31 / 117
一章
失ったもの。それは、信頼
しおりを挟む
そして、そんな文句をルエイン様に突きつけた、というメンデル家のご令嬢にも、薄く興味が湧く。
きっと、私とは似ても似つかない方なのだろう。
彼女の姿かたちを思い描こうとしたけれど、上手くいかなかった。
ラディールは、話しすぎたと思ったのか、取り直すように咳払いをした。
「……とにかく、それからルエイン様とメリューエル様の仲はこじれているようで……。ラズレイン家のご令嬢とも、相性が悪いのか、あまり言葉をかわされている様子は見かけないとのことです」
「……ルエイン様は、どうしてミュチュスカを気にかけたのかしら。彼は昔から婚約者がいたのよね?」
婚約者のいる男性に親しげに振舞い、その結果、婚約者──つまり、メリューエルの気に障る、ということは容易に考えられることだ。
ステファニー家の令嬢で、そして自身を第二妃に、と望まれている彼女がそれをわからなかったとは思えない。
私が思い悩んでいると、ラディールはさらに言い淀むようにして続けた。
「……。ステファニー家のご令嬢は……魔性を飼っている、と噂がございます」
「魔性?」
気になる言葉に、つい振り向いてしまった。
髪はほぼ支度が終わっているようで、あとは飾り物だけのようだった。
スクエアのピンクダイヤモンドが嵌め込まれたティアラを手にしながら、ラディールは小声で私に言う。
「……その気もなく、男性を虜にする、という意味です」
「──」
驚きのあまり、息を呑んだ。
目を見開いていると、ラディールに促され鏡面に向き直った。
(……男性を、虜にする?)
確かに彼女の容姿はとても愛らしい。
私とは正反対、と言える。
眩い金の髪。
鮮やかなアザレア色がかった、紫の瞳。
長いまつ毛に縁取られた瞳は潤んでいるようにも見えて、蠱惑的だ。
同性の私が見ても、ハッとするほどに愛らしい。
同じ性を持つ私ですらそう思うのだから、男性は。
ロディアス陛下は──。
『ステファニーの娘だから仕方なく相手をしているけど、あれはないな』
彼は、ルエイン様を苦々しく思っているようだった。でも、それは本当?
正妃の私の手前、そう仰ったのでは。
私がルエイン様に悋気を起こすのではと、それを危惧して──。
メンデル家の令嬢のように、ルエイン様を排そうとするかもしれない、と思ったのでは?
彼は聡い人だ。
だから、その可能性はじゅうぶんにあった。
サッと頭が冷える。
鏡の向こうの私は、いつも以上に青白い顔をしていた。
私が押し黙っていると、ラディールは私の髪を香油で整え、ティアラを差し込んだ。
「ご不安を抱かせたなら申し訳ありません。ですが、要らぬ心配かと思います。陛下の妃は、王妃陛下なのですから」
ラディールは知らないのだ。
ルエイン様が、いずれ第二妃になることを。
だから、こうして何も心配いらないと言うのだ。
私はくちびるを噛み締めた。
自然、視線が下がる。
(もし……もしも)
もしも──彼が。
ロディアス陛下が、本当はルエイン様を愛していたら?
私に悟られたら、私が彼女を攻撃すると思って──あえて、私に優しく振る舞って見せているのだとしたら?
かちり、かちり。
パズルのように、ピースがはまってゆく。
『エレメンデールに優しくするのはただの義務だよ。そこにきみの言う感情はない』
思えば、彼は最初にそう言っていたでは無いか。私に聞かれているとは思わない、あの場で。
あれこそが本音なのだ。
彼の本心。
彼は決して私に愛の言葉を囁かない。
それが、答えだ。
本当は。
その本当の心は。
ルエイン様を──彼女を、愛しているのかも、しれない。
『きみは、優しさを求めてる?仮初でも構わないなら、僕はきみにそれを与えることができる。演じるのは慣れているしね』
演じるのは慣れている。
彼はそう言った。
彼は、無駄なことはしない人間だ。
そして、彼は自身の個より、周囲が円滑に回ることを優先する人間だ。
なんだ。簡単なことじゃないの。
まつ毛を伏せる。
悲しいくらい、わかりきった答えだ。
彼は、私を愛していない。
それは知っていた。
『偽りを好む方がいらっしゃるとは思えません』
『うーん、どうかな?それが意外といるんだよ。偽りでも、信じ続ければ本物になる、って。そう思っている人間は意外と多いよ?』
あれは、誰の話?
明確な相手が、存在するようだった。
彼の言葉は、意図が読めない。
彼は私なんかよりずっとずっと、色んなことを考えている。
彼の心が、分からない。
きっと、私とは似ても似つかない方なのだろう。
彼女の姿かたちを思い描こうとしたけれど、上手くいかなかった。
ラディールは、話しすぎたと思ったのか、取り直すように咳払いをした。
「……とにかく、それからルエイン様とメリューエル様の仲はこじれているようで……。ラズレイン家のご令嬢とも、相性が悪いのか、あまり言葉をかわされている様子は見かけないとのことです」
「……ルエイン様は、どうしてミュチュスカを気にかけたのかしら。彼は昔から婚約者がいたのよね?」
婚約者のいる男性に親しげに振舞い、その結果、婚約者──つまり、メリューエルの気に障る、ということは容易に考えられることだ。
ステファニー家の令嬢で、そして自身を第二妃に、と望まれている彼女がそれをわからなかったとは思えない。
私が思い悩んでいると、ラディールはさらに言い淀むようにして続けた。
「……。ステファニー家のご令嬢は……魔性を飼っている、と噂がございます」
「魔性?」
気になる言葉に、つい振り向いてしまった。
髪はほぼ支度が終わっているようで、あとは飾り物だけのようだった。
スクエアのピンクダイヤモンドが嵌め込まれたティアラを手にしながら、ラディールは小声で私に言う。
「……その気もなく、男性を虜にする、という意味です」
「──」
驚きのあまり、息を呑んだ。
目を見開いていると、ラディールに促され鏡面に向き直った。
(……男性を、虜にする?)
確かに彼女の容姿はとても愛らしい。
私とは正反対、と言える。
眩い金の髪。
鮮やかなアザレア色がかった、紫の瞳。
長いまつ毛に縁取られた瞳は潤んでいるようにも見えて、蠱惑的だ。
同性の私が見ても、ハッとするほどに愛らしい。
同じ性を持つ私ですらそう思うのだから、男性は。
ロディアス陛下は──。
『ステファニーの娘だから仕方なく相手をしているけど、あれはないな』
彼は、ルエイン様を苦々しく思っているようだった。でも、それは本当?
正妃の私の手前、そう仰ったのでは。
私がルエイン様に悋気を起こすのではと、それを危惧して──。
メンデル家の令嬢のように、ルエイン様を排そうとするかもしれない、と思ったのでは?
彼は聡い人だ。
だから、その可能性はじゅうぶんにあった。
サッと頭が冷える。
鏡の向こうの私は、いつも以上に青白い顔をしていた。
私が押し黙っていると、ラディールは私の髪を香油で整え、ティアラを差し込んだ。
「ご不安を抱かせたなら申し訳ありません。ですが、要らぬ心配かと思います。陛下の妃は、王妃陛下なのですから」
ラディールは知らないのだ。
ルエイン様が、いずれ第二妃になることを。
だから、こうして何も心配いらないと言うのだ。
私はくちびるを噛み締めた。
自然、視線が下がる。
(もし……もしも)
もしも──彼が。
ロディアス陛下が、本当はルエイン様を愛していたら?
私に悟られたら、私が彼女を攻撃すると思って──あえて、私に優しく振る舞って見せているのだとしたら?
かちり、かちり。
パズルのように、ピースがはまってゆく。
『エレメンデールに優しくするのはただの義務だよ。そこにきみの言う感情はない』
思えば、彼は最初にそう言っていたでは無いか。私に聞かれているとは思わない、あの場で。
あれこそが本音なのだ。
彼の本心。
彼は決して私に愛の言葉を囁かない。
それが、答えだ。
本当は。
その本当の心は。
ルエイン様を──彼女を、愛しているのかも、しれない。
『きみは、優しさを求めてる?仮初でも構わないなら、僕はきみにそれを与えることができる。演じるのは慣れているしね』
演じるのは慣れている。
彼はそう言った。
彼は、無駄なことはしない人間だ。
そして、彼は自身の個より、周囲が円滑に回ることを優先する人間だ。
なんだ。簡単なことじゃないの。
まつ毛を伏せる。
悲しいくらい、わかりきった答えだ。
彼は、私を愛していない。
それは知っていた。
『偽りを好む方がいらっしゃるとは思えません』
『うーん、どうかな?それが意外といるんだよ。偽りでも、信じ続ければ本物になる、って。そう思っている人間は意外と多いよ?』
あれは、誰の話?
明確な相手が、存在するようだった。
彼の言葉は、意図が読めない。
彼は私なんかよりずっとずっと、色んなことを考えている。
彼の心が、分からない。
281
お気に入りに追加
894
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる