上 下
8 / 117
一章

板挟み、それは弱さがもたらすもの

しおりを挟む

ロディアス陛下がゆったりとした声で、穏やかに言った。

「……お相手、願えるかな?お手をどうぞ。ルエイン嬢」

「……はい。陛下」

ルエイン様が鈴が鳴るような細い声で答える。
その声も可憐で美しく、男性を魅了する色があった。

その時になってようやく、ふたりから視線を外すことに成功した。
ロディアス陛下がルムアール公爵に声をかけているのが聞こえた。

「エレメンデールはまだレーベルトに不慣れだから、目を離さないようにね。決してひとりにはしないように」

「心配しすぎですよ、陛下。王妃陛下は私がしっかりと護衛させていただきます」

「護衛といわれると、なんだかこの夜会があまりにも危ないものに聞こえてくるね。僕が言いたいのは、僕の不在中、彼女に酒を飲ませないように、ということや、彼女の体調に気を使ったりしてあげて、ということ。アレン、お前もいい加減女性の扱いを学ぶべきだよ。エレメンデールと共にいて、少しは勉強しなさい」

「……それは」

ルムアール公爵が苦々しい声を出した。
私の面倒を見るなんて、負担なのかもしれない。
ひとりでも大丈夫だ、と言おうとして、立場上それは許されないのだと思い当たる。
ではどうしよう?
顔を上げたまま焦る私に、ロディアス陛下がこちらを向いた。
薄桃色と淡い紫が混ざりあったような、不思議な光彩と視線が交わった。
私と目が合うと、ロディアス陛下が微笑んだ。
恐らく、私を安心させるために。

「アレンから離れないようにね」

「……かしこまりました」

「うん。いい返事。……じゃあ、少し行ってくるから。ルエイン嬢、行こうか?」

ロディアス陛下に声をかけられて、ルエイン様がふんわりと微笑んだ。
しかし、ちらりとこちらを見た彼女の瞳は凍てつくように冷たくて、思わず体が強ばった。

(やっぱり……いい気は、しない……わよね)

私がレーベルトに来て、ロディアス陛下と会ったのはつい最近。付き合いの長さで言えば、ルエイン様の方がずっと昔からロディアス陛下を知っていることだろう。
ぽっと出の私にいい気がしないのは当然だ。
真正面から彼女の瞳を見返す自信はなくて、視線を逸らした。

その間に、ルエイン様とロディアス陛下は手を取り合ってダンスホールに向かい、歩いていった。
ルエイン様の視線が私から外れて、ほんの少し詰めていた息を吐き出す。

ステファニー公爵がこちらを見て、短く言った。

「では私も……用事がありますのでこの辺で。失礼いたします」

「……はい」

良かった。
ロディアス陛下がいない中、ステファニー公爵と話すのはとても気が張るだろうと思っていたのだ。
彼がこの場を去るというのは私に安堵をもたらした。
ステファニー公爵が離れると、ルムアール公爵が困ったような声を出した。

「あー……えーと、まずはグラスでも持ってこさせましょうか。喉が乾いたのでは?」

「……ありがとうございます。いただきます」

あまり喉は乾いていなかったけど、好意に預かることにした。ここで断っても、気まずい沈黙が流れるだけなような気がしたから。
ロディアス陛下はああ仰ったが、ルムアール公爵とはあまり話したことがない。
何より、彼はあまり社交の場に現れないから。
意図的に、社交を避けているように感じた。

ルムアール公爵は従僕を呼びつけてグラスを持ってこさせると、私にそれを手渡した。
酒ではない、果実水だ。

「もう少し、端の方に行きましょうか。ここでは人の目が集まりすぎますし……次から次に話しかけられそうで、億劫です」

はっきりと言い切るルムアール公爵に、思わず苦笑してしまう。
全く同じ思いだったからだ。

ルムアール公爵に促されて、壁の方に移動し、休憩用のソファに腰掛ける。
ルムアール公爵は立ったままだ。
私のように腰掛けないのは、無用の噂を呼ばないようにするためだろう。
王妃と王弟が休憩用のソファに並んで腰かけているとなれば、穿った目で見てくるものもいるはずだから。
ルムアール公爵の気遣いに感謝しつつ、負担をかけてしまっていることに申し訳なさを感じる。
手にしたグラスに口をつければ、さっぱりとした檸檬水が口内に広がり、ほっとした。

「……陛下とは、いかがですか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

処理中です...