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エピローグ

エピローグ ⑨

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冬の薔薇園は、美しかった。

雪化粧に覆われた赤い薔薇道を歩きながら、私は懐かしい日々に思いを馳せた。薔薇の棘が刺さって泣いたことがある。その時、レジナルドが適切な対処をして事なきを得たが、それがなんとも懐かしかった。
私はそっと手近の薔薇に寄ってそれを眺めた。真っ赤な薔薇を見ていると、懐かしい。あの暖かかった日々を思い出す。

公爵夫妻とのーーー両親との再会は、なんとも拍子抜けするものだった。幼い時はあんなに怖かった母が。公爵夫人が、ただの人間だった。あまり記憶にない公爵はただのおじさんで、男で、人間だった。何をこんなに怯えているのか分からなくて、何に怖がっていたのかわからなくて、私はつい笑ってしまったのだ。バカみたいだな、と思った。今までも。その前も。
幼いと、どんなことでもすごく見える。小さい視界から見えるものはどんなものだってすごく見えるし、大きく見える。まさにそれなのだ。大人になってみた彼らは、ただの人間だった。それを知れただけで、私は満足だ。
花びらに顔を寄せて匂いを嗅いでいると、後ろからレジーに話しかけられた。

「あまり近づくと、危ないよ」

「………ねぇ、レジー」

私が話しかけると、レジーが私のそばに寄り添うのが気配でわかった。
私は、ここに来てからずっと彼が持っているものが気になって、つい、とそちらを見た。レジーも隠す気がないのか、笑んでそれをーーー花束を、私に渡した。

真っ赤な、薔薇の花束だった。

何本あるのか分からないくらいのそれは大層なもので、薔薇の芳香がここまで漂ってくる。両手にたくさんの薔薇の花束を持って、私は彼に問いかけた。少しだけ、期待と、興奮を滲ませながら。

「これ、何本?」

聞くと、レジーはその優しい翡翠を細めて、答えてくれた。

「…………100本」

やっぱり。私が口元を緩めるのと、レジーが花束から一輪、薔薇を抜き取るのは同時だった。薔薇を抜き取ったレジーは、トゲが切り落とされた薔薇をそのまま私の髪にさしこんでくる。それをむず痒く思いながら、私はあの日のーーー。薔薇園での約束を思い出していた。




『じゃあ、今度僕がリリィに薔薇の花束を贈るね』

あの暖かな薔薇園でのひと時。今から十六年前の話。十六年前、私たちはここでひとつの約束をした。
その頃の私は絵本が大好きで、絵本に憧れていた。絵本の優しい王子様に恋をして、それをレジーに当てはめていたのだ。私のそんなくだらない夢物語にもレジーは嬉しそうに笑ってくれて、相槌を打ってくれていた。やがて、彼は私の話を聞くと、言ってくれたのだ。薔薇の花束を用意する、と。私はそれにすごく喜んだ。それが何よりも嬉しくて、心待ちにしていた。

『本当!?ロマンチックね!!何本?何本の薔薇をくれるの?』

『そうだな………100本の薔薇、とかどう?』

その時の私は、覚えたばかりの知識をあっさりと忘れてしまっていた。まだ七歳だから仕方ないといえば、仕方ないのだけど。
目をふせて、過去に思いを馳せる。

『100?100は、えーと………』

『…………ずっと一緒にいようね、って意味だよ』

『………そんなのあったかしら?』

目を丸くする私に、彼は優しく笑って言ってくれた。

『あるんだよ。だから、その時は受け取ってね』

『もちろんよ!そしたら、その時はーーー』

そこで、私は目を開けた。その後に私が言った言葉を、そのまま口にする。視界には冷たい銀色の雪景色と、真っ赤な薔薇が広がっていた。

「『結婚しましょうね』………だったかしら」

今思うとかなりませている。人知れず私は笑った。

過去の会話に思いを馳せて、私はそっと花束に顔をふせた。薔薇の甘い匂いがする。
懐かしい記憶と、過去と、思い出と。

欲しかった香りと約束にじわりと涙が滲んできた。

ーーー覚えてて、くれたんだ。

覚えているのは、ずっと心にしまっているのは私だけだと思ってた。でも違った。レジナルドも。レジーも。私と同じでずっと覚えていてくれた。
99本の花束と、1本の花束。

その時は幼くて、花言葉など忘れてしまっていたけれど。

今ならわかる。

1本の薔薇は一目惚れ。

そして、99本の薔薇はーーー

「永遠の愛」

レジーが不意に、声を落としてきた。柔らかな声が耳に響いて、ますます涙が込み上げてきた。胸がいっぱいだった。十六年前のこの場所で、私たちは確かに誓ったのだ。幼くて、その言葉の意味すらわからなかったけど。でも、確かにその時私たちは結婚の約束をした。

「っ…………」

ぼろぼろ、ぼろぼろと次々に涙が溢れては頬を濡らした。苦しい。嬉しい。切ない。目頭が、熱かった。

ーーー嬉しいのに。嬉しくて、死んでしまいそうなのに

どうしてこんなに、胸が苦しいんだろう。苦しくて、嬉しくて、切なくて、とても。とても…………胸が、いっぱいだ。

私は薔薇の花束に顔を押し付けて、嗚咽を堪えた。そうでもしなければ声を上げて泣いてしまいそうだった。
ぼろぼろと涙が頬を伝っていく。

「あの時は、言えなかったから…………。僕はまだ幼くて、きみに愛を誓うには、幼すぎた」

レジーの手が私の頬に触れて、その指先で涙を拭っていく。レジーの指先は熱かった。
顔を上げる。レジーと視線が交わった。
涙が、止まらない。忘れていた約束は、今果たされようとしていた。

「…………リリィ。………リリネリア。僕は、あなたを愛しています。リリネリア・ブライシフィック。あなただけを、永遠に。唯一、愛しています。………だから、僕と。結婚してくれますか?」

それは、あの日の約束。
それは、あの日の誓い。
それは、あの日の願い。

全て、失ったと思っていた。
全て、消え失せたと思っていた。

忘れていた想いを手に、私は泣きじゃくったまま答えた。

「……………っはい…………!!」






***




やがて、リリネリアは再度社交界に舞い戻り。リリネリアとレジナルドは再度の婚約を誂えた。時を経て、ふたりは正しい形で夫婦となった。あの時の薔薇園での約束を、彼らは正しく叶えたのだ。


ーーーこの内容はリームヴ王国の史実には残されていないものだったが、しかし彼らの話はどの歴史を手に取っても同じものはなかった。

生涯、レジナルドはリリネリアだけを深く愛し、彼女以外の妃を娶ることはなかった。

史実にはその記載だけが残っている。



【完】
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