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夫婦別室
しおりを挟む「………は?」
殿下が驚いた顔で私を見る。
私は扇で顔を隠し微笑んだ。
「あら。互いに利あることではございませんか。わたくしのことについては何も聞かず、不干渉としてくださいませ。その代わりわたくしもあなたについて、詮索したりいたしません」
殿下は私を見て、真意をはかろうとしているようだった。
殿下は美しいひとだ。
下手をすれば女の私よりも美しい顔をしている。
長いまつ毛に、陽光のような柔らかな金髪。アクアマリンのような透き通った瞳。私は殿下の顔の造形に感嘆しながら、自身の考えを伝える。
「とはいえ、他国の王女が何をしているか把握していないというのも問題ですわね? なので、政治的観点からわたくしの行動や思考、動きを監視……確認するのは問題ございません。当然ですわ。それ以外についてはお互いに不干渉。わたくしが望むのはこれです。いかがかしら」
殿下は奇妙なものを見るような目で私を見て尋ねた。
「範囲は? 不干渉の、具体的な範囲を決めよう」
殿下は乗り気のようだ。私はにっこりと笑った。
「全てですわ。例えば──そうですわね。好きな食べ物から得意なこと、好きな景色、好きな楽曲。苦手なもの。そういったこと全てにおいてです」
「きみは……」
殿下は顔色が悪いまま、私を見た。初めて真っ直ぐに、互いの視線が絡む。ここにきて、ようやく殿下は気が付いたらしい。
私が結構、いやかなり怒っていることに。
「まさかダメなんておっしゃらないでしょう? 殿下の望んだ関係です」
「いや……姫君」
「名前で呼んでくださる? もう王太子妃ですの」
「………」
私の苛烈な性格はつい先ほど、大人気ないと思いながらも先程見せてしまったばかり。
殿下もそれを見ていた。私を怒らせることは女性嫌いの彼にとって悪手だと思ったのだろう。視線をそらすと言った。
「会食の時や謁見の時。公務行事に臨むとき、互いに話が合わないのはまずい」
(なーによ!それを望んでいたのでしょう)
私は折れななかった。初夜の日に言われたあれそれや、養子や愛人云々のくだりを彼女は許していない。
(殿下公認で全て責をそちらで持ってくださるというのなら、わたくしが反論する理由はありませんもの。愛人だの養子だの、一人や二人や三人、四人、仰っていただいたように好きにさせてもらうわ!)
私は殿下の問いにあっさり答えた。
「その時はわたくしが話を合わせますわ。わたくしはガトーショコラが好きですわ。そして、ナポトが苦手です。ですが、あなたが、わたくしの好物はナポトだといえばわたくしはあなたといるときだけ、その食べ物を好物にいたします」
ナポトというのはハーブの一種で、丸い緑の実をしている。とんでもなく苦いため好んで食す人はまれだ。殿下は驚いたように息を呑んだが、やがて頷いた。
「分かった。きみの要求を呑む」
「ありがとうございます。殿下」
私は笑顔で答えた。思い通りになったのに、私の気は晴れない。
◆◆◆
そのような取り決めをしたので、当然私たちは互いの部屋に通うことなく、王太子妃夫妻の部屋が使われることもない。
二人の関係を心配した女官や侍女、ついには大臣にまでそれとなく関係改善に努めるよう言われたが今さらどうしようもない。
(お母さま……。王太子殿下の心は奪えなかったけど、この地位を守って見せるわ。だから許してね)
心の中で便りを送った私は、王太子夫妻の不仲説が囁かれても平然としていた。
もし私が実際にその内容で祖国に手紙を出していたなら、許してね、で許されるはずがなく、烈火のごとく怒られていただろう。
祖国に知れたらと考えると私は憂鬱になった。
私自身、この対応は誤っているのではないかと少し不安になったのだ。だけど、最初の歩み寄りを拒絶したのは殿下である。
(本当にこれでいいのかしら。でも仕方ないわ。ええ、もしかしたらこっちのほうがうまくかもしれないもの。でも、私が愛人と子を成す?うーん……)
というか、私と愛人の子を次期国王にするなどルデン国乗っ取りをたくらんでいたらどうするのかしら。
そのあたり、殿下はどう考えているのだろう?
(織り込み済みって言ってたし考えはありそうだけど‥…)
私の悩みは尽きず、毎夜寝つきは悪かった。
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