〈完結〉魔女のなりそこない。

ごろごろみかん。

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一章

その肩書きは、重すぎて

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本日は半上はんじょう式典があった。
半上とは、一年の半分を恙無く過ごすことが出来た幸福を感謝する、という意味合いらしい。

この国には、昔、母なる女神の怒りを受けて、四季を呪われたという神話がある。
それが理由で、この国の人々は日々の暮らしを大切にしていると聞いた。

昼は式典があり、夜は立食形式のパーティとなる。

私はロディアス陛下の色である、黄のドレスを身につけていた。
私には濃い色が似合わない。
どうしても、ドレスが浮いてしまうのだ。
全体的に白く、ぼやけた印象を与えてしまいがちな私は、ドレスもまた同じように薄い色を選ばなければならなかった。

そのため、本日のドレスはクリームイエローのドレスに、白のショールを肩に羽織っている。
肩を出したマーメイドラインのドレスは、華やかで、少し気後れしてしまう。ドレスに着られていないか何度も鏡を見返したが、そこには困り顔の女がいるだけだった。

サイドを垂らし、残りの髪は編み上げるようにしてまとめ、黄のコスモスを髪に差している。黄色の花の周りはパールを散らし、上品さを助けていた。
そうするとどんよりとした印象も少しはマシになっている……ような気がする。

メイドはよく似合っていると口を揃えて言うが、王妃相手に「似合っていない」などと言えるはずがない。

(本当に大丈夫かしら……?浮いてない?どこか変じゃないかしら……)

不安な気持ちを抱えたまま、私は控え室に向かった。

既にロディアス陛下は支度が終わっていたのか、私を待っていたようだった。

ロディアス陛下は、流石王族と言うべきか。
白のジャケットに、胸には国花が刻まれた略綬をつけ、赤のサッシュを肩からかけていた。
しかし、その華やかな衣装も、ロディアス陛下の持つ煌びやかな雰囲気に霞んで見えるのだから、本当にこのひとはすごいのだな、と変なところで感心してしまった。
やはりどこまでいっても私とは正反対である。

私に気がつくと、ロディアス陛下が柔和な笑みを浮かべた。

「いつものきみは清廉な美しさを感じさせるけど、今日は華やかさがあるね。とても可憐だ。こんなに可愛いひとを人前に出すのは憚られるな。あまり僕の傍から離れないようにね」

社交辞令の言葉に、私もホッとして笑みを浮かべた。
どうやら、ロディアス陛下のお眼鏡には適ったらしい。合格ラインには達したようだ。

「ありがとうございます。陛下は……そのような格好をされるといつも以上に華やかで……お美しいですね」

「美しいか。国王としてはまだまだ貫禄が足りないね。あと十年もすれば多少はマシになると思うんだけど」

十年後、ロディアス陛下は三十四歳。
それでも国王と呼ぶにはまだまだ若すぎる年齢だ。

(十年後、私は……二十六歳)

今のロディアス陛下よりふたつ上の年齢になる。
その頃になれば多少はこの性格もマシになるだろうか。

卑屈で、内気で、どんよりとした暗い性格。
私は自分の性格をそう捉えているが、恐らく他者から見た自分と比較してもそう大きく乖離していないだろう。
この性格を矯正するのは難しいと考えているが、十年の月日が経過すれば、あるいは。
そんな希望的観測を持ちながら、ふと、私とロディアス陛下の年の差を考えてしまった。

私とロディアス陛下は8個、年齢が離れている。
本来なら、姉の方がロディアスの妻にふさわしい年齢なのだが、兄は私を嫁がせることを決めた。

8個という年齢の違いは、考えている以上に大きい。

ロディアス陛下から見たら私はまだまだ考えも甘く、思考の幼い子供なのだろう。
そう思うと、自分の未熟さが恥ずかしくなってくる。
肩書きに釣り合わない自身の力不足加減を恥じ入ってあると、入場を知らせるラッパが鳴った。
ちらりとロディアス陛下を見ると、彼もまた前を見すえていた。

パーティが始まる。
会場に入ると、まずは私たちに挨拶をしにくる貴族の相手だ。いちばん初めに挨拶に訪れるのは、五大貴族だと決まっている。
最初に顔を見せたのは、ルドアール公爵だった。穏やかなひとで、五大貴族の中で私がいちばん接しやすい人だ。

彼もまた五大貴族のひとりなのだから、ただ穏やかなだけではないだろうけど。
淡い緑の髪もまた、私をほっとさせる一因だった。

「ご機嫌麗しく、国王陛下。王妃陛下」

「貴殿も健やかそうでなによりだ。今日は、バルセルトは来ているのか?」

ロディアス陛下は、国王として話す時は少しだけ居丈高になる。

メイドが言うには、以前は誰に対しても柔和で、相手が臣下であっても目上の人間に対しては丁寧に接していたらしい。

即位し、彼なりに国王像を模索しているのだろうか。
彼が国王として振る舞う時、私もまた少しだけ緊張する。
彼の足を引っ張らないように、と気を張るから。
ロディアス陛下の言葉に、ルドアール公爵が顎髭をなぞりながら苦笑する。

「ええ、まあ」

「彼ももう十九だ。婚約者のひとりくらいは、見つけて欲しいものだな。公爵?」

「おっしゃる通りですね。まだまだ次期公爵としての自覚が足りてないのかもしれません。メンデル家やアリアン家の子息を見習って欲しいものですが」

「私も顔を合わせたらそれとなく言っておく。今宵は楽しんでくれ」

ロディアス陛下の言葉に、ルドアール公爵も頭を垂れて答えた。
次から次に人に囲まれ、人酔いしてしまいそうだった。
私は、大勢の人間に囲まれることが不得手だ。たくさんの人と話すとどうしても気疲れしてしまうし、続く会話には消耗してしまう。
王侯貴族の会話は一切気を緩められない。
失言するわけにはいかないからだ。

五大貴族の挨拶を受け、ようやく一段落がついた。肩の力を抜いて細く息を吐く私に、ロディアス陛下が気遣わしげに見てきた。

「……疲れた?グラスを持ってこさせようか」

「いいえ。お気遣いなく。大丈夫です」

「そう?でも──」

ロディアス陛下がなにか言いかけた時、視界に誰かの靴のつま先が映った。
ピカピカに磨かれた革靴からして、高貴な身の上なのだろう。

誰だろうか。

顔を上げて、相手を見留めて硬直した。

「──」

笑みが引きつったことに、気付かれていないだろうか。
不自然に固まった私に、ロディアス陛下も顔を上げた。
そして、相手を見ると先程のように薄く笑みを浮かべた。

「やあ、今日も変わらずの様子で安心した。ステファニー公爵」

ロディアス陛下の言葉に、相手もまた顔を弛め、柔和な笑みを浮かべた。

そこにいたのは、つい先日、ロディアス陛下から第二妃として名を挙げられた、ステファニー公爵家の令嬢──ルエインと、父、ステファニー公爵。

にっこりと、彼女は気品のある微笑みを浮かべていた。
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