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一章
天然と人工の"悪意"
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付け焼き刃で、その場しのぎだと気付かれるだろうか。このような時に意見を、自分の言葉を発するのは、初めてのことで、ひどく時間が緩やかに感じた。
「母国、ランフルアには確かに魔女というものが存在します。母が、魔女であったことも確かです。遠く離れているというのに、ベルデ様はさすがですね。……ヴァネッサ伯からお聞きになられたのですか?」
首を傾けて視線を向けると、ベルデは「いえ」と何に対しての言葉か、目を背けた。
私は彼女を見てから、カップの水面に視線を落とす。ほんの少しだけ、揺らいでいる。
それを見ると、不思議と心がほんの少し、凪いだ気がした。
「ですが、生憎と私には魔女の力、というものがありせん。残念なことです。もし、そんなものがあれば陛下のお力に、ほんの少しでもなれましたのに……」
水面から視線を外し、顔を上げる。
意図的に、笑顔を作る。
笑うことには慣れていない。
ぎこちない表情になってしまっただろうか。
少しだけ口角に力を込める。
視線が交わると、ルエイン様はわずかに眉を寄せたものの──すぐににっこりと笑った。
まるで、それが見間違いだったかのように。
「素晴らしい志ですわ。我が国の王妃陛下が、あなたのような方であって良かった──。そう思います」
ルエイン様が言うと、次々に賛同の声が上がる。
私はその言葉に、目を細めて口角を持ち上げ、苦心して笑みを形作って見せた。
何とか、この場を切り抜けられた、そう思っていいのだろうか。
それからも気の休まらないティータイムは続き、陽が陰り始めたあたりでお開きにすることとした。
中庭の開けた場所にパラソルが置かれ、意図的に日陰を作られたこの場所は、陽が陰ると肌寒く感じる。
そう思って声をかけると、ルエイン様がにっこりと笑う。
この方は、少し怖い。
いつもにこやかで、穏やかに見えるけど──その瞳の奥が凍っているということに、気がついてしまった。
それは何重にも覆い隠された抜き身の刃のような冷たさに似ている。
彼女はまつ毛を伏せて何か思案するように首を傾げた後、ふわりと笑って言った。
「王妃陛下。私は、貴女と友人のようになりたいと思っています。……この国には、まだ慣れていらっしゃらないでしょう?ですから、僭越ながら私が。陛下にこの国、レーベルトの魅力というものをお伝えしたいと思っています」
その提案に驚いた。
だけど、答えられる言葉など限られている。
私もまた、ぎこちなくも笑みを浮かべる。
「……そう、ですね。あなたの仰るように、私はまだレーベルトについて、深く知りません。よろしければ、教えてくださると嬉しいです」
「ふふ。謙虚な方ですのね。こんなに素直な方が王妃陛下だなんて……陛下も気が気でないのではなくて?」
「──」
仕掛けられた、と直感的に思った。
ルエイン様の声は言葉とは正反対に、談笑するかのようにあたたかだ。
ルエイン様の言葉は素直に受け取らない方がいいだろう。これは恐らく、言葉遊びのたぐいだから。
くすくすと笑う彼女が、私を見て目を細める。
「あら、ごめんなさい。……友人として振舞ってもいいと許可をいただいたので、つい。冗談が過ぎましたわ。王妃陛下はそれくらい……可愛らしいということです」
「……可愛らしい、という言葉は初めて言われました。ありがとうございます。ですが、その言葉が似合うのは、ルエイン。あなたのような方だと思います」
私が内心、彼女をルエイン"様"と呼ぶのは、彼女が第二妃に内定しているからだ。
だけど今はまだ、彼女は貴族令嬢に過ぎない。
王女であり、王妃である私が彼女をそのように呼べば第二妃の話は瞬く間に社交界に広がるだろう。
慣れないながらも、受け流すように言葉を返した。
彼女が何の意味を込めて、"可愛らしい"と言ったのか、正確には理解出来ていない。
その意味を探るより、私は沈黙が続くことを避けたから。
咄嗟に出た言葉は、言葉通りのものだ。
私は可愛いという言葉が似つかわしくない女だし、ルエイン様は誰よりも可愛らしい、という表現が似合う娘。
微笑めば、ルエイン様の笑みが強ばったように見えた。
その瞳が、射るように私を見たかと思えば、また柔らかく笑った。
「お褒めの言葉と受け止めさせていただきますね。……本当に、素直な方」
最後の言葉は、どこか諦観めいた声にも聞こえた。
恐らく、彼女の機嫌を損ねたのだろうということは理解した。
ひとに嫌われること、それは迫害を意味する。
嫌悪と嫌がらせはいつだってセットで、私はそれを身をもって知ってきた。
だからこそ、彼女の不満に思う心が、怖い。
しかしそれを、表に出すわけにはいかない。
私は、変わらなければならないと──そう思ったのだから。
「母国、ランフルアには確かに魔女というものが存在します。母が、魔女であったことも確かです。遠く離れているというのに、ベルデ様はさすがですね。……ヴァネッサ伯からお聞きになられたのですか?」
首を傾けて視線を向けると、ベルデは「いえ」と何に対しての言葉か、目を背けた。
私は彼女を見てから、カップの水面に視線を落とす。ほんの少しだけ、揺らいでいる。
それを見ると、不思議と心がほんの少し、凪いだ気がした。
「ですが、生憎と私には魔女の力、というものがありせん。残念なことです。もし、そんなものがあれば陛下のお力に、ほんの少しでもなれましたのに……」
水面から視線を外し、顔を上げる。
意図的に、笑顔を作る。
笑うことには慣れていない。
ぎこちない表情になってしまっただろうか。
少しだけ口角に力を込める。
視線が交わると、ルエイン様はわずかに眉を寄せたものの──すぐににっこりと笑った。
まるで、それが見間違いだったかのように。
「素晴らしい志ですわ。我が国の王妃陛下が、あなたのような方であって良かった──。そう思います」
ルエイン様が言うと、次々に賛同の声が上がる。
私はその言葉に、目を細めて口角を持ち上げ、苦心して笑みを形作って見せた。
何とか、この場を切り抜けられた、そう思っていいのだろうか。
それからも気の休まらないティータイムは続き、陽が陰り始めたあたりでお開きにすることとした。
中庭の開けた場所にパラソルが置かれ、意図的に日陰を作られたこの場所は、陽が陰ると肌寒く感じる。
そう思って声をかけると、ルエイン様がにっこりと笑う。
この方は、少し怖い。
いつもにこやかで、穏やかに見えるけど──その瞳の奥が凍っているということに、気がついてしまった。
それは何重にも覆い隠された抜き身の刃のような冷たさに似ている。
彼女はまつ毛を伏せて何か思案するように首を傾げた後、ふわりと笑って言った。
「王妃陛下。私は、貴女と友人のようになりたいと思っています。……この国には、まだ慣れていらっしゃらないでしょう?ですから、僭越ながら私が。陛下にこの国、レーベルトの魅力というものをお伝えしたいと思っています」
その提案に驚いた。
だけど、答えられる言葉など限られている。
私もまた、ぎこちなくも笑みを浮かべる。
「……そう、ですね。あなたの仰るように、私はまだレーベルトについて、深く知りません。よろしければ、教えてくださると嬉しいです」
「ふふ。謙虚な方ですのね。こんなに素直な方が王妃陛下だなんて……陛下も気が気でないのではなくて?」
「──」
仕掛けられた、と直感的に思った。
ルエイン様の声は言葉とは正反対に、談笑するかのようにあたたかだ。
ルエイン様の言葉は素直に受け取らない方がいいだろう。これは恐らく、言葉遊びのたぐいだから。
くすくすと笑う彼女が、私を見て目を細める。
「あら、ごめんなさい。……友人として振舞ってもいいと許可をいただいたので、つい。冗談が過ぎましたわ。王妃陛下はそれくらい……可愛らしいということです」
「……可愛らしい、という言葉は初めて言われました。ありがとうございます。ですが、その言葉が似合うのは、ルエイン。あなたのような方だと思います」
私が内心、彼女をルエイン"様"と呼ぶのは、彼女が第二妃に内定しているからだ。
だけど今はまだ、彼女は貴族令嬢に過ぎない。
王女であり、王妃である私が彼女をそのように呼べば第二妃の話は瞬く間に社交界に広がるだろう。
慣れないながらも、受け流すように言葉を返した。
彼女が何の意味を込めて、"可愛らしい"と言ったのか、正確には理解出来ていない。
その意味を探るより、私は沈黙が続くことを避けたから。
咄嗟に出た言葉は、言葉通りのものだ。
私は可愛いという言葉が似つかわしくない女だし、ルエイン様は誰よりも可愛らしい、という表現が似合う娘。
微笑めば、ルエイン様の笑みが強ばったように見えた。
その瞳が、射るように私を見たかと思えば、また柔らかく笑った。
「お褒めの言葉と受け止めさせていただきますね。……本当に、素直な方」
最後の言葉は、どこか諦観めいた声にも聞こえた。
恐らく、彼女の機嫌を損ねたのだろうということは理解した。
ひとに嫌われること、それは迫害を意味する。
嫌悪と嫌がらせはいつだってセットで、私はそれを身をもって知ってきた。
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私は、変わらなければならないと──そう思ったのだから。
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