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一章
まるで、心の内すら暴かれそうで
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私は少し考えながら、率直な思いを口にする。
「……本物のロディアス陛下がいいです」
「だよね。きみならそう言うと思った」
「……偽りを好む方がいらっしゃるとは思えません」
「うーん、どうかな?それが意外といるんだよ。偽りでも、信じ続ければ本物になる、って。そう思っている人間は意外と多いよ?」
彼の手が、私の頬を滑る。
その手が熱くて、どきりとする。
僅かな接触に、色を帯びたものを感じ取ってしまい、体を固くした私を見て、ロディアス陛下が苦笑した。
すっと手が離れて、安堵するような、だけど同じくらい寂しいような、よく分からない感情に苛まれる。
それを誤魔化すように、私は彼から視線を外した。
「……アレンはね、あの子はまだ過去の恋愛に鳧をつけられていない」
ふと、ロディアス陛下がそんなことを言った。
ここまでルムアール公爵の話が出てくるとは思わず、顔を上げる。
そうすると、ロディアス陛下の透明度の高い、神秘的な瞳と視線が交わった。
彼は困ったような顔をしているようにも、苦笑しているようにも見えた。
ふ、といつも感じる彼の張り詰めた空気が、緊張感が、少し緩んだ気がした。
ああ、そうか、と感じた。
今ここにいるのはレーベルトの国王ではなく、ルムアール公爵の兄なのだ。今の彼は、国王という肩書きではなく、ひとりの兄として、言葉を紡いでいるのだろう。
ふと、ルムアール公爵の言葉を思い出した。
『陛下は、他人の感情を理解していらっしゃる』
その通りだ、と思った。
彼の今の瞳を見れば、それは家族を思う色がある。いつもの冷たさは感じられなかった。
もしかしたら彼は、感情を隠すことがとても上手なのかもしれない。
ほかのひとと同じように苦しみを覚えるし、痛みを感じるし、辛いと思うこともあるのだろう。
だけど彼は国王だから。
レーベルトを率いる王として、それらの感情を、気持ちを、全て包み隠し、もともと具わっていないかのように振る舞うのかもしれない。
こうして、兄としての顔を、国王として取り繕っていない顔を私に見せるのは、政略結婚で結ばれた私と彼の──夫婦間の仲を深めるための、策略なのだろうか。
そう考えると、ちくりと胸が痛む。
だけど、今の彼の顔を見ていれば、そうではないように見えた。
彼はただ、思ったことを素直に──伝えてくれているだけなのだと。
だけどそれは、私がそうだと思いたいからこそ感じるのかもしれない。
ふと、ロディアス陛下の瞳が私を捉えた。
それにまた、どきりとする。
彼の瞳は不思議だ。
覆い隠したものを、こちらの心情を全て暴いてしまいそうな、そんな恐れを抱かせる。
透明度の高い、水晶のような瞳は真っ直ぐで、夏の日差しのような、強さがある。
「あいつの想い人について、何か聞いた?」
「え……」
「ずいぶん楽しそうだったから。エレメンデール。優しいきみは、あいつの傷心を慰めてあげたりでもしたの?」
彼の手が、また私の頬を滑る。
だけど今度は、手を離すことなく、彼はくすぐるように私の頬を撫でた。
それに首をすくめれば、反対の手で腰を抱き寄せられた。
距離が近くなる。
ロディアス陛下の香りがする。
就寝前だから、香水はつけていないはずだ。
だけど、その寝着は香が焚き込められているのだろう。
心を癒すような、落ち着かせるようなラベンダーの香りがした。
彼に触れられると、香るこの匂い。
私はこれが好きだった。
落ち着いて、私を穏やかな気持ちにさせる。
そして同じくらい──切なくなる。
私は、ロディアス陛下の胸元に額をつけながらも、ルムアール公爵と話したことをぽつりぽつりと口にした。
「……私は、ルムアール公爵の知人に似ていると仰っていました」
「知人?」
彼の指先が、私の背をなぞる。
官能を呼び起こすような、意図を含んだ触れ方だ。それにぴくりと敏感に反応してしまうほどには、私はもう、彼に教えられてしまっている。
「……あ、っ……名前は、お聞きしなかったのですが……」
「……そう。……アレンが気になる?」
肩に手を回され、顎を掬うように持ち上げられる。
至近距離で彼と視線がぶつかった。
いつもは冷たさを帯びているその瞳は、今は揺らめく熱を孕んでいるように見えた。
気のせい、だろうか。
私はロディアス陛下の目を見つめながら、そっと首を横に振る。
「……どういう意図でお聞きになっているかは分かりませんが……特別、あの方に興味を覚えてはいません」
答えると、ロディアス陛下が小さく息を吐いたように見えた。
そして、その白金に染まるまつ毛を伏せ、彼は言った。
「きみは僕の妃で、この国の王妃だ。僕以外を見ることは許されない。……この婚姻の意味を、きみは理解しているよね?」
「……はい」
「本当に?怪しいな。きみは、追い詰められると周りが見えなくなるタイプでしょ。自分の感情に流されて、物事の本質を見失う|質(たち)だ」
「…………」
あっさりと、私の『人間性』そのものを暴いてみせた彼に、私は何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
ロディアス陛下の言う言葉は、おそらく正解だ。
私もそれほど自分のことを理解しているわけではない。
だけど、私は自分ができた人間ではないことをよく理解している。
だから、きっと彼の言葉は正しい。
私が押し黙ると、彼はため息をついた。
困った子に対するような、出来の悪い子を見るような、そんな雰囲気があった。
「きみは、自分の意見を強く言おうとはしないよね。引っ込み思案で、内気。でも、何も考えていないわけじゃない。きみは、口にしないだけで思っていることや、しっかりと自分の考えを持っている。……違う?」
「……暗い性格をしている自覚はあります。ですが……ロディアス陛下は、その……ひとの内面を分析されるのはやめた方がいいと思います」
私が言い返したからか、彼はきょとんとした様子を見せた。
虚をつかれたような表情は、いつもより幼く見えて、少しだけ可愛らしさを覚えた。
彼は何度か瞬きをしたあと、「へえ」と口端を持ち上げた。その笑みに嗜虐めいたものを感じ、少し腰が引ける。
「……本物のロディアス陛下がいいです」
「だよね。きみならそう言うと思った」
「……偽りを好む方がいらっしゃるとは思えません」
「うーん、どうかな?それが意外といるんだよ。偽りでも、信じ続ければ本物になる、って。そう思っている人間は意外と多いよ?」
彼の手が、私の頬を滑る。
その手が熱くて、どきりとする。
僅かな接触に、色を帯びたものを感じ取ってしまい、体を固くした私を見て、ロディアス陛下が苦笑した。
すっと手が離れて、安堵するような、だけど同じくらい寂しいような、よく分からない感情に苛まれる。
それを誤魔化すように、私は彼から視線を外した。
「……アレンはね、あの子はまだ過去の恋愛に鳧をつけられていない」
ふと、ロディアス陛下がそんなことを言った。
ここまでルムアール公爵の話が出てくるとは思わず、顔を上げる。
そうすると、ロディアス陛下の透明度の高い、神秘的な瞳と視線が交わった。
彼は困ったような顔をしているようにも、苦笑しているようにも見えた。
ふ、といつも感じる彼の張り詰めた空気が、緊張感が、少し緩んだ気がした。
ああ、そうか、と感じた。
今ここにいるのはレーベルトの国王ではなく、ルムアール公爵の兄なのだ。今の彼は、国王という肩書きではなく、ひとりの兄として、言葉を紡いでいるのだろう。
ふと、ルムアール公爵の言葉を思い出した。
『陛下は、他人の感情を理解していらっしゃる』
その通りだ、と思った。
彼の今の瞳を見れば、それは家族を思う色がある。いつもの冷たさは感じられなかった。
もしかしたら彼は、感情を隠すことがとても上手なのかもしれない。
ほかのひとと同じように苦しみを覚えるし、痛みを感じるし、辛いと思うこともあるのだろう。
だけど彼は国王だから。
レーベルトを率いる王として、それらの感情を、気持ちを、全て包み隠し、もともと具わっていないかのように振る舞うのかもしれない。
こうして、兄としての顔を、国王として取り繕っていない顔を私に見せるのは、政略結婚で結ばれた私と彼の──夫婦間の仲を深めるための、策略なのだろうか。
そう考えると、ちくりと胸が痛む。
だけど、今の彼の顔を見ていれば、そうではないように見えた。
彼はただ、思ったことを素直に──伝えてくれているだけなのだと。
だけどそれは、私がそうだと思いたいからこそ感じるのかもしれない。
ふと、ロディアス陛下の瞳が私を捉えた。
それにまた、どきりとする。
彼の瞳は不思議だ。
覆い隠したものを、こちらの心情を全て暴いてしまいそうな、そんな恐れを抱かせる。
透明度の高い、水晶のような瞳は真っ直ぐで、夏の日差しのような、強さがある。
「あいつの想い人について、何か聞いた?」
「え……」
「ずいぶん楽しそうだったから。エレメンデール。優しいきみは、あいつの傷心を慰めてあげたりでもしたの?」
彼の手が、また私の頬を滑る。
だけど今度は、手を離すことなく、彼はくすぐるように私の頬を撫でた。
それに首をすくめれば、反対の手で腰を抱き寄せられた。
距離が近くなる。
ロディアス陛下の香りがする。
就寝前だから、香水はつけていないはずだ。
だけど、その寝着は香が焚き込められているのだろう。
心を癒すような、落ち着かせるようなラベンダーの香りがした。
彼に触れられると、香るこの匂い。
私はこれが好きだった。
落ち着いて、私を穏やかな気持ちにさせる。
そして同じくらい──切なくなる。
私は、ロディアス陛下の胸元に額をつけながらも、ルムアール公爵と話したことをぽつりぽつりと口にした。
「……私は、ルムアール公爵の知人に似ていると仰っていました」
「知人?」
彼の指先が、私の背をなぞる。
官能を呼び起こすような、意図を含んだ触れ方だ。それにぴくりと敏感に反応してしまうほどには、私はもう、彼に教えられてしまっている。
「……あ、っ……名前は、お聞きしなかったのですが……」
「……そう。……アレンが気になる?」
肩に手を回され、顎を掬うように持ち上げられる。
至近距離で彼と視線がぶつかった。
いつもは冷たさを帯びているその瞳は、今は揺らめく熱を孕んでいるように見えた。
気のせい、だろうか。
私はロディアス陛下の目を見つめながら、そっと首を横に振る。
「……どういう意図でお聞きになっているかは分かりませんが……特別、あの方に興味を覚えてはいません」
答えると、ロディアス陛下が小さく息を吐いたように見えた。
そして、その白金に染まるまつ毛を伏せ、彼は言った。
「きみは僕の妃で、この国の王妃だ。僕以外を見ることは許されない。……この婚姻の意味を、きみは理解しているよね?」
「……はい」
「本当に?怪しいな。きみは、追い詰められると周りが見えなくなるタイプでしょ。自分の感情に流されて、物事の本質を見失う|質(たち)だ」
「…………」
あっさりと、私の『人間性』そのものを暴いてみせた彼に、私は何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
ロディアス陛下の言う言葉は、おそらく正解だ。
私もそれほど自分のことを理解しているわけではない。
だけど、私は自分ができた人間ではないことをよく理解している。
だから、きっと彼の言葉は正しい。
私が押し黙ると、彼はため息をついた。
困った子に対するような、出来の悪い子を見るような、そんな雰囲気があった。
「きみは、自分の意見を強く言おうとはしないよね。引っ込み思案で、内気。でも、何も考えていないわけじゃない。きみは、口にしないだけで思っていることや、しっかりと自分の考えを持っている。……違う?」
「……暗い性格をしている自覚はあります。ですが……ロディアス陛下は、その……ひとの内面を分析されるのはやめた方がいいと思います」
私が言い返したからか、彼はきょとんとした様子を見せた。
虚をつかれたような表情は、いつもより幼く見えて、少しだけ可愛らしさを覚えた。
彼は何度か瞬きをしたあと、「へえ」と口端を持ち上げた。その笑みに嗜虐めいたものを感じ、少し腰が引ける。
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