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一章
板挟み、それは弱さがもたらすもの
しおりを挟むロディアス陛下がゆったりとした声で、穏やかに言った。
「……お相手、願えるかな?お手をどうぞ。ルエイン嬢」
「……はい。陛下」
ルエイン様が鈴が鳴るような細い声で答える。
その声も可憐で美しく、男性を魅了する色があった。
その時になってようやく、ふたりから視線を外すことに成功した。
ロディアス陛下がルムアール公爵に声をかけているのが聞こえた。
「エレメンデールはまだレーベルトに不慣れだから、目を離さないようにね。決してひとりにはしないように」
「心配しすぎですよ、陛下。王妃陛下は私がしっかりと護衛させていただきます」
「護衛といわれると、なんだかこの夜会があまりにも危ないものに聞こえてくるね。僕が言いたいのは、僕の不在中、彼女に酒を飲ませないように、ということや、彼女の体調に気を使ったりしてあげて、ということ。アレン、お前もいい加減女性の扱いを学ぶべきだよ。エレメンデールと共にいて、少しは勉強しなさい」
「……それは」
ルムアール公爵が苦々しい声を出した。
私の面倒を見るなんて、負担なのかもしれない。
ひとりでも大丈夫だ、と言おうとして、立場上それは許されないのだと思い当たる。
ではどうしよう?
顔を上げたまま焦る私に、ロディアス陛下がこちらを向いた。
薄桃色と淡い紫が混ざりあったような、不思議な光彩と視線が交わった。
私と目が合うと、ロディアス陛下が微笑んだ。
恐らく、私を安心させるために。
「アレンから離れないようにね」
「……かしこまりました」
「うん。いい返事。……じゃあ、少し行ってくるから。ルエイン嬢、行こうか?」
ロディアス陛下に声をかけられて、ルエイン様がふんわりと微笑んだ。
しかし、ちらりとこちらを見た彼女の瞳は凍てつくように冷たくて、思わず体が強ばった。
(やっぱり……いい気は、しない……わよね)
私がレーベルトに来て、ロディアス陛下と会ったのはつい最近。付き合いの長さで言えば、ルエイン様の方がずっと昔からロディアス陛下を知っていることだろう。
ぽっと出の私にいい気がしないのは当然だ。
真正面から彼女の瞳を見返す自信はなくて、視線を逸らした。
その間に、ルエイン様とロディアス陛下は手を取り合ってダンスホールに向かい、歩いていった。
ルエイン様の視線が私から外れて、ほんの少し詰めていた息を吐き出す。
ステファニー公爵がこちらを見て、短く言った。
「では私も……用事がありますのでこの辺で。失礼いたします」
「……はい」
良かった。
ロディアス陛下がいない中、ステファニー公爵と話すのはとても気が張るだろうと思っていたのだ。
彼がこの場を去るというのは私に安堵をもたらした。
ステファニー公爵が離れると、ルムアール公爵が困ったような声を出した。
「あー……えーと、まずはグラスでも持ってこさせましょうか。喉が乾いたのでは?」
「……ありがとうございます。いただきます」
あまり喉は乾いていなかったけど、好意に預かることにした。ここで断っても、気まずい沈黙が流れるだけなような気がしたから。
ロディアス陛下はああ仰ったが、ルムアール公爵とはあまり話したことがない。
何より、彼はあまり社交の場に現れないから。
意図的に、社交を避けているように感じた。
ルムアール公爵は従僕を呼びつけてグラスを持ってこさせると、私にそれを手渡した。
酒ではない、果実水だ。
「もう少し、端の方に行きましょうか。ここでは人の目が集まりすぎますし……次から次に話しかけられそうで、億劫です」
はっきりと言い切るルムアール公爵に、思わず苦笑してしまう。
全く同じ思いだったからだ。
ルムアール公爵に促されて、壁の方に移動し、休憩用のソファに腰掛ける。
ルムアール公爵は立ったままだ。
私のように腰掛けないのは、無用の噂を呼ばないようにするためだろう。
王妃と王弟が休憩用のソファに並んで腰かけているとなれば、穿った目で見てくるものもいるはずだから。
ルムアール公爵の気遣いに感謝しつつ、負担をかけてしまっていることに申し訳なさを感じる。
手にしたグラスに口をつければ、さっぱりとした檸檬水が口内に広がり、ほっとした。
「……陛下とは、いかがですか?」
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