36 / 117
一章
邪魔者に過ぎない
しおりを挟む
ティータイムが終わると、私はメイドと騎士を伴って自室に戻ることとした。
時間はわずか一時間にも満たなかったが、どっと疲れた思いだ。
これからずっとこのような日々を送るのかと思うと、今から胃が痛い。
(ルエイン様と上手くやる……。それにはどうすればいいか、わからなかったけど)
今日のティータイムで少しだけ、道が開けた気がする。
いちばん良いのは、彼女に|王妃(わたし)という存在を認めてもらうこと。
だけどそれは、なかなか骨が折れることだろう。
なにせ彼女もまた、ロディアス陛下に想いを寄せる女性なのだから。
となると、──目下、私の目標は。
(ルエイン様に場を掌握されないようにすること……かしら?)
レーベルトの社交界は、彼女の方が熟知している。その上、人脈も私などよりずっと広いだろう。
本当に、私よりもずっと正妃にふさわしい女性だと思う。
ルエイン様から見て、突然現れ、横から想い人をかっさらった私は、さながら魔女そのものだろう。
悪名高い魔女は、欲しいものはみな手にするという。
それはひとの理に定められるものではない。
強欲な魔女の目に留まれば、何をおいても防げるものではないらしい。
ランフルアではまるで死神のように、その存在を語り継がれてきたのだ。
(私も魔女の血を継いでいる)
だからきっと、こうして正妃であることの意味を探し、正妃として、在るべき姿を模索している。
本当に心優しい娘なら、ルエイン様と直々に話して、『私とロディアス陛下はそのような関係ではない』と告げるのだろう。
『彼とは恋情で結ばれた仲でない。だから安心して欲しい』と。
『貴女の想い人を盗ったりしないから』と。
──しかし、私にはそれが出来ない。
彼女と同じように、彼に心を寄せる私が、どうしてそれを言えるだろうか。
口にしてもそれは所詮、上辺のものにしかなり得ない。
強欲で、悪名高い魔女の血を引く私は、彼の愛の代わりにと、彼の妻の席に縋り、しがみついているのだ。
罪悪感が胸を過る。
私が身を引けば、陛下とルエイン様は、王と第二妃という形であっても想いを交わせるかもしれない。
私という邪魔者がいなければ、それは叶うのかもしれない。
すべて、私がほんの少し我慢し、潔く諦めれば、それで済む話なのだ。
……それなのに。
その道を、彼らにとっての最善を、用意できない私は……なんて、罪深いのだろう。
やはり私は、私には、"魔女"の血が流れているのだ。
この肉に、血に、臓物に。
"私"という存在を形づくるそれに、魔女の性が隠されている。
部屋に戻る途中、背後を歩く騎士やメイドたちが不意にサッと膝をついたので驚いて振り向く。
そこには今まさに、私の思考を占めていた彼がいた。
紺のシャツに、王を示す白のジャケットを羽織っている。瞳も髪も色素の薄い彼が白のジャケットを身に纏うと、どこか幻想的に見えてしまうので、不思議だ。
「ティータイムは終わった?」
「はい。先程。……恙無く、終了しました」
少し悩んで、もしかしたら彼は、私がなにか失敗しなかったか、と案じているのかもしれない、と思い、さらに付け加える。
彼──ロディアス陛下は、私の言葉に苦笑した。
「まるで部下の報告だね」
「……申し訳ありません」
少し眉を下げた。
なにか、不興を買ってしまったのだろうか。
彼はそんな私を見ると、首を傾げて見せた。
顔を上げると、既にいつも通りの柔和な笑みを乗せた彼がいる。
「私室に戻るところだった?……少し話そうか」
彼がそう言って、私の横を歩く。
私もまた、彼を追いかけるようにして歩を進めた。後ろでは、少しの距離を保ってメイドと騎士が随従している。
「ルエインがきみに意地悪しなかった?」
その言葉に少し驚く。
それと同時に、やはり彼はティータイムでなにか起きなかったのか、気にしているのだろうとも思った。
正妃と第二妃の仲が悪ければ、それは政争にも繋がるから。毒を盛ったり盛られたり、なんてことになれば社交界が乱れる。
私は頷いて答えた。
「……友人になりたい、と仰っていただきました」
「友人?ルエインときみが?」
驚いたようにロディアス陛下が仰る。
頷いて答えると、彼は「んー……」と悩むように声を出した。
「……他には?」
「……可愛らしいと。その、私を」
「可愛らしい……?」
彼が眉を寄せる。
それに、焦がれるような羞恥心を覚えた。
やはり私には、可愛いという言葉は似つかわしくないのだ。
私は取り繕うようにさらに言葉を重ねた。
「社交辞令だと理解しております。それに……ルエイン様の方がよほど、可愛らしいと思いますし」
「え?いや、そうじゃなくて……。彼女が意味もなくそんなことを言うとは思えなくて」
「意味もなく、ですか?」
思えば、ルエイン様はほかにも、私を素直だ、とも言っていた。
陛下は気が気でないだろう、とも。
それが意味するところは──ティータイムが終わり、ゆっくり考えられるようになった今、その言葉を紐解く。
(……王妃の冠を戴くには、教養や振る舞いが足りない、とそう言いたかったのかしら)
そう大きく外していないだろう。
もしかしたら、もっと苛烈な意味合いがあったのかもしれないが。
そう思うと、ため息を禁じ得ない。
陛下の負担にならないようにしろ、と。
そういう意味合いを含んでいたのかもしれない。
(……そう思うと、私の言葉は……)
考えて、背筋がヒヤリとした。
彼女の方が可愛らしい、と答えた言葉は紛れもない私の本音だが、彼女には"貴女の方が劣っている"と聞こえたかもしれない。
時間はわずか一時間にも満たなかったが、どっと疲れた思いだ。
これからずっとこのような日々を送るのかと思うと、今から胃が痛い。
(ルエイン様と上手くやる……。それにはどうすればいいか、わからなかったけど)
今日のティータイムで少しだけ、道が開けた気がする。
いちばん良いのは、彼女に|王妃(わたし)という存在を認めてもらうこと。
だけどそれは、なかなか骨が折れることだろう。
なにせ彼女もまた、ロディアス陛下に想いを寄せる女性なのだから。
となると、──目下、私の目標は。
(ルエイン様に場を掌握されないようにすること……かしら?)
レーベルトの社交界は、彼女の方が熟知している。その上、人脈も私などよりずっと広いだろう。
本当に、私よりもずっと正妃にふさわしい女性だと思う。
ルエイン様から見て、突然現れ、横から想い人をかっさらった私は、さながら魔女そのものだろう。
悪名高い魔女は、欲しいものはみな手にするという。
それはひとの理に定められるものではない。
強欲な魔女の目に留まれば、何をおいても防げるものではないらしい。
ランフルアではまるで死神のように、その存在を語り継がれてきたのだ。
(私も魔女の血を継いでいる)
だからきっと、こうして正妃であることの意味を探し、正妃として、在るべき姿を模索している。
本当に心優しい娘なら、ルエイン様と直々に話して、『私とロディアス陛下はそのような関係ではない』と告げるのだろう。
『彼とは恋情で結ばれた仲でない。だから安心して欲しい』と。
『貴女の想い人を盗ったりしないから』と。
──しかし、私にはそれが出来ない。
彼女と同じように、彼に心を寄せる私が、どうしてそれを言えるだろうか。
口にしてもそれは所詮、上辺のものにしかなり得ない。
強欲で、悪名高い魔女の血を引く私は、彼の愛の代わりにと、彼の妻の席に縋り、しがみついているのだ。
罪悪感が胸を過る。
私が身を引けば、陛下とルエイン様は、王と第二妃という形であっても想いを交わせるかもしれない。
私という邪魔者がいなければ、それは叶うのかもしれない。
すべて、私がほんの少し我慢し、潔く諦めれば、それで済む話なのだ。
……それなのに。
その道を、彼らにとっての最善を、用意できない私は……なんて、罪深いのだろう。
やはり私は、私には、"魔女"の血が流れているのだ。
この肉に、血に、臓物に。
"私"という存在を形づくるそれに、魔女の性が隠されている。
部屋に戻る途中、背後を歩く騎士やメイドたちが不意にサッと膝をついたので驚いて振り向く。
そこには今まさに、私の思考を占めていた彼がいた。
紺のシャツに、王を示す白のジャケットを羽織っている。瞳も髪も色素の薄い彼が白のジャケットを身に纏うと、どこか幻想的に見えてしまうので、不思議だ。
「ティータイムは終わった?」
「はい。先程。……恙無く、終了しました」
少し悩んで、もしかしたら彼は、私がなにか失敗しなかったか、と案じているのかもしれない、と思い、さらに付け加える。
彼──ロディアス陛下は、私の言葉に苦笑した。
「まるで部下の報告だね」
「……申し訳ありません」
少し眉を下げた。
なにか、不興を買ってしまったのだろうか。
彼はそんな私を見ると、首を傾げて見せた。
顔を上げると、既にいつも通りの柔和な笑みを乗せた彼がいる。
「私室に戻るところだった?……少し話そうか」
彼がそう言って、私の横を歩く。
私もまた、彼を追いかけるようにして歩を進めた。後ろでは、少しの距離を保ってメイドと騎士が随従している。
「ルエインがきみに意地悪しなかった?」
その言葉に少し驚く。
それと同時に、やはり彼はティータイムでなにか起きなかったのか、気にしているのだろうとも思った。
正妃と第二妃の仲が悪ければ、それは政争にも繋がるから。毒を盛ったり盛られたり、なんてことになれば社交界が乱れる。
私は頷いて答えた。
「……友人になりたい、と仰っていただきました」
「友人?ルエインときみが?」
驚いたようにロディアス陛下が仰る。
頷いて答えると、彼は「んー……」と悩むように声を出した。
「……他には?」
「……可愛らしいと。その、私を」
「可愛らしい……?」
彼が眉を寄せる。
それに、焦がれるような羞恥心を覚えた。
やはり私には、可愛いという言葉は似つかわしくないのだ。
私は取り繕うようにさらに言葉を重ねた。
「社交辞令だと理解しております。それに……ルエイン様の方がよほど、可愛らしいと思いますし」
「え?いや、そうじゃなくて……。彼女が意味もなくそんなことを言うとは思えなくて」
「意味もなく、ですか?」
思えば、ルエイン様はほかにも、私を素直だ、とも言っていた。
陛下は気が気でないだろう、とも。
それが意味するところは──ティータイムが終わり、ゆっくり考えられるようになった今、その言葉を紐解く。
(……王妃の冠を戴くには、教養や振る舞いが足りない、とそう言いたかったのかしら)
そう大きく外していないだろう。
もしかしたら、もっと苛烈な意味合いがあったのかもしれないが。
そう思うと、ため息を禁じ得ない。
陛下の負担にならないようにしろ、と。
そういう意味合いを含んでいたのかもしれない。
(……そう思うと、私の言葉は……)
考えて、背筋がヒヤリとした。
彼女の方が可愛らしい、と答えた言葉は紛れもない私の本音だが、彼女には"貴女の方が劣っている"と聞こえたかもしれない。
203
お気に入りに追加
894
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる