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エピローグ
エピローグ ⑥【レジナルド】
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「私からあなたがたに、言いたいことは沢山あります。ええ。それは、もう。あの日の私の苦しみを、悲しみを、どうしたら知ってもらえるかと考えた時もありました」
「へ、陛下……………」
「ですが、きっとそれをするのは私の役目ではないのでしょうからね。それをするのはーーーきみだね。リリィ」
そこで、唐突に水を向けられたリリネリアはビックリとした様子だったが、やがてそのフードを払った。夫人と同じ鮮やかな金髪があらわれる。細い、繊細な髪がふわりと揺れる。レジナルドの好きな蜂蜜色の髪だ。大きなくりくりとした猫目は、だけど穏やかに公爵夫妻を見ていた。公爵は言葉が出ないようだった。夫人に至っては幽霊でも見たかのような顔をしている。
「………ごきげんよう、お母様。お父様」
そして、久しぶりに。十年ぶりにリリネリアは彼らをそう呼んだ。久しく両親だと思っていなかった彼をそう呼んだリリネリアの心境の変化はわからなかったが、レジナルドは黙って見守っていた。本当であれば自分が詰問し、彼らのしたことを思い知らせてやりたかった。自覚させ、罪の意識を持って欲しかった。彼らに悪意はなかったのかもしれない。あったのは、ただ彼らの全て思い通りになるというそれだけの欺瞞。彼らにはただ想像力が足りないだけだった。言うならば、ただ頭が足りなかっただけなのである。
レジナルドは、己が口を挟む場面ではないということを理解していた。これは、ブライシフィック家のことであり、自分が口を挟むものではない。自分に出来るのは、この場を見守ることだけだ。今、彼らを誹る権利を持つのはリリネリアだけだった。彼らの、失われたはずの娘。
「リ、リネリア…………?」
「陛下、これは一体…………」
公爵夫妻が交互に言ってレジナルドを見てくる。レジナルドは薄く笑みをうかべただけだった。リリネリアは息を吐いて、そして、笑った。
「死んで欲しいくらい、あなたたちが嫌いです」
リリネリアが切り出した言葉は、とてつもない殺傷力を持っていた。
公爵夫妻が絶句し、いち早く正気を取り戻したのは公爵だった。怒りを纏わせて勢いよく公爵が立ち上がる。何かいいかけ。いや、怒鳴りかけたのをレジナルドが視線で制する。彼は国王の前だと思い出したのか、飲み込んだ怒りをそのままにリリネリアを睨みつけた。
「………あら。なぜ、あなたが怒るの?ブライシフィック公?」
「………リリネリア。市井生活が長く貴族としての教養を忘れたしまったようだな。それで陛下の御前にたつとは、なんて恐れの多い…………!!」
怒りをかみ殺したどす黒い声で、公爵が唸る。それを聞いて、レジナルドは苦笑した。落ち着かせるようにリリネリアの腰を軽くだいて、そっと優しく叩いた。とんとん、と触れればリリネリアがちらりと見て、そして公爵をまた見た。
「ねぇ。そんなことより嘘をついたことに関する弁護はないのかしら」
リリネリアが、やはり落ち着いた様子で話しかけた。リリネリアは変わった娘だった。十年という歪な時間を経て、リリネリアは少女のような性格を保ちながらも大人になってしまった。普段は落ち着いていて、それを知らせないがふとした時に昔の、幼かった時の口調に戻る。それは紛れもなく、彼女が息を殺して過ごした十年の影響なのだろうとレジナルドは考えていた。
「…………結果として、陛下に嘘をついてしまったことについては、我々からお詫びする」
「私には?」
「お前に?なぜ」
公爵の言葉に、リリネリアが夫人を見た。夫人は今にも倒れてしまいそうだった。リリネリアは、彼女を見て、小さく笑いかけた。
「ごきげんよう、お母様。私、おかしいの。十年前、私。あなたにこう言われたのよ?」
そして、リリネリアは歌うような声で言葉を重ねた。
「えーと………なんだったかしら。『王太子殿下はあなたに想いを寄せていない。彼が望んでいるのは隣国の王女殿下であり、お前ではない』………だったかしら。私、すっごく傷ついたの」
その言葉に、知らずしてレジナルドの手に力が入った。リリネリアもそれに気づきちらりとこちらを見て安心させるようにふわりと笑ったが、しかしレジナルドのこわばりは解けなかった。全ての、元凶。悪の元凶とまでは言わないが、彼らがきっかけなのは間違いない。ここまでレジナルドとリリネリアの仲が拗れたのも、間違いなく彼らのせいなのだ。レジナルドは堪えようのない怒りと息苦しさに、僅かに口元に笑みを浮かべた。そうでもしないと、テーブルを蹴飛ばしそうだった。
「そ、それは……………」
「お前、そんなことを言ったのか…………」
夫人が青ざめる。公爵が唖然としたように夫人を見た。夫人がどう言ったかまでは把握していなかったのだろう。だけどそんなのどちらでもいい。大事なのは結果であり、現状だ。
リリネリアは夫人を真っ直ぐに見ると、言い切った。
「へ、陛下……………」
「ですが、きっとそれをするのは私の役目ではないのでしょうからね。それをするのはーーーきみだね。リリィ」
そこで、唐突に水を向けられたリリネリアはビックリとした様子だったが、やがてそのフードを払った。夫人と同じ鮮やかな金髪があらわれる。細い、繊細な髪がふわりと揺れる。レジナルドの好きな蜂蜜色の髪だ。大きなくりくりとした猫目は、だけど穏やかに公爵夫妻を見ていた。公爵は言葉が出ないようだった。夫人に至っては幽霊でも見たかのような顔をしている。
「………ごきげんよう、お母様。お父様」
そして、久しぶりに。十年ぶりにリリネリアは彼らをそう呼んだ。久しく両親だと思っていなかった彼をそう呼んだリリネリアの心境の変化はわからなかったが、レジナルドは黙って見守っていた。本当であれば自分が詰問し、彼らのしたことを思い知らせてやりたかった。自覚させ、罪の意識を持って欲しかった。彼らに悪意はなかったのかもしれない。あったのは、ただ彼らの全て思い通りになるというそれだけの欺瞞。彼らにはただ想像力が足りないだけだった。言うならば、ただ頭が足りなかっただけなのである。
レジナルドは、己が口を挟む場面ではないということを理解していた。これは、ブライシフィック家のことであり、自分が口を挟むものではない。自分に出来るのは、この場を見守ることだけだ。今、彼らを誹る権利を持つのはリリネリアだけだった。彼らの、失われたはずの娘。
「リ、リネリア…………?」
「陛下、これは一体…………」
公爵夫妻が交互に言ってレジナルドを見てくる。レジナルドは薄く笑みをうかべただけだった。リリネリアは息を吐いて、そして、笑った。
「死んで欲しいくらい、あなたたちが嫌いです」
リリネリアが切り出した言葉は、とてつもない殺傷力を持っていた。
公爵夫妻が絶句し、いち早く正気を取り戻したのは公爵だった。怒りを纏わせて勢いよく公爵が立ち上がる。何かいいかけ。いや、怒鳴りかけたのをレジナルドが視線で制する。彼は国王の前だと思い出したのか、飲み込んだ怒りをそのままにリリネリアを睨みつけた。
「………あら。なぜ、あなたが怒るの?ブライシフィック公?」
「………リリネリア。市井生活が長く貴族としての教養を忘れたしまったようだな。それで陛下の御前にたつとは、なんて恐れの多い…………!!」
怒りをかみ殺したどす黒い声で、公爵が唸る。それを聞いて、レジナルドは苦笑した。落ち着かせるようにリリネリアの腰を軽くだいて、そっと優しく叩いた。とんとん、と触れればリリネリアがちらりと見て、そして公爵をまた見た。
「ねぇ。そんなことより嘘をついたことに関する弁護はないのかしら」
リリネリアが、やはり落ち着いた様子で話しかけた。リリネリアは変わった娘だった。十年という歪な時間を経て、リリネリアは少女のような性格を保ちながらも大人になってしまった。普段は落ち着いていて、それを知らせないがふとした時に昔の、幼かった時の口調に戻る。それは紛れもなく、彼女が息を殺して過ごした十年の影響なのだろうとレジナルドは考えていた。
「…………結果として、陛下に嘘をついてしまったことについては、我々からお詫びする」
「私には?」
「お前に?なぜ」
公爵の言葉に、リリネリアが夫人を見た。夫人は今にも倒れてしまいそうだった。リリネリアは、彼女を見て、小さく笑いかけた。
「ごきげんよう、お母様。私、おかしいの。十年前、私。あなたにこう言われたのよ?」
そして、リリネリアは歌うような声で言葉を重ねた。
「えーと………なんだったかしら。『王太子殿下はあなたに想いを寄せていない。彼が望んでいるのは隣国の王女殿下であり、お前ではない』………だったかしら。私、すっごく傷ついたの」
その言葉に、知らずしてレジナルドの手に力が入った。リリネリアもそれに気づきちらりとこちらを見て安心させるようにふわりと笑ったが、しかしレジナルドのこわばりは解けなかった。全ての、元凶。悪の元凶とまでは言わないが、彼らがきっかけなのは間違いない。ここまでレジナルドとリリネリアの仲が拗れたのも、間違いなく彼らのせいなのだ。レジナルドは堪えようのない怒りと息苦しさに、僅かに口元に笑みを浮かべた。そうでもしないと、テーブルを蹴飛ばしそうだった。
「そ、それは……………」
「お前、そんなことを言ったのか…………」
夫人が青ざめる。公爵が唖然としたように夫人を見た。夫人がどう言ったかまでは把握していなかったのだろう。だけどそんなのどちらでもいい。大事なのは結果であり、現状だ。
リリネリアは夫人を真っ直ぐに見ると、言い切った。
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