27 / 117
一章
『王妃』に向かない女 【ロディアス】
しおりを挟む「毒だと分かっていて、飲まれましたね」
ミュチュスカの声は、断言に近い。
その言葉を聞いて、枕にもたれながらため息をついた。
「いや?もしかしたら、とは思ったけど」
「……王妃陛下が、それはそれは取り乱されていましたよ」
ミュチュスカからの報告を聞きながら、ロディアスは額に手を乗せる。その顔色は、まだ悪い。
青を通り越して白くすらあった。
「あの娘にも、困ったものだね」
「…………」
「エレメンデールには悪いことをしてしまった。ひとが毒を飲むところなど、彼女は見たことがないだろうに」
今回、ロディアスは早い段階でスパークリングワインに毒が混入されていることに気がついていた。だからこそ、エレメンデールが手を伸ばすより先に、口にしたのだ。
実をつけたばかりのアーモンドの匂い。
それは、収穫されてすぐの梅や杏の匂いとも似ている。
一般的にその匂い分けをすることは難しいとされているが、幼少より命を脅かされ、その肩書きを狙われてきたロディアスは、毒に慣らされている。
弟のアレンも同様で、ふたりの王子は幼い頃に毒への耐性をつけさせられている。
味も、匂いも、毒殺に用いられるだいたいの毒への知識を、彼は持っていた。
シアン化合物は、無味無臭のヒ素に比べ、かなりの苦味を伴う。だからこそ、敵は酒の中に入れたのだろう。それでも、強烈な苦味は隠しきれていなかったが。
未だ青白い顔のまま、ロディアスは彼に尋ねた。
「拘束したやつらは?」
「地下牢に収監しています」
「分かった。ミュチュスカ、お前は下がっていい。奴らを逃がそうとするものがいるかもしれない。見張っておいてくれ」
「かしこまりました」
ミュチュスカが頭を下げる。
本格的な尋問や拷問は、ロディアスが回復してからになるだろうが、先に取り調べ程度は行っておくべきだろう。
ロディアスはミュチュスカに命じることはなかったが、長い付き合いで、ロディアスの言わんとしていることを、ミュチュスカは短文から読み取っていた。
ミュチュスカが去り、室内に静寂が戻る。
エレメンデールは、およそ、恵まれた環境の娘とは言えないだろう。
ランフルアにいた時は、魔女の娘だと迫害を受け、この国にきてからは、王妃としてふさわしい振る舞いをしろ、と強要されて。
それでも彼女は、涙ひとつ見せず、教師たちの言葉に従ってきた。
ランフルアとレーベルトでは、違うところもたくさんあるだろう。
言語、教養、しきたり、暗黙の了解。
誰にも教えられない不文律というものが、社交界には必ずある。
そもそも、社交界に慣れていない様子のエレメンデールは、昼食会や晩餐会に足を運ぶために、緊張で体を固くしていた。
それは純粋に健気だ、と思った。
だけど、それだけでは足りない。
レーベルトの王妃に相応しく在るためには、『健気さ』だけではだめなのだ。
一生懸命な頑張り屋、健気さだけでは、どこぞの狸に良いように食い荒らされるのが目に見えている。
妃には狡猾さ、ずるがしこさ、策略を理解し、駆け引きにも強く出られる女でなければならない。
それは分かっている。
分かっているのだが……。
ロディアスはため息をついた。
どうやら、毒を飲んだことで随分体が弱っているらしい。
資質や性格だけで言うなら、エレメンデールは王妃という『職』に向いていない。
本来なら、エレメンデールのような女は、形だけ立てて、あとは離宮にでも押し込み、政を取り仕切る女を別に用意するべきなのだろう。
悪いように扱っても、恐らくエレメンデールの性格上、ロディアスに牙を剥くような真似はしないだろう。
国王として──今最も難しい時期に直面しているレーベルトを率いる人間として、それが正答なのは彼もまた、理解している。
彼は薄く瞳を見開いた。
「どうするかな……」
何かあれば、王妃であるエレメンデールもまた、責任を負わされる立場となる。
ロディアスは良い。彼はそのために生まれて、生きてきたようなものだ。
自分の首ひとつで戦乱を避けられるというのなら、彼は喜んで自身の命を差し出すだろう。
だけど、エレメンデールは違うのだ。
彼女は、王妃という、絶対的な立場に座り、その権力を掌握し、己が物にすることは出来ない。そんな娘にそれらを押し付け、失敗したら、その責を取らせる。
それは、あまりにも──。
国王になった時に、感情という役立たずなものは全て捨て去ったはずなのに、どうにも落ち着かない。
自分が自分ではないような、そんな錯覚を覚えるのだ。
314
お気に入りに追加
911
あなたにおすすめの小説
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。


娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる