〈完結〉魔女のなりそこない。

ごろごろみかん。

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一章

悪女は誰?

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「陛下もお元気そうで何よりです。王妃陛下もお変わりなく?」

ステファニー公爵がこちらを見る。

その視線にどきりとする。
ステファニー公爵は苦手だ。
彼は温和なひとで、その声も穏やかなのだが──私は苦手だった。

恐らく、彼の瞳が理由だろう。
彼の琥珀色の瞳は猛禽類を思わせて──少し、怖い。

こちらを慮る言葉を口にしながら、その実、彼は私を試すように、王妃の席に相応しいか確認するように、値踏みしている。

少しでも失態を見せれば、彼は必ずそれを見咎めるだろう。
そんな、恐れを抱かせる。

私は笑みを浮かべて、公爵の言葉を受け流した。
公爵によく似た強気の瞳で、ルエイン様も私を見つめた。

王侯貴族特有の、自信に満ちた瞳。
彼らは決して、自分の行いに疑問を抱いたり、自分が間違っているのではないか、と不安に思ったことは無いだろう。

私には持ち得ない、精神の強さ。
心の強さ。逞しさ。王侯貴族『らしさ』。
そうあるべきだという姿を、そのまま体現して見せている。

「お心遣いありがとうございます。変わりありません」

「そうですか。……妃殿下が我が国にいらっしゃってもう一ヶ月が経ちますな。レーベルトはいかがでしょう」

「有難いことに皆様にお気遣いいただいて、快適に過ごしておりますわ。私はこの国についてまだまだ知らないことが多すぎますので……これからたくさん知っていければと思います」

「ランフルアとは違うところもたくさんあるでしょう。若輩者ながら、我がステファニー家が、妃殿下のお手伝いを出来ればと思っております。ここにいる、ルエインも同じ気持ちですので」

ステファニー公爵の隣で、ルエイン様がドレスの裾を持ち、淑女の礼を執る。
私はそれを見ながら、微笑むだけに留めた。
恐らくステファニー公爵は、第二妃の話をしているのだ、と気が付いたから。

顔を上げたルエイン様と目が合った。

濃い檸檬色の髪は、シャンデリアの光を反射し、淡いクリーム色に見えた。
つぶらな紫色の瞳は光の加減で牡丹色にも見える。
甘やかな可憐さを感じさせる、可愛らしい令嬢だ。

その華やかさも、淑女としての愛らしさも、堂々とした振る舞いも、やはり私には持ち得ないものだった。
彼女は私と目が合うと、瞳を細めて笑みを浮かべた。

「陛下。ルエインは二十二になりました」

「知っている。先日、誕生日を迎えたな。メッセージカードは贈ったが──直接祝っていなかったな。おめでとう、ルエイン嬢」

ロディアス陛下の言葉に、ルエイン様は頬を赤く染めた。
その瞳に確かな熱が宿っているのを見て、確信する。

ルエイン様もまた、陛下を想っている。
彼女もまた──陛下に恋をしているのだ。

ヒヤリとした。
心臓に直接、氷を押し付けられたような冷たさを感じた。

彼女はいずれ、第二妃となるひとだ。
仲良くしておかなければならない。

分かっている。
分かっているのに──やはり、王族として出来損ないの私は、上手く言葉が出てこない。
妃として、陛下を立てることも、ルエイン様に声をかけることもできず、私はただ立ち尽くすだけ。

ステファニー公爵が、満足そうに頷いた。
それだけ見れば気のいい男性に見えるのだが、それにしては彼の瞳はあまりにも鋭すぎる。
こちらの心の内を探ろうと──暴こうとしている瞳だ。
その瞳の冷たさにはやはり、気後れしてしまう。
私が彼の瞳を真正面から見返すことは、難しいだろう。

「ありがとうございます。陛下からお言葉を賜るなど、なんという栄誉。ルエイン、礼を」

公爵に促されて、ルエイン様がドレスの裾を持ち上げて淑女の礼を取り、目を伏せた。

彼女は淑女として、完璧だ。

その佇まい、その気品、その風格。
どれひとつ取っても、全てが全て王の妃に相応しい。

もしかして、私とロディアス陛下の婚姻は突然持ち上がったものなのではないか。
ふと、そう思った。

レーベルトとの関係に頭を悩ませていたお兄様が、同じように悩みの種だった私を思い出して『使える』と思ったのかもしれなかった。

元々、王妃の最有力候補はルエイン様だったのでは──?

もしそうであるのなら、突然現れた私に彼女はいい気がしないだろう。
彼女から見たら、私は突然現れ横からロディアス陛下の妃の座を奪い取った悪女だ。
ただの仮定に過ぎないが、それは大きく外していないように思えた。

それが真実だった場合、あまりにもいたたまれない。
どう振る舞えばいいか分からなくなってしまう。

ふと、ステファニー公爵がなにか思いついたように声を上げた。

「ああ、ですが──陛下。せっかくなら、ルエインと踊ってやっていただけませんか。ルエインはもう二十二。諸事情・・・あって、嫁いでいないだけですのに、行き遅れと悪く言うものもおりまして……。陛下とのダンスを目にすれば、口さがない輩も口を閉じることでしょう。お願いできませんか?」
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