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一章

隠さなければ。

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彼の指先が、私の毛先を弄ぶ。
そのさまを何となしに見ていると、彼が言葉を続けた。

「さて、僕が王位を継いだ経緯、の話だったね。僕が王位を継いだのは叔父がきっかけ。ほかにも──アレンを王位に、と推す人間もいたし、これ以上王位継承争いを長引かせて内乱みたいになったら大変だっていうのが理由」

「……はい」

「でも、二十三の若造が玉座に納まったところで、それを支える重鎮たちが本当の意味で王として認めるか、と言われたらそれは別なんだよ。彼らは表面上、王を立てる振る舞いをするけど、実際はどう権力を握ろうか、いかに権勢を広げようか、日夜問わず狡知を働かせている。一度、傀儡の王になりにでもしたら、実権を取り戻すのは難しい。不可能に近いかもしれないね」

「……それを、私にお話になってくださるのはなぜですか?」

ロディアス陛下がとても難しい立場であることは、ルムアール公爵から少しだけ、ほんの少しだけ聞き及んでいる。
だけどそれを、私に話してくれるのはなぜだろうか。
私が静かに尋ねると、私の髪先に触れていた彼の手が止まる。

聞いてはいけないことだっただろうか。

ただ、国王夫妻として、最低限情報共有はしておくべきだと考えたのかもしれない。
そう思って顔を上げると、彼は変わらず穏やかな顔のまま「うーん」と続けた。

「きみは、おそらく僕が思っている以上に僕個人のことを知らないんじゃないか、と思ってね。レーベルトの新国王については詳しくても、ロディアス・レーベルト・ルムアールについては、さほど詳しくない。……どう?」

「……はい」

ロディアス陛下の言うとおりだ。
私は彼個人についてあまり知らない。
知っていることといえば、それはレーベルトの国王である、彼の姿だけ。
社交界で囁かれる噂や、ランフルアにいた時に聞いた情報程度しか、私は彼のことを知らない。
私が頷いて答えると、ロディアス陛下が、ふ、と笑った。

「だから、教えておくべきなのかなと思ったんだよ。僕ばかりきみのことを知っているのは、不公平だろ?」

そうなのだろうか。
ロディアス陛下の言葉は、あっさりと心の内に入り込んできては、すぐに馴染んでしまう。
それを疑う暇を、彼は許さない。
彼の言葉には、裏があるかもしれないのに。

私が沈黙していると、彼は話を再開した。
彼の手も、同じようにまた私の髪先に触れてきた。

何が楽しいのか、彼は私の髪の先に触れては指で梳いたり、感触を楽しむように指で挟んだりしている。それをぼんやりと見つめながら、彼の言葉を聞いた。

「……王を戴いているとはいえ、実権が臣下に回れば、取り戻すことは不可能に近い。もし、取り返そうと躍起になれば、彼らは『出しゃばりな王だ』と目障りに思うだろうね」

「王政なのに……ですか?」

「政とは、そういうものだよ」

彼は苦笑にも似た、諦観の声でそう言った。

「だから、僕は方々に手を回しているってわけ。ルエインもね……別に僕は、前からなにか約束をしていただとか、匂わせるようなことも一切してなかったんだよ?それなのに勝手に……。まるで、こうなることがわかっていたから待っていた、とでも言いたげな態度。腹立つなぁ」

ルエイン。その名前に、胸がドキリとした。
私は、膝の上で手を握りながら、小さく尋ねた。

「……ルエイン様と、なにか?」

聞かなければいいのに。
尋ねなければいいのに。

それなのに、考えるよりも先に言葉がこぼれおちていた。
ハッとして、今更撤回しようにももう遅い。
内心狼狽え、彼の言葉に怯える私に、ロディアス陛下が疲れたように答えた。

「まあね。ステファニーの娘だから仕方なく相手をしているけど、あれはないな。立場を自覚していないのか、分かっていてあれなのか──とにかく、思い上がりも甚だしい。あれがじき、僕の妻になるのだと思うと、うんざりする。今からこんなんで、大丈夫かな……」

最後は、独り言のようだった。
私はそれを聞きながら、衝撃にもにた思いを抱いていた。

『思い上がりも甚だしい』

それはついさっき、私が自身に抱いた言葉そのままだ。
どきり、と心臓が嫌な音を立てた。
私ですら、ルエイン様の熱い眼差しに気づいたほどだ。
聡い彼であれば、私よりも早くに──ずっと前から、気がついていたのだろう。

彼は、辟易としているのだ。
ルエイン様の、その感情に。

性愛を伴った、恋情に。

もし──
もし、私が。
私の、この感情に、気付かれたら。

彼は同じように言うのだろう。

『うんざりする』と。

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