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一章
『王妃』に向かない女 【ロディアス】
しおりを挟む「毒だと分かっていて、飲まれましたね」
ミュチュスカの声は、断言に近い。
その言葉を聞いて、枕にもたれながらため息をついた。
「いや?もしかしたら、とは思ったけど」
「……王妃陛下が、それはそれは取り乱されていましたよ」
ミュチュスカからの報告を聞きながら、ロディアスは額に手を乗せる。その顔色は、まだ悪い。
青を通り越して白くすらあった。
「あの娘にも、困ったものだね」
「…………」
「エレメンデールには悪いことをしてしまった。ひとが毒を飲むところなど、彼女は見たことがないだろうに」
今回、ロディアスは早い段階でスパークリングワインに毒が混入されていることに気がついていた。だからこそ、エレメンデールが手を伸ばすより先に、口にしたのだ。
実をつけたばかりのアーモンドの匂い。
それは、収穫されてすぐの梅や杏の匂いとも似ている。
一般的にその匂い分けをすることは難しいとされているが、幼少より命を脅かされ、その肩書きを狙われてきたロディアスは、毒に慣らされている。
弟のアレンも同様で、ふたりの王子は幼い頃に毒への耐性をつけさせられている。
味も、匂いも、毒殺に用いられるだいたいの毒への知識を、彼は持っていた。
シアン化合物は、無味無臭のヒ素に比べ、かなりの苦味を伴う。だからこそ、敵は酒の中に入れたのだろう。それでも、強烈な苦味は隠しきれていなかったが。
未だ青白い顔のまま、ロディアスは彼に尋ねた。
「拘束したやつらは?」
「地下牢に収監しています」
「分かった。ミュチュスカ、お前は下がっていい。奴らを逃がそうとするものがいるかもしれない。見張っておいてくれ」
「かしこまりました」
ミュチュスカが頭を下げる。
本格的な尋問や拷問は、ロディアスが回復してからになるだろうが、先に取り調べ程度は行っておくべきだろう。
ロディアスはミュチュスカに命じることはなかったが、長い付き合いで、ロディアスの言わんとしていることを、ミュチュスカは短文から読み取っていた。
ミュチュスカが去り、室内に静寂が戻る。
エレメンデールは、およそ、恵まれた環境の娘とは言えないだろう。
ランフルアにいた時は、魔女の娘だと迫害を受け、この国にきてからは、王妃としてふさわしい振る舞いをしろ、と強要されて。
それでも彼女は、涙ひとつ見せず、教師たちの言葉に従ってきた。
ランフルアとレーベルトでは、違うところもたくさんあるだろう。
言語、教養、しきたり、暗黙の了解。
誰にも教えられない不文律というものが、社交界には必ずある。
そもそも、社交界に慣れていない様子のエレメンデールは、昼食会や晩餐会に足を運ぶために、緊張で体を固くしていた。
それは純粋に健気だ、と思った。
だけど、それだけでは足りない。
レーベルトの王妃に相応しく在るためには、『健気さ』だけではだめなのだ。
一生懸命な頑張り屋、健気さだけでは、どこぞの狸に良いように食い荒らされるのが目に見えている。
妃には狡猾さ、ずるがしこさ、策略を理解し、駆け引きにも強く出られる女でなければならない。
それは分かっている。
分かっているのだが……。
ロディアスはため息をついた。
どうやら、毒を飲んだことで随分体が弱っているらしい。
資質や性格だけで言うなら、エレメンデールは王妃という『職』に向いていない。
本来なら、エレメンデールのような女は、形だけ立てて、あとは離宮にでも押し込み、政を取り仕切る女を別に用意するべきなのだろう。
悪いように扱っても、恐らくエレメンデールの性格上、ロディアスに牙を剥くような真似はしないだろう。
国王として──今最も難しい時期に直面しているレーベルトを率いる人間として、それが正答なのは彼もまた、理解している。
彼は薄く瞳を見開いた。
「どうするかな……」
何かあれば、王妃であるエレメンデールもまた、責任を負わされる立場となる。
ロディアスは良い。彼はそのために生まれて、生きてきたようなものだ。
自分の首ひとつで戦乱を避けられるというのなら、彼は喜んで自身の命を差し出すだろう。
だけど、エレメンデールは違うのだ。
彼女は、王妃という、絶対的な立場に座り、その権力を掌握し、己が物にすることは出来ない。そんな娘にそれらを押し付け、失敗したら、その責を取らせる。
それは、あまりにも──。
国王になった時に、感情という役立たずなものは全て捨て去ったはずなのに、どうにも落ち着かない。
自分が自分ではないような、そんな錯覚を覚えるのだ。
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