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1.春を司る稀人と、冬の王家

「きみならひとりでも大丈夫だろう?」

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(襲撃……!?火の手……!?)


唖然としていると、風の流れに乗って入ってきたのだろう。煙と煤の匂いがした。


(火元が近い……!)


部屋の外からは、怒声や悲鳴が相次いで聞こえてくる。私はそれを見ながら呆然と呟いた。


「どう、して……」


私のちいさな声は、騒動の音によってかき消された。

三大公爵邸、王城への襲撃。
放火による大火事。

私はそれを、【物語】で知っている。
物語の中で、この事件は重要な意味を持つ。この事件をきっかけとして、物語のヒーローであるセドリック様と、エミリアは距離を縮めることとなるからだ。

だけど、おかしい。

おかしすぎる。


(どうして…………どうして!?なんで……!)


動揺のあまり、私は取り乱した。
手から、掴んだ毛束がするりと零れる。
それはパサ、とサロンのカーペットに落ちた。

──この襲撃事件は、後にこう、名付けられることになる。

【王太子妃暗殺未遂事件】と。

三大公爵邸と王城を狙った襲撃。
狙いは、王太子妃であるエミリア・・・・


──そう。

この事件は、エミリアが・・・・・王太子妃に・・・・・なってから・・・・・起きるものなのだ。

 
そして──結果、私は死ぬことになる。


エミリアを狙った、王太子妃暗殺事件。
その主犯は。
首謀者は、バートリー公爵家の長女。


アマレッタ・ル・バートリーわたしだ。


私は、エミリアを殺そうとし、大規模な襲撃事件を企てたとして、処刑されることになる。

それが、【冬の王と、春の愛】の終盤。物語がもっとも盛り上がる場面シーン

嫉妬に狂ったアマレッタが、エミリアを殺そうとし、すんでのところで彼女はセドリック様に助けられる。
結果、アマレッタは物語の悪役として退場することになるのだ。


(でも……どうして!?なんで……!?)


私は今回、エミリアの・・・・・暗殺・・なんて、企ててない!

それなのに、なぜ!!

(……私?)

私が、前世の記憶を取り戻したから。
本来ある通りに物語を・・・進めなかったから・・・・・・・・
だから、時系列が崩れたの?

これは、物語の世界による強制力?
それとも──。


絶句する私の前で、セドリック様が従僕に向かって鋭く尋ねた。


「王城の様子は!?父上は、エミリアは無事か!?」


「──」


彼の言葉に、私は息を呑む。

(エミリアは……もう、城に住んでるの?)

確か、物語ではもっと後だったはず。
やはり、私の知る内容からはもう、逸脱してきているのだろうか。

(ううん、それより)

まだエミリアが正式に王太子の婚約者と内定したわけでは、ないのに。

(セドリック様はもう、彼女を城に住まわせてるの……)

それも、私になにか言うことなく。
私の知らない間にエミリアは城に住んでいた。

つまり、それって。
実際のところは私の返事なんてどうでもよかったのだ。
だって、セドリック様の中で、エミリアが正妃になることは決まっているのだから。

こんな裏切りって、あるのだろうか。

何もかも、私の一人相撲でしかなかった。
私だけ、セドリック様を、彼をずっと見ていた。

エミリアに向けるそれとは違う、確かな絆が私たちにはあると思っていた。
でも、それも私の勘違いだったのだ。


(ここまでされたら……流石にもう、思い残すことも無いなぁ)


心残りも、未練も、微塵もない。
過去の私を愚かに思い、その盲目さに嘆息することはあっても、それに縋ることは二度とない。
最後通牒を渡された気分だ。


(……とりあえず、避難しないと)


今日は風が強い。火もあっという間に燃え広がるはずだ。セドリック様に声をかけて、サロンを出ようとした時。
部屋の外から剣戟の音が聞こえた。

誰かが、交戦している。


「な──もう、そんな近くまで来ているの……!」


剣の音は、そう遠くない。
サロンからそう離れていない場所で、誰かが交戦している。
つまりそれは、邸宅内まで、襲撃者の侵入を許してしまったということで。
公爵邸の守りは万全だったはずだ。
そう簡単に崩せるものでは無い。
それなのに、それをいとも容易く落としたひとがいる。

一体、それは誰……?

咄嗟に扉の外に視線を向けると、剣を手にした男たち──公爵家の私兵だ。
彼らが、サロンに駆け込んできた。


「早くお逃げください!正門はだめです。裏門から……」


彼がそう言った、直後。
どこかで爆発が起きたようで、轟音が響いた。


──ッドオオオオン……!!


まるで、地響きのような衝撃。


「一体、何が……」


衝撃で足元が揺れ、たたらを踏む。
 

(とにかく、早く逃げないと……!)


王家の直系は、セドリック様しかいない。
王家には、セドリック様以外の子がいないのだ。
襲撃者の目的は分からないが、セドリック様の命を危険に晒すことは、セミュエル国の人間としてできない。
私は、セドリック様に向かって叫んだ。


「セドリック様、逃げましょう!裏口はこちらです、ご案内しま──」


私が、そこまで言った時。
彼は、部屋の扉まで駆けた。


「え──」


驚き、呆然とする私の前で。
扉の前で足を止めると、彼は言った。


「エミリアが心配だ……!アマレッタ、きみならひとりでも大丈夫だろう!?きみは稀人だ。だけどエミリアは、何の力も持たない平民なんだ!」
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