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一章

伝わらない想い/ぶつかる感情

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「ですが……。それでは、陛下のことは誰が守るのですか」

「僕を守るために、近衛も騎士団もある。心配は無用だ」

陛下のその言葉は、生ぬるくも偽りだと思った。
それだけで全てを防げるはずがない。
第一、先程の襲撃がそうだ。
私は太ももに手のひらを乗せて、彼を見た。

なぜわかってくれないのだろう。
焦がした思いが胸を走る。

国王を守るのなら、妃が身を呈した方が勝率が高いに決まっている。
そちらの方がよほど、彼の心身を守る上で役に立つ。

彼は、ロディアス陛下は、優しい人だからきっと諸手もろてを挙げて賛同はしないだろう。
だけど、彼が優しいだけでないことを、私は既に知っている。
彼は効率的で、理論的で、有益無益を冷静に考えるひとだったはずだ。
私は手をぎゅ、と握りしめる。
まだ、じりじりと、やけるような痛みが太ももに走る。

「先程のように、突然襲撃された場合、すぐにあなたを守れる立場にいるのは私です……!」

「僕はそんなこと、きみに頼んでいない」

そのことばに耳のふちまで熱が走った。
カッと顔が熱を持ち、不明瞭な感情がとぐろを巻く。

「だとしても……!陛下は、レーベルトの、この国の、国王であらせられるのです……!私と陛下の命であれば、陛下の命を優先すべき、というのは誰だって考えれば分かります!……陛下も、ロディアス様もお分かりでしょう……!?」

弾けたように言葉を並べる私に、彼はますます眉を寄せた。
そしてぐっと距離を詰めると、至近距離で真っ直ぐに私を見る。

その強い瞳が、今までは怖かった。
恐れを抱いていた。
でも今は、その瞳に負けたくないと思う。
負けて、あなたの優しさに甘えたくない。
あなたの生ぬるい優しさに漬かって、甘やかされて、生きたいとは思わない。

決して、目は背けなかった。
至近距離で、視線が交わる。
息を呑んで、逸らしたくなる思いを必死で堪えた。

「……それを、なぜきみが決めるの」

恐ろしく低い声だった。
彼は、男性にしては高く、甘い声をしているから一瞬、それが誰の声か分からなかった。

驚きに息を呑むと同時、ロディアス陛下が腰をあげる。話は終了だと、言外に告げられた気がした。
彼は私を抱き上げる時に乱れてしまったのか、胸元を軽く直した。

「建国祝祭には僕だけで参加する。きみのことは……疲れが出たようだと話しておく。ラディールを呼んでおくから、楽にしていて。痛みや違和感が生じたら必ず伝えること。……いいね?」

「………」

先程投薬された鎮痛剤のおかげか、痛みは既に麻痺しているように思えた。
今なら私も建国祝祭に出られるはずだ。
その思いが顔に出ていたのだろう。

「エレメンデール」

名を呼ばれて、ゆっくりと顔を上げた。
彼は名を呼ぶだけで、私を諌めてみせた。

「…………はい」

僅かな沈黙に抵抗を乗せて、小さく返事をする。
ロディアス陛下は恐らく、ここで無理をして後に響くことを危惧しているのだろう。
銃痕が後々どう影響をもたらすのか、医療方面に疎い私には分からない。
だけど、博識な彼ならその手の知識があってもおかしくない。

結果として、建国祝祭を欠席するという失態を犯してしまった。

悔しくて、悲しくて、苦しい。

私が至らないばかりに、彼に尻拭いをさせてしまったのだ。
私が沈鬱な顔をしているからだろうか。
彼が身をかがめて、至近距離で私を見た。
彼の透明度の高い、淡い藤色の瞳に囚われる。

ああ、この瞳を守ったのだ、と思う。
この瞳を、失いたくないと──そう思ったのだ。
国王だの、妃だの、それは建前に過ぎない。
そうそうに気がついていた。

ただ、ただ、私は──。

(彼を……守りたいと思ったから)

ただ、それだけなのだ。
綺麗事に内包されているのは、ただの私欲。

「……すぐ戻るから」

陛下の声はとても優しく響いたが、きっと気のせい。
いや、もしかしたら多少は私を案じる声があったのかもしれない。
だけどそれも、【王妃】としての私に気を使っているだけに過ぎない。
彼が内心、何を考えているかなど私にはわからない。
私は俯いて、小さく頷く。

「……お気をつけて」

「もう危険は去ったよ」

彼が苦笑する。
私は首を横に振った。

「先程の襲撃を退けたからもう安全、とは言いきれません。こちらが気を緩めたタイミングで再度仕掛けてくる可能性があります。特に、自棄になったものは何をしでかすか分かりませんから──」

「分かった。分かったから……」

彼は眉を寄せて困ったような、くすぐったそうな、そんな顔をした。
だけどその声には僅かに切なさだとか、寂しさだとかを感じる色があり、戸惑う。

襲撃を受けた直後なのに、それを蒸し返すような話をしたからだろうか。

困惑する私を見て、彼が瞳を細めた。
私を強く案じるような、優しい瞳。
そんなはずはないのに。
そんなふうに見えてしまうのはきっと、私のせい。
私がそう見たいと、無意識のうちに思ってしまっているのだろう。

「……今はただ、きみは自分のことを考えて。こう見えて十三年間王太子の務めを果たし、国王業もまた、一年ほどこなしている。まだまだ若輩者だが、きみが心配するほど頼りないつもりはない。僕はそんな、軟弱な男じゃないよ」

「──っそういう意味では」

「わかってる。でも、僕は今、きみのほうが心配だ。よく休んで。他のことに係われなくていい。よくお休み。エレメンデール」

彼は、私の気を落ち着かせるように目上に手をかざした。視界が彼の手に閉ざされる。
ふわりと香るラベンダーの香りに、なんだか無性に泣きたい気持ちになった。
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