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一章

どうして、気が付かない

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ロディアス陛下は、噂とは異なるひとだった。
少なくとも彼は血も涙もないと言われる冷酷無情な王ではなかった。
初めて顔を合わせた時、彼の煌びやかさに呆気に取られる私に、彼は優しく微笑んだ。

『ようこそ、僕の国に。麗しの王女、エレメンデール様』

そう言って、私の手の甲に口付けたのだ。
それはあくまで儀礼に則った行いだと、理解している。
しかしそれでも、ランフルアで忌み嫌われる私はその当然すぎる挨拶ですら、今まで受けたことがなかった。

だから、驚いてしまったのだ。
当然のように私に触れる、彼の行動に。

ロディアス陛下は、周りを圧倒するような、煌びやかな雰囲気のある方だった。
鮮やかな金髪は──その毛先は橙がかった梔子色をしていたが、全体的に白金色で、目に眩い。
光を振りまくような煌びやかさに反し、瞳の色素は薄く、不可思議な色合いだった。
青藤色の瞳に、淡く撫子色が溶け込んでいるような、そんな柔らかくも透明感のある、色合い。

私は彼の美麗さに圧倒された。

白と言うよりも灰といったほうが近しい、私の暗い髪色。
瞳も同じく曇天のような色合いだ。

どうしたってどんよりとした、暗い印象を与えてしまう私と違い、彼はあまりにも煌びやかだった。
絢爛豪華さを感じさせる雰囲気が、彼にはある。

まるで、初夏の太陽のような眩さ。
それはじりじりと肌を焼く、夏の日差しによく似ている。

夜よりも昼間が似合う、私とは正反対の力強さを持つ人だ。
私と真反対どころか、空気感だとか、纏う雰囲気だとかが全く異なる。
このひとが、私の夫になるのか、と私は呆然とした。
自分とは別世界の人間のように感じた。

私と彼は、あまりにもかけ離れている。
それは容姿だけではなく、生まれ持つ気位の高さや、生まれに恥じないだけの心の持ちよう。王太子として、王族としての在り方。
自信ががあるのだろう。悠然とした様子は、私では持ち得ない品格があった。

最初は怖い、と感じた。
私とは全く異なる彼の、その圧倒的なまでの雰囲気と、煌びやかな容姿に。
自身の至らなさを突きつけられたようで、いたたまれず、怯えた。
だけどロディアス陛下は噂と異なり、私になにかと親切に接してくれた。
レーベルトに不慣れな私を導き、足りないことは教えてくれる。
その手のあたたかさに、その心の柔らかさに絆されるのはすぐだった。

私がここに嫁いでから、一ヶ月。
冷酷無情と評される彼は、その実優しくて親切な青年だった。
そのことに私はただ喜びと幸せを感じていた。

だけど──それは全て、偽りだったのだ。

悲しくない、と言えば嘘になる。
裏切られたような気持ちになるのも、本心だ。

だけどそれは全て、私が王族として至らないからこそ、感じるものなのだろう。

これは政略結婚。
義務として、決められた婚姻。

それに愛など──求める方が、おかしいのだ。
王族として、当たり前なことをすっかり私は失念していた。
だからこそ、私は出来損ないの王女と言われるのだろう。

窓の外から零れる夏の日差しが今の私には強すぎて──痛すぎて。
私はカーテンをそっと閉めた。







夕食の前に、部屋を訪ねてきたひとがいた。
ラディールが取り次ぎ、部屋にそのひとを迎え入れる。

──ロディアス陛下だ。

彼がこの時間に訪ねてくるのは珍しい。
どうしたのだろうか。
そう思って私が彼を見ていると、ロディアス陛下はラディールに紅茶の用意をするよう言付けていた。
彼女が部屋から下がると、ふたりきりになる。

いつもは穏やかな時間が流れるのに、今は心苦しくなる。
沈黙を重たく感じるのは、私だけだろうか。
何を言えばいいのか、分からなかった。
偶然聞いてしまったことを、言えるはずがない。

私が言えば、それはどうしたって彼を責める響きに聞こえてしまうだろう。
黙り込む私の前に、彼が腰掛けた。

「さっき、僕の執務室を訪ねたんだって?」

「……!」

ハッとして顔を上げた。
そしてすぐに気がつく。
ロディアス陛下と顔を合わせなかったとはいえ、その扉を守る近衛には声をかけたし、ラディールもそれは知っている。
彼らには報告する義務があるだろう。
それを、忘れていた。
何をどう言えばいいか分からず、ただ空気を吸い込むだけになる。
そんな私に、ロディアス陛下が言った。

「聞いたんだね?」

「え……」

「時間からして、きみが応接室にいたのは、ミュチュスカがいた時間帯だ。僕は彼にすぐ仕事を言いつけたから、彼が滞在した時間は短い。その間にきみが来たということは、そうなのかなと思ってさ。当たってた?」

ミュチュスカとは、彼の側近の名前だ。
ロディアス陛下はにっこりと笑った。
まるで、あの言葉がなかったかのように。
ただ、心許せる妻に対するような顔で──でも、それが仮初の優しさだと、私は知っている。
知ってしまった。
私は視線をさ迷わせたが、やがて膝を見つめて、手をぎゅっと握った。

「……申し訳ありません」

「どうして謝るの?不用意にあの場で発言したのは僕だ。まさかきみが、執務室に来るとは思わなかったけど。でもその可能性を気付けなかったのは僕の落ち度。……ごめんね、傷つけてしまったかな」

彼は私を気遣う言葉を口にしているのに、その声は全く優しくない。

……そうだ。
ロディアス陛下の言葉はどれも、優しくて、私を労るものばかりだったけど、その声はいつも平坦としていて、静かだった。
感情が篭っていなかったのだ。
今になって気がつくなんて、私はよほど舞い上がっていたのだろう。その愚かさに、またすこし、自嘲した。

「だけど、聞いてしまったなら仕方ないかな。そろそろこの話をきみにもするべきだと思っていたんだ」

ロディアス陛下はおもむろに切り出した。
本題は別にあるようだ。

のろのろと顔を上げると、彼と視線が交わった。

思わず、背けたくなってしまう。
その、圧倒的な雰囲気を醸し出す、青藤色の瞳から。
自信に満ち足りた、覇者の風格がある、強い眼差し。
それを見つめ返すだけの強さが、私には無い。
しかし、だからといって逸らすことも出来ず、押し黙り、ただじっと彼を見つめた。

息が詰まるような時間だったけど、彼は全く気にした様子を見せなかった。
いつもと同じように落ち着いた声で、ロディアス陛下が言った。

私にとって、予想外の言葉を。

「ステファニー公爵家の娘を第二妃に迎えようと思うんだ。……ああ、もちろんきみは、正妃のままだから。安心して」

と、なにかに気がついたように言葉を足して。
私は、彼からもたらされた言葉に愕然としていた。

第二妃──?
それはつまり、新しい、妻、ということ。

(第二妃を……娶られる?)

頭が真っ白になった。
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