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一章

王妃の振る舞い

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その日の夕方──晩餐で顔を合わせた陛下は、いつもと変わらない様子だった。昼過ぎに告げられた言葉をぐるぐる考えていた私は、彼のあまりの変わらなさに戸惑った。
次々に食事が運ばれ、メインディッシュに手をつけた頃、彼が静かに切り出した。

「昼に、きみが言ってたことだけど」

「!……はい」

いつもと変わりない様子だったけど、もしかして彼も考えていたのだろうか。
そして今、あの言葉の意味を教えてくれるのだろうか。そう思って彼を見ると、しかし彼は私を見ることなく、口元をナプキンで拭ってから言葉を続けた。

「きみは、言葉遊びが苦手、と言っていたよね?」

「……え?」

思わず、目を丸くする。
彼は私を見て、にこりと笑った。
柔らかな微笑みだ。透明度の高い虹彩は、見るものに柔和な印象を与える。

「だから、適任者を見つけておいた」





三日後。
私は日除けのため、ボンネットを被って馬車に揺られていた。
今日は──そう、ルエイン様とたいへん不仲だという、メリューエル・アリアンと予定があるのだ。

ロディアス陛下の言う"適任者"とは、ミュチュスカの妻である、メリューエルのことだった。
彼が深い信頼を向けている側近のミュチュスカ。
冷え冷えとした印象があり、月のように静かで、何を考えているのか、伺うことが出来ないミュチュスカ。
レーベルトに来たばかりの頃は、私の至らなさがそうさせているのかと思い、少し苦手としていた。
ミュチュスカの妻、メリューエルは私と同じ銀の髪を持ち、紅の瞳を持つという。

ラディールによると、苛烈な性格をしているとのことだが、ミュチュスカの妻ということは、そう難しいひとではないのだろう。そう思っている。
ロディアス陛下の言葉を思い出す。

『ラズレインのところの娘でもいいかと思ったんだけど……彼女は少し、突っ走るくせがあるからね。これ以上ステファニーとの仲をこじらせられたら困るし……。その点、メリューエルならミュチュスカが手網を握ってるだろうから、暴走することはないだろうから。安心安全。レーベルトの社交界で、ラズレインの娘とメンデルの娘以上に詳しいものはいないから、学んでくるといいよ』

「…………」

静かに息を吐く。
初対面の相手と顔を合わせるのは、少し緊張する。先日の、ルエイン様の時のように不興を買ったらどうしよう。なにか、失礼なことを言ってしまったら。そう思うと、何を口にするべきか悩みに悩んでしまうが、ロディアス陛下が信を置くミュチュスカの妻なのだ。
そう気負うことはない……と、思うのだけど。
頭では理解してても、心が追いつかない。
馬車の中で何度となく、息を吐いて、意図して緊張を逃がす。
本来なら、メリューエルが登城するべきだが、彼女は今、子を宿している。そのため、私が直接伺うことにしたのだ。

ミュチュスカも、本日は休暇のため、家に控えているらしい。ロディアス陛下は、ミュチュスカの休暇に合わせて、今日を指定したのだろう。

嬉しかった。何気ない、私がぽつりと零した言葉を拾い上げ、このように計らってくれる彼の心が。その、気遣いが嬉しい。
彼は仕事も多く、ほかにやることもたくさんあるだろうに──貴重な時間を割いて、ミュチュスカに話をつけてくれたのだ。

私のために。

言いようのない喜びを覚える。
素直に、嬉しい、というその感情がとめどなく胸に広がった。
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