の手綱を握っておきたい』から。
これに過ぎない。
ルエインが第二妃になる。それは即ち、ロディアスの監視下に入ることを意味している。
王家の縁戚となったステファニー公爵は間違いなく、幅をきかせてくるだろうが、既に十分すぎるほどの旨味は与えているはずだ。
これ以上の助長は決して許すつもりはなかった。
(……それに、今このタイミングでステファニー公に叛意を翻されたら厄介だ)
そして間違いなく、ステファニー公爵はそれを手に、交渉をしてくることだろう。
実際にことを起こすかどうかはともかくとして、内乱を示唆することを口にして、ルエインの妃入りの言質を取ろうとするはずだ。
であれば、ステファニー公爵に良いようにされる前に先手を打つべきだ。
これは、ステファニー公爵の言葉に負かされて決められたものではなく、|国王(ロディアス)の意思だと思わせる必要がある。
頭の痛いことに、反五大派を後押しする人間は数多くいる。
ロディアスの叔父もまた、反五大派閥の人間だった。特に、王位を継げない王族は、公爵位を叙爵されても五大公爵家の一員となれないために、反五大派に属する傾向がある。
隣国で革命が起きた今、貴族の二大勢力である五大公爵家と反五大派閥が真っ向からぶつかるようなことがあれば──それは間違いなく、内乱となるだろう。
そして、国が乱れている隙を狙って、他国から侵攻が始まらないとも限らない。
情勢が安定しない今は、貴族間の秩序を優先するべきだ。
そこに、ロディアス本人の意思は存在しない。
『僕の妃は、きみだけでいい』
エレメンデールに告げたその言葉は真実だった。
『僕は、きみとなら、互いに互いを助け合う、|良(よ)い夫婦になれると思った。……僕はきみを、信頼している』
それもまた、真実。
彼はあの時、間違いなく自身の感情を優先し、それだけで言葉を紡いでいた。
打算も損得勘定もなく、ただただ思うままに言葉を口にした。
だけど──結果として、それは偽りとなった。
予め決められた定めのごとく、覆すことは叶わなかった。
エレメンデールはどう思うだろうか。
失望するだろうか。幻滅するだろうか。
あるいは──やはり、と苦笑するだろうか。
自身より八個も年上なくせに、妙に夢見がちな発言をしている、と思っただろうか。
『何も、ステファニーの娘を第二妃にすることだけが、正解ではない』
あの時、その言葉を口にしたのは紛れもない本心。
状況が変わったといえば、それまでだ。
あの時は、それ以外の選択肢を模索することも可能だった。
しかし、隣国で革命が起きた今では──。
その選択肢を選ばず、ほかの道を探すことはあまりに非効率で、悪手だった。
『僕はきみを、信頼している』
『ありがとうございます。その言葉、嬉しく思います』
あの時も。
『僕の妻がきみで、良かった』
『ありがとう、ございます』
この時も。
思えば、彼女は決して、『私も』とは同調しなかった。
ただ、静かに礼を言っただけだ。
そこに、彼と彼女の温度差を見た気がした。
☆
確かにあの時のロディアスの言葉は真実だったし、本物だった。
だけど──彼は、真実のみで生きていけるほど、自由な立場ではなかった。
己の個よりも、国を優先させる。
それは、立太子された時から息を吸うように行ってきたことであり、今更それに苦痛を覚えるはずがない。
そのはずなのに、なぜか──。
なぜか、言いようのない戸惑いを覚える。
なにか、心に引っかかるような。
だけどその先を探し、答えを見つけるだけの、自問に耽ける時間は彼に許されていない。
まずはこの緊迫した、レーベルトを安定させる方がずっと大切だ。
ルエインの第二妃入りは、夏の終わりと定められた。
常にないほどの早さで日程を定められたのは、隣国の影響を風化させるため。
隣国の革命による混乱は、予想通り自国レーベルトにももたらしたが、それを覆うように国王の婚姻が公表された。
そうすれば、あとに残るのは祝福の空気のみ。
だけどロディアスは、言いようのない、蟠りを覚えていた。
それは、なにかを、取りこぼしたような。
あるいは、なにかを逃してしまったかのような。
致命的な誤ちを──犯してしまったかのような。
言いようのない、胸騒ぎ。
もう、夏が終わる。
【一章 完】
ステファニー公爵は、驚きに数秒息を呑んだがすぐに全てを理解したような笑みを浮かべた。
あくどい顔だ。
私欲に腹を肥す人間の顔でもあった。
ステファニー公爵は、今まで何度となく、ロディアスにその手の話をしたが、彼から明確な答えは一切得られなかった。
いつもふわふわとした笑みを乗せて、受け流される。それに腹を立てていたのは事実。
だけどこの土壇場で彼からそう声をかける、ということは。
それはつまり──。
五大公爵家の面々は、あからさまに顔を顰め、ルエインの妃入りに反発して見せた。
「私は反対です。ここで貴族の娘をあらたに妃の座に加えては、国民の反感を買いましょう。であれば、貴族ではない娘を召し上げる方がよろしいのでは」
ルドアール公爵が淡々と述べた。
「貴族でないものを王の妃にするなど、貴公、正気か」
また別のものが反論する。
「いや、貴族ではないとは仰られたが王族でないとも言っておられない。であれば、エルブレムあたりから王族に連なる血を持つ娘を……」
「今議論しているのは、国民の支持を得ることに対してだ。周辺国に関しては、二の次でよいと陛下は仰せだ」
「しかし、だからといって今このタイミングで貴族の娘を娶るのは……」
好き放題に議論させているものの、ロディアスは既に自身の言葉を覆す気はなかった。
国民の間で名高いステファニーの娘を妃にする、など、ただの後付けに過ぎない。
本当の理由は、『五大公爵家と真っ向から対立する反五大派の手綱を握っておきたい』から。
これに過ぎない。
ルエインが第二妃になる。それは即ち、ロディアスの監視下に入ることを意味している。
王家の縁戚となったステファニー公爵は間違いなく、幅をきかせてくるだろうが、既に十分すぎるほどの旨味は与えているはずだ。
これ以上の助長は決して許すつもりはなかった。
(……それに、今このタイミングでステファニー公に叛意を翻されたら厄介だ)
そして間違いなく、ステファニー公爵はそれを手に、交渉をしてくることだろう。
実際にことを起こすかどうかはともかくとして、内乱を示唆することを口にして、ルエインの妃入りの言質を取ろうとするはずだ。
であれば、ステファニー公爵に良いようにされる前に先手を打つべきだ。
これは、ステファニー公爵の言葉に負かされて決められたものではなく、|国王(ロディアス)の意思だと思わせる必要がある。
頭の痛いことに、反五大派を後押しする人間は数多くいる。
ロディアスの叔父もまた、反五大派閥の人間だった。特に、王位を継げない王族は、公爵位を叙爵されても五大公爵家の一員となれないために、反五大派に属する傾向がある。
隣国で革命が起きた今、貴族の二大勢力である五大公爵家と反五大派閥が真っ向からぶつかるようなことがあれば──それは間違いなく、内乱となるだろう。
そして、国が乱れている隙を狙って、他国から侵攻が始まらないとも限らない。
情勢が安定しない今は、貴族間の秩序を優先するべきだ。
そこに、ロディアス本人の意思は存在しない。
『僕の妃は、きみだけでいい』
エレメンデールに告げたその言葉は真実だった。
『僕は、きみとなら、互いに互いを助け合う、|良(よ)い夫婦になれると思った。……僕はきみを、信頼している』
それもまた、真実。
彼はあの時、間違いなく自身の感情を優先し、それだけで言葉を紡いでいた。
打算も損得勘定もなく、ただただ思うままに言葉を口にした。
だけど──結果として、それは偽りとなった。
予め決められた定めのごとく、覆すことは叶わなかった。
エレメンデールはどう思うだろうか。
失望するだろうか。幻滅するだろうか。
あるいは──やはり、と苦笑するだろうか。
自身より八個も年上なくせに、妙に夢見がちな発言をしている、と思っただろうか。
『何も、ステファニーの娘を第二妃にすることだけが、正解ではない』
あの時、その言葉を口にしたのは紛れもない本心。
状況が変わったといえば、それまでだ。
あの時は、それ以外の選択肢を模索することも可能だった。
しかし、隣国で革命が起きた今では──。
その選択肢を選ばず、ほかの道を探すことはあまりに非効率で、悪手だった。
『僕はきみを、信頼している』
『ありがとうございます。その言葉、嬉しく思います』
あの時も。
『僕の妻がきみで、良かった』
『ありがとう、ございます』
この時も。
思えば、彼女は決して、『私も』とは同調しなかった。
ただ、静かに礼を言っただけだ。
そこに、彼と彼女の温度差を見た気がした。
☆
確かにあの時のロディアスの言葉は真実だったし、本物だった。
だけど──彼は、真実のみで生きていけるほど、自由な立場ではなかった。
己の個よりも、国を優先させる。
それは、立太子された時から息を吸うように行ってきたことであり、今更それに苦痛を覚えるはずがない。
そのはずなのに、なぜか──。
なぜか、言いようのない戸惑いを覚える。
なにか、心に引っかかるような。
だけどその先を探し、答えを見つけるだけの、自問に耽ける時間は彼に許されていない。
まずはこの緊迫した、レーベルトを安定させる方がずっと大切だ。
ルエインの第二妃入りは、夏の終わりと定められた。
常にないほどの早さで日程を定められたのは、隣国の影響を風化させるため。
隣国の革命による混乱は、予想通り自国レーベルトにももたらしたが、それを覆うように国王の婚姻が公表された。
そうすれば、あとに残るのは祝福の空気のみ。
だけどロディアスは、言いようのない、蟠りを覚えていた。
それは、なにかを、取りこぼしたような。
あるいは、なにかを逃してしまったかのような。
致命的な誤ちを──犯してしまったかのような。
言いようのない、胸騒ぎ。
もう、夏が終わる。
【一章 完】
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