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一章
変わった彼女、変えたのは 【ロディアス】
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王城に戻り、馬車が停止すると、エレメンデールは当然のように自身の足で降りようとした。
腰を浮かせた様子を見せたので、彼女が何か言うよりも早くその腰を掴み、膝の下に手を回す。
「!」
彼女が驚きに息を呑んだのに気づいていながら、ロディアスはほっそりとした体を抱き上げた。
膝の上に乗せると、彼女は石のように固まった。
驚いているだけでない。
恐らく──銃弾によって穿たれために、痛みがあるのだろう。耐え忍ぶように体を強ばらせる彼女に、呟いた。
「堪えないで」
せめて、苦痛の声は押し殺さないで欲しかった。
痛いのであれば痛いと、正直に吐露して欲しいと思った。
痛みを口にするだけで何が変わるのかと言われたら確かにその通りなのだが、それでもくちびるを強く引き結び、苦痛に耐え忍ぶ彼女を見ていると、素直に感情を表して欲しいと思わずにはいられない。
この苦痛を──苦しみを、痛みを、自身の身に肩代わりできたなら。
なぜ、エレメンデールが撃たれるようなことになってしまったのだろう。
ロディアスはあの時のことを思い出した。
銃声の音が聞こえるより先に、エレメンデールが彼に飛びつくようにして、抱きついた。
彼女を受け止めたと同時、重たい銃声が響いたのだ。
そしてそれは、彼女の体に放たれたようだった。
びくり、と腕の中に抱えた華奢な体が衝撃に震えたのを、覚えている。
あの時の感覚はきっと──一生、忘れることは出来ないだろう。
「…………」
ロディアスはきつく目を閉じると、こんがらがる感情を意図的に排除した。
今必要なのは、反省でも後悔でもない。
早く、エレメンデールを医師に診せることだ。
怪我の具合がどれほどのものなのか、まずは調べる必要がある。
早く手当を施さなければ、跡になるだろうし、銃弾が貫通していなければ、重たい後遺症が残ることも想定できた。
そんなこと──そんなことは、絶対に現実にさせてはならなかった。
彼はエレメンデールの体を抱き上げて馬車を降りた。
エレメンデールは何も言わない。
ただ、白い顔はさらに蒼白になり、血の気が引いていた。顔は強ばり、なにかに堪えるように眉を僅かに寄せている。
これで、先程まで笑みを乗せて民衆に手を振っていたのだ。
どれほどの胆力が必要とされただろうか。
どれほどの気力で、痛みに耐えたのだろうか。
よく見れば、くちびるは切れていた。
痛みをこらえるあまり、噛み切ってしまったのだろう。
それを見て、ロディアスは舌打ちをしたい気持ちになった。
むろん、エレメンデール相手に、ではない。
彼女を守りきることできず、さらには彼女に守られる形となってしまった、自身に、だ。
己の妃を、妻を、守るどころか反対に守られるとは。
妃に守られる王など。
妻に守られる夫など。
一国を戴く王としても、ひとりの男としても、あまりにも情けなく──みっともない。
なんて醜態だ。
彼女は自分より八個も下で。
母国を離れたばかりの彼女は、まだレーベルトに慣れてもいないというのに。
「──、」
彼女の見せた姿は、武を司る女神のように猛々しく堂々としていて、いつもの姿からは想像もできないほどの力強さがあった。
『悪漢の銃撃は防ぎました!これも、レーベルトを守る女神様の守護によるものでしょう。……みな、陛下を襲った逆賊は必ず捕らえてください!建国祭という、栄えある日に女神の奇跡を賜れたのです。……パレードは、続けます!』
彼女は凛とした様子を見せて、高らかに周囲に言い放った。
それは、紛れもなく【王家】の人間としての振る舞いで──レーベルトの王妃として、これ以上ないほどの姿だった。
だけど──。
彼女はこうも強気な性格ではなかったはずだ。
自身が怪我を負ってなお、周囲を鼓舞し、激励することができるほど、強い性格でもなかった。
彼の知るエレメンデールは内気で、引っ込み思案で、怖がりで、臆病で、気の弱いところのある、心優しい少女のはずだった。
そんな彼女が、銃撃で撃たれた怪我を隠し、気力だけで痛みを乗り越え、笑みを浮かべて、周囲に何事も無かったかのように振る舞ったのだ。
知らずして、エレメンデールを抱く手に力がこもっていた。
彼女が蒼白な顔のまま、ゆっくりとロディアスを見る。視線が交わり、ロディアスは意図的に優しい笑みを浮かべた。
少しでも、彼女が安心するように、と。
しかし──彼を見た彼女は、ロディアスが想像だにしないことを言ったのだ。
「陛下……。お心遣いは嬉しいのですが、この後は建国祝祭の夜会があります。このような姿を見られれば、何かあったのかと勘ぐられてしまいます」
腰を浮かせた様子を見せたので、彼女が何か言うよりも早くその腰を掴み、膝の下に手を回す。
「!」
彼女が驚きに息を呑んだのに気づいていながら、ロディアスはほっそりとした体を抱き上げた。
膝の上に乗せると、彼女は石のように固まった。
驚いているだけでない。
恐らく──銃弾によって穿たれために、痛みがあるのだろう。耐え忍ぶように体を強ばらせる彼女に、呟いた。
「堪えないで」
せめて、苦痛の声は押し殺さないで欲しかった。
痛いのであれば痛いと、正直に吐露して欲しいと思った。
痛みを口にするだけで何が変わるのかと言われたら確かにその通りなのだが、それでもくちびるを強く引き結び、苦痛に耐え忍ぶ彼女を見ていると、素直に感情を表して欲しいと思わずにはいられない。
この苦痛を──苦しみを、痛みを、自身の身に肩代わりできたなら。
なぜ、エレメンデールが撃たれるようなことになってしまったのだろう。
ロディアスはあの時のことを思い出した。
銃声の音が聞こえるより先に、エレメンデールが彼に飛びつくようにして、抱きついた。
彼女を受け止めたと同時、重たい銃声が響いたのだ。
そしてそれは、彼女の体に放たれたようだった。
びくり、と腕の中に抱えた華奢な体が衝撃に震えたのを、覚えている。
あの時の感覚はきっと──一生、忘れることは出来ないだろう。
「…………」
ロディアスはきつく目を閉じると、こんがらがる感情を意図的に排除した。
今必要なのは、反省でも後悔でもない。
早く、エレメンデールを医師に診せることだ。
怪我の具合がどれほどのものなのか、まずは調べる必要がある。
早く手当を施さなければ、跡になるだろうし、銃弾が貫通していなければ、重たい後遺症が残ることも想定できた。
そんなこと──そんなことは、絶対に現実にさせてはならなかった。
彼はエレメンデールの体を抱き上げて馬車を降りた。
エレメンデールは何も言わない。
ただ、白い顔はさらに蒼白になり、血の気が引いていた。顔は強ばり、なにかに堪えるように眉を僅かに寄せている。
これで、先程まで笑みを乗せて民衆に手を振っていたのだ。
どれほどの胆力が必要とされただろうか。
どれほどの気力で、痛みに耐えたのだろうか。
よく見れば、くちびるは切れていた。
痛みをこらえるあまり、噛み切ってしまったのだろう。
それを見て、ロディアスは舌打ちをしたい気持ちになった。
むろん、エレメンデール相手に、ではない。
彼女を守りきることできず、さらには彼女に守られる形となってしまった、自身に、だ。
己の妃を、妻を、守るどころか反対に守られるとは。
妃に守られる王など。
妻に守られる夫など。
一国を戴く王としても、ひとりの男としても、あまりにも情けなく──みっともない。
なんて醜態だ。
彼女は自分より八個も下で。
母国を離れたばかりの彼女は、まだレーベルトに慣れてもいないというのに。
「──、」
彼女の見せた姿は、武を司る女神のように猛々しく堂々としていて、いつもの姿からは想像もできないほどの力強さがあった。
『悪漢の銃撃は防ぎました!これも、レーベルトを守る女神様の守護によるものでしょう。……みな、陛下を襲った逆賊は必ず捕らえてください!建国祭という、栄えある日に女神の奇跡を賜れたのです。……パレードは、続けます!』
彼女は凛とした様子を見せて、高らかに周囲に言い放った。
それは、紛れもなく【王家】の人間としての振る舞いで──レーベルトの王妃として、これ以上ないほどの姿だった。
だけど──。
彼女はこうも強気な性格ではなかったはずだ。
自身が怪我を負ってなお、周囲を鼓舞し、激励することができるほど、強い性格でもなかった。
彼の知るエレメンデールは内気で、引っ込み思案で、怖がりで、臆病で、気の弱いところのある、心優しい少女のはずだった。
そんな彼女が、銃撃で撃たれた怪我を隠し、気力だけで痛みを乗り越え、笑みを浮かべて、周囲に何事も無かったかのように振る舞ったのだ。
知らずして、エレメンデールを抱く手に力がこもっていた。
彼女が蒼白な顔のまま、ゆっくりとロディアスを見る。視線が交わり、ロディアスは意図的に優しい笑みを浮かべた。
少しでも、彼女が安心するように、と。
しかし──彼を見た彼女は、ロディアスが想像だにしないことを言ったのだ。
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