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1.春を司る稀人と、冬の王家
愛なんて、知らない。
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「──」
目を見開いた。
(……確かに、私には稀人としての力がある)
セミュエル国に春を訪れさせるだけではない。
稀人としての、力が。
春夏秋冬を司る各稀人は、それぞれの神秘を操る。
ほかの季節を司る稀人が、どういった神秘を使うかは知らされていない。
だけど王家は、把握しているはずだ。
「お待ちください!おひとりでは危険です……!」
「王太子殿下、アマレッタ様とどうかご一緒に……!」
私兵がセドリック様を静止しようとするが、彼はそれを振り払って部屋を出ていってしまった。
サロンに残されたのは、私ひとり。
私兵の視線が突き刺さる。
不憫だと思っている顔だ。
私は、ひとの思考を読むことは出来ないけど今、彼らが何を考えているかくらいはわかる気がした。
およそ、エミリアを優先されて可哀想だと思っているのだろう。一瞬、彼らは気まずそうに私を見ていたが、そんな場合ではないことに気がついたのか私を呼んだ。
「ア……アマレッタ様も!早く逃げましょう!」
「ええ。そうね」
前までの私なら、彼らの視線をそのまま受け止めて、きっと矜恃を保つために『これくらい何ともない』と言った態度を装ったことだろう。だけどもう、そんなことをするつもりもなかった。
静かに頷いた私を見て、『よほど気にされてるのだろうか……』と言わんばかりの視線が向けられる。
それには少し苦笑したが、もうセドリック様とエミリアは、私には関係の無いこと。
サロンを出ると、既に廊下は炎に包まれつつあった。
(思ったより火の回りが早い……!)
手で口元を覆って、前世の記憶から姿勢を低くしてなるべく、煙を吸わないように努めた。私兵の彼らは、私のそんな様子を訝しげに見ていたが、彼らにも腰を低くするように命じた。
今、酸素だの、一酸化炭素だの、説明している余裕はない。
この国は、そんなに化学が発展していないのだ。
前世の世界──私が生まれ育った日本なら。
誰もが知る気体も、この世界ではそんなに知名度がない。
そもそも、教育を受けるのは貴族か、あるいは金のある商家だけだからだ。
煙が目にしみる。
いつの間に、こんなに火の手が回ったのだろう。
(さっきの爆発が追い打ちになったのかしら……)
裏口に向かいながら、私は私兵に尋ねた。
「お父様にお母様、エリックは?」
エリック──私の、弟の名前。
尋ねられると、私兵は口をまごつかせ、返答に困った様子だった。
(……?まさか)
嫌な想像が頭を掠める。
だけど、彼の答えは私の想像を裏切るものだった。
「公爵ご夫妻は……既に、避難されております。エリック様もご一緒です」
「──そう」
なぜ、彼らが言いにくそうにしていたのか、瞬時に理解する。
(お父様は……お母様は)
襲撃を受けてすぐ、邸を離れたのだろう。
例え、私がここにひとり残っている、と知っていても。
もちろん、頭では理解している。
合流して避難するよりも、各々動いた方が早いし、安全だ。
だけど私兵の彼が言い淀んだ、ということは──。
彼らは、私のことなど気にせず、すぐに避難した、ということだろう。
(……分かってはいるの。分かっては、いたの)
家族の愛なんて、知らない。
家族の愛なんて、もらったことがない。
それでも、どうしてかしら?
胸がまだ、少しだけ、苦しいの。
……悲しいの。
愛して、欲しかった?
心配する素振りでいいの。
気にして、欲しかった?
「…………」
目に、煙が染みたようだ。
私は私兵の彼に気づかれないよう気をつけながらも、目元を拭った。
「お父様たちはご無事なのね。何よりだわ」
「アマレッタ様……」
「裏口はもうすぐね。早く出ましょう。このままだと、邸は崩れるわ。倒壊に巻き込まれたら、私たちも危ない」
「アマレッタ様!!」
その時、突然後ろから腕を掴まれた。
目を見開いた。
(……確かに、私には稀人としての力がある)
セミュエル国に春を訪れさせるだけではない。
稀人としての、力が。
春夏秋冬を司る各稀人は、それぞれの神秘を操る。
ほかの季節を司る稀人が、どういった神秘を使うかは知らされていない。
だけど王家は、把握しているはずだ。
「お待ちください!おひとりでは危険です……!」
「王太子殿下、アマレッタ様とどうかご一緒に……!」
私兵がセドリック様を静止しようとするが、彼はそれを振り払って部屋を出ていってしまった。
サロンに残されたのは、私ひとり。
私兵の視線が突き刺さる。
不憫だと思っている顔だ。
私は、ひとの思考を読むことは出来ないけど今、彼らが何を考えているかくらいはわかる気がした。
およそ、エミリアを優先されて可哀想だと思っているのだろう。一瞬、彼らは気まずそうに私を見ていたが、そんな場合ではないことに気がついたのか私を呼んだ。
「ア……アマレッタ様も!早く逃げましょう!」
「ええ。そうね」
前までの私なら、彼らの視線をそのまま受け止めて、きっと矜恃を保つために『これくらい何ともない』と言った態度を装ったことだろう。だけどもう、そんなことをするつもりもなかった。
静かに頷いた私を見て、『よほど気にされてるのだろうか……』と言わんばかりの視線が向けられる。
それには少し苦笑したが、もうセドリック様とエミリアは、私には関係の無いこと。
サロンを出ると、既に廊下は炎に包まれつつあった。
(思ったより火の回りが早い……!)
手で口元を覆って、前世の記憶から姿勢を低くしてなるべく、煙を吸わないように努めた。私兵の彼らは、私のそんな様子を訝しげに見ていたが、彼らにも腰を低くするように命じた。
今、酸素だの、一酸化炭素だの、説明している余裕はない。
この国は、そんなに化学が発展していないのだ。
前世の世界──私が生まれ育った日本なら。
誰もが知る気体も、この世界ではそんなに知名度がない。
そもそも、教育を受けるのは貴族か、あるいは金のある商家だけだからだ。
煙が目にしみる。
いつの間に、こんなに火の手が回ったのだろう。
(さっきの爆発が追い打ちになったのかしら……)
裏口に向かいながら、私は私兵に尋ねた。
「お父様にお母様、エリックは?」
エリック──私の、弟の名前。
尋ねられると、私兵は口をまごつかせ、返答に困った様子だった。
(……?まさか)
嫌な想像が頭を掠める。
だけど、彼の答えは私の想像を裏切るものだった。
「公爵ご夫妻は……既に、避難されております。エリック様もご一緒です」
「──そう」
なぜ、彼らが言いにくそうにしていたのか、瞬時に理解する。
(お父様は……お母様は)
襲撃を受けてすぐ、邸を離れたのだろう。
例え、私がここにひとり残っている、と知っていても。
もちろん、頭では理解している。
合流して避難するよりも、各々動いた方が早いし、安全だ。
だけど私兵の彼が言い淀んだ、ということは──。
彼らは、私のことなど気にせず、すぐに避難した、ということだろう。
(……分かってはいるの。分かっては、いたの)
家族の愛なんて、知らない。
家族の愛なんて、もらったことがない。
それでも、どうしてかしら?
胸がまだ、少しだけ、苦しいの。
……悲しいの。
愛して、欲しかった?
心配する素振りでいいの。
気にして、欲しかった?
「…………」
目に、煙が染みたようだ。
私は私兵の彼に気づかれないよう気をつけながらも、目元を拭った。
「お父様たちはご無事なのね。何よりだわ」
「アマレッタ様……」
「裏口はもうすぐね。早く出ましょう。このままだと、邸は崩れるわ。倒壊に巻き込まれたら、私たちも危ない」
「アマレッタ様!!」
その時、突然後ろから腕を掴まれた。
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