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一章
『誰か』に似ている私
しおりを挟む沈黙が続き、気まずさを覚えたのかルムアール公爵が話しかけてきた。
その言葉に顔を上げると、彼は私ではなく、ホールの方を見ていた。
そのぎこちない会話と不自然な視線に、彼もまた緊張しているのがわかって、口元が緩む。
「……そう聞かれると……難しいのですが……」
口にしつつも、なんて答えようか言葉を探していると、ルムアール公爵がこちらを向いた。そして、焦った様子で言葉を続ける。
「あ!そうですよね。では──兄上は、あなたに優しいですか?」
と。さらに難しい質問をなげかけてきた。
私は苦笑する。
優しいか、優しくないか。
その二択だったら後者だ。
「親切にしていただいております」
私の角張った答えに、ルムアール公爵は眉を寄せる。
彼はとてもわかりやすい人だ。
その言葉も、表情も、考えていることが伝わりやすい。
ロディアス陛下とは全く違うのだな、と意外性を覚えた。
ロディアス陛下には恐れや緊張を強いられるが、ルムアール公爵相手にはそう構えずに済んでいて、肩の力も抜けていた。
社交界では、相手の言葉の裏を探り、顔色を伺い、いかに失言しないようにするか、常に私は身構え、警戒していた。
しかし、中にはこんなひともいるのだ。
そのことに安堵したし、驚きもしていた。
ルムアール公爵は眉を寄せ、言いにくそうな様子を見せた。
「兄上──陛下は……私から見ても分かりにくいと言いますか……何を考えているのか、判断が付かないところがあります。ですが……いたずらにひとの気持ちを弄んだりするひとではありません。陛下は、冷たい人間だと……血も涙もない、おまけに他人の感情も分からない、恐ろしいひとだと言う輩もいますが……。違います。陛下は、他人の感情を理解していらっしゃる」
ルムアール公爵の言葉は途切れ途切れで、たどたどしかったが、彼が何を言いたいかは分かった気がした。
ロディアス陛下は感情が分からない。
ルムアール公爵はそれを否定したが、『恐ろしい』という部分と『冷たい人間』という箇所については否定しなかった。
恐らく、ルムアール公爵は意図してその部分を省いた訳では無いのだろう。
ただ、陛下が誤解されないように弟として言葉を紡いでいるに過ぎない。
しかしそれは正しいように感じた。
「……陛下は、若くして王位を継ぎましたので……。王太子であった時より、ピリピリしているというか……。焦ってらっしゃるように……私は感じます」
「焦ってらっしゃる?」
聞き返すと、ルムアール公爵は眉を寄せ、迷うようにしながら頷いた。
「……私は国政に聡くありません。兄のように、執政向きの人間では無いのです。私はひとの上に立つよりも、みなと剣を振るう方が性に合っている。ですので、今のレーベルトの状況を正しく把握しているとは言いきれない。……ですが、陛下の苦悩は分かるような気がします。……陛下は、意味の無いことはなされないはずですから」
「……ルムアール公爵は、ルエイン様と陛下の噂をご存知ですか?」
私が尋ねると、ルムアール公爵はギョッとしたようにこちらを見た。途端、落ち着きをなくしてそわそわとした様子の彼を見て、私はまた苦笑いした。
「……社交界では有名ですものね」
ぽつりと呟くと、ルムアール公爵は渋面を浮かべながら、手にしたグラスをくるくると回した。
やはり、とてもわかりやすい人だ。
私はそっと、まつ毛を伏せてグラスへと視線を逸らし落とした。
グラスの中で、スライスされた檸檬がゆらりゆらりと揺れ動く。
それを見ていると、少しだけ心が落ち着くような気がした。
「……陛下は、あれは偽りだと仰いました。真実ではない、と。だけど……ルエイン様は陛下に惹かれていらっしゃるように見えます」
私が言うと、少ししてからルムアール公爵が答えた。
「……王妃陛下の方が、私は好ましいと思いますよ」
「ありがとうございます」
苦笑して答える。
例えお世辞だろうと嬉しかった。
私の声に、受け流されたと気付いたのだろう。
ルムアール公爵は少し語気を強めてさらに言った。
「いいえ。これは本心です。……あなたはどこか、あの方に似ている」
「……あの方?」
不思議に思って顔を上げる。
そうすると、ルムアール公爵は私を見ながら、どこか遠くを見るような瞳をしていた。
眉を寄せ、難しい顔をすると彼は少し近寄り難い雰囲気がある。
キリリとした眉や、深い紺色の瞳が、そう見せるのかもしれなかった。
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