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一章

失ったもの。それは、信頼

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そして、そんな文句をルエイン様に突きつけた、というメンデル家のご令嬢にも、薄く興味が湧く。
きっと、私とは似ても似つかない方なのだろう。
彼女の姿かたちを思い描こうとしたけれど、上手くいかなかった。
ラディールは、話しすぎたと思ったのか、取り直すように咳払いをした。

「……とにかく、それからルエイン様とメリューエル様の仲はこじれているようで……。ラズレイン家のご令嬢とも、相性が悪いのか、あまり言葉をかわされている様子は見かけないとのことです」

「……ルエイン様は、どうしてミュチュスカを気にかけたのかしら。彼は昔から婚約者がいたのよね?」

婚約者のいる男性に親しげに振舞い、その結果、婚約者──つまり、メリューエルの気に障る、ということは容易に考えられることだ。
ステファニー家の令嬢で、そして自身を第二妃に、と望まれている彼女がそれをわからなかったとは思えない。
私が思い悩んでいると、ラディールはさらに言い淀むようにして続けた。

「……。ステファニー家のご令嬢は……魔性を飼っている、と噂がございます」

「魔性?」

気になる言葉に、つい振り向いてしまった。
髪はほぼ支度が終わっているようで、あとは飾り物だけのようだった。
スクエアのピンクダイヤモンドが嵌め込まれたティアラを手にしながら、ラディールは小声で私に言う。

「……その気もなく、男性を虜にする、という意味です」

「──」

驚きのあまり、息を呑んだ。
目を見開いていると、ラディールに促され鏡面に向き直った。

(……男性を、虜にする?)

確かに彼女の容姿はとても愛らしい。
私とは正反対、と言える。
眩い金の髪。
鮮やかなアザレア色がかった、紫の瞳。
長いまつ毛に縁取られた瞳は潤んでいるようにも見えて、蠱惑的だ。
同性の私が見ても、ハッとするほどに愛らしい。

同じ性を持つ私ですらそう思うのだから、男性は。
ロディアス陛下は──。

『ステファニーの娘だから仕方なく相手をしているけど、あれはないな』

彼は、ルエイン様を苦々しく思っているようだった。でも、それは本当?
正妃の私の手前、そう仰ったのでは。
私がルエイン様に悋気を起こすのではと、それを危惧して──。
メンデル家の令嬢のように、ルエイン様を排そうとするかもしれない、と思ったのでは?
彼は聡い人だ。
だから、その可能性はじゅうぶんにあった。
サッと頭が冷える。
鏡の向こうの私は、いつも以上に青白い顔をしていた。

私が押し黙っていると、ラディールは私の髪を香油で整え、ティアラを差し込んだ。

「ご不安を抱かせたなら申し訳ありません。ですが、要らぬ心配かと思います。陛下の妃は、王妃陛下なのですから」

ラディールは知らないのだ。
ルエイン様が、いずれ第二妃になることを。
だから、こうして何も心配いらないと言うのだ。
私はくちびるを噛み締めた。
自然、視線が下がる。

(もし……もしも)

もしも──彼が。
ロディアス陛下が、本当はルエイン様を愛していたら?
私に悟られたら、私が彼女を攻撃すると思って──あえて、私に優しく振る舞って見せているのだとしたら?

かちり、かちり。
パズルのように、ピースがはまってゆく。

『エレメンデールに優しくするのはただの義務だよ。そこにきみの言う感情はない』

思えば、彼は最初にそう言っていたでは無いか。私に聞かれているとは思わない、あの場で。
あれこそが本音なのだ。
彼の本心。

彼は決して私に愛の言葉を囁かない。
それが、答えだ。

本当は。
その本当の心は。

ルエイン様を──彼女を、愛しているのかも、しれない。

『きみは、優しさを求めてる?仮初でも構わないなら、僕はきみにそれを与えることができる。演じるのは慣れているしね』

演じるのは慣れている。
彼はそう言った。
彼は、無駄なことはしない人間だ。
そして、彼は自身の個より、周囲が円滑に回ることを優先する人間だ。

なんだ。簡単なことじゃないの。
まつ毛を伏せる。
悲しいくらい、わかりきった答えだ。

彼は、私を愛していない。
それは知っていた。

『偽りを好む方がいらっしゃるとは思えません』

『うーん、どうかな?それが意外といるんだよ。偽りでも、信じ続ければ本物になる、って。そう思っている人間は意外と多いよ?』

あれは、誰の話?
明確な相手が、存在するようだった。
彼の言葉は、意図が読めない。
彼は私なんかよりずっとずっと、色んなことを考えている。

彼の心が、分からない。
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