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エピローグ
エピローグ ②
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それでまた場所検知の術が仕込まれているのだと知る。つけるか迷ったが、しかしレジナルドはつけるまで退室しない勢いだったので渋々つけた。
そして、レジナルドはネックレスが機能していないと知るとなぜかすぐさま別邸までやってくるのだ。どうやって確認しているのか。もしかしたら首からさげていないと連絡が飛ぶような何かを仕込んでいるのかもしれない。レジナルドはやっぱりおかしい。でも、彼をおかしくした理由は間違いなく私なのだろうと思うと、彼にそう言い切ることも出来なかった。
ひとつの季節を超えた。年を超え、新緑の季節に。新緑の季節から、紅葉生い茂る秋口へと。そして、またもや外の世界が銀色に覆われて、冬になる。
あれから、一年が経過していた。
一年のあいだ、レジナルドは多忙を極めているだろうに必ず時間を作ってはこの辺境の別邸まで訪れた。きて、三十分程度のお茶をして、そのまま帰っていく。泊まることすら許されない彼のスケジュールから恐らく本当に忙しいのだなと知った。
一度、そんなに忙しいなら来なくても構わないと告げたことがあった。その時、レジナルドは本当に悲しそうな顔をして、笑った。
「僕の楽しみを奪わないで」
そう言って悲しげに微笑んだレジナルドの表情は、今も覚えていた。
レジナルドが馬鹿みたいに忙しいのにも理由がある。それは、彼が即位したからだ。これには呆気に取られるほど驚いた。あれは、事件から半年すぎたあたりだったか。突然、新国王即位の号外が出たのだ。
当然、何も聞いてなかった私はレジナルドに詰め寄った。そうすれば、彼は「ああ」と、今思い出したかのように言ったのだ。
「リリィとの時間を。あなたとのことを、誰にも邪魔されたくなかったんだ」
ーーーそんな理由で?
と思わず思ってしまったのは仕方ないと思う。だけどレジナルドは至って正気でそう言っていたので、私は若干の薄ら寒さを感じた。
レジナルドは、おかしいと思う。変わってしまった。だけど、そうさせたのは私なのだろう。
それが、嬉しくも悲しい。
レジナルドが即位してから半年。妃の重圧は間違いなく想像を絶するものだと思う。毎日釣書が山のように押し寄せているに違いないし、苦言だって呈されているだろう。一国の王が妃なしなどありえない。
それでも。それでも、レジナルドは未だに誰も娶っていなかった。私の知る限り、婚約の話すら浮いていない。いよいよ私は焦っていた。
早くしないと、早くしないとレジナルドが種無しだの不能だの、不名誉な噂をばらまくことになる。
私は用意した花束ーーーゼラニウムの花束を手に、レジナルドの訪れを待っていた。
意図したわけではないが、今日は私とレジナルドが十年ぶりに再会したあの日と同じ日付だった。
レジナルドが訪れると、私は彼を部屋に通した。そして、通例のお茶会もそこそこに、私はレジナルドに切り出した。
「レジー。お茶会はもう、いいわ」
言うと、レジナルドが固まったのがわかった。私はそれを見て少しだけ笑った。侍女に合図して、花束を持ってきてもらう。
「もう必要ないの。ごめんなさい、待たせてしまって。私はあなたに今日、返事を出すわ」
そう言って、侍女を待つ。レジナルドは飲みかけの紅茶をソーサーに置くと、まっすぐにこちらを見てきた。その真剣な眼差しを受けながら、私は侍女から手渡された花束を手に持った。そして、かぐわしい花の芳香に少しだけ目を細めて、彼を見る。レジナルドが息を飲んだのが分かった。
「…………これをね。渡す前に、聞きたいの」
花の色で、わかったのだろう。私の答えが。感情が。レジナルドが真剣な、怖いくらいに真っ直ぐな視線で私を見てくる。もし視線が凶器だとしたら私は既に死んでるだろうな、と思うほどだ。私は苦笑してレジナルドに言う。
「私は……………リリネリア・ブライシフィックだった女は、もう、昔のままじゃないの」
「…………うん」
短く返答をするレジナルド。私はそれに目をふせて聞いた。
「あなたの気持ちは受け取ったわ。きっと、誰も悪くないの。きっと。これは、どこにでもある話なのよ」
「…………」
「私の体はもう無垢ではないし、浅ましい欲だってとてもよく知っている。あなたはそれでもいいと言うの?」
言うと、レジナルドが弾かれたように立ち上がった。勢いが良すぎて椅子がガタガタと音を立てた。侍女を退室させておいてよかった。国王の、こんなところは見せられないだろうから。清廉潔白な国王陛下。そんな彼がこんな音を立てて椅子を蹴飛ばして立ち上がるところのは滅多にないだろう。
「……僕を試している?」
「まさか」
「じゃあ、答えるよ。リリィ。僕はね、あなたなら何でもいいんだ。たとえあなたが死んで骨だけになったとしても、寝たきりの植物人間になったとしても、記憶を失っても、四肢が欠損して自力で動けなくなっても。きみが、きみであるなら。あなたがリリネリアであるなら、僕はきみを愛すよ」
「……………強烈ね」
さすがの私も自分が植物人間になったり四肢欠損するのは嫌である。だけどそう言えば、レジナルドは変わらず真剣な眼差しで言った。
「愛してる。愛してるんだ、リリネリア。僕にとっての幸福は、あなただよ」
「……………」
私は言葉を失って、そして少し笑った。手に持った花束を持って、小さく目を閉じる。
「私の言葉、取らないでよ」
咎めるように呟いて、ようやく。その赤い花束は私の手から離れた。
「ゼラニウムの花束を、あなたに」
それをそのまま渡すと、レジナルドは泣きそうな、苦しそうな顔をした。そして、その花束に顔を埋めた。顔を見せまいとしているらしい。しばらくして、くぐもったレジナルドの声が聞こえてきた。
「…………ありがとう。僕は今、世界で一番幸せだ」
その声は、震えていて、上擦っていた。レジナルドが泣いている。それを見て、私は複雑な感情に陥った。まだ、不安はある。心配もある。懸念点は山ほどあるけど、不思議とこの選択を後悔してはいなかった。
赤のゼラニウムの花言葉はーーー『君ありて幸福』
そして、レジナルドはネックレスが機能していないと知るとなぜかすぐさま別邸までやってくるのだ。どうやって確認しているのか。もしかしたら首からさげていないと連絡が飛ぶような何かを仕込んでいるのかもしれない。レジナルドはやっぱりおかしい。でも、彼をおかしくした理由は間違いなく私なのだろうと思うと、彼にそう言い切ることも出来なかった。
ひとつの季節を超えた。年を超え、新緑の季節に。新緑の季節から、紅葉生い茂る秋口へと。そして、またもや外の世界が銀色に覆われて、冬になる。
あれから、一年が経過していた。
一年のあいだ、レジナルドは多忙を極めているだろうに必ず時間を作ってはこの辺境の別邸まで訪れた。きて、三十分程度のお茶をして、そのまま帰っていく。泊まることすら許されない彼のスケジュールから恐らく本当に忙しいのだなと知った。
一度、そんなに忙しいなら来なくても構わないと告げたことがあった。その時、レジナルドは本当に悲しそうな顔をして、笑った。
「僕の楽しみを奪わないで」
そう言って悲しげに微笑んだレジナルドの表情は、今も覚えていた。
レジナルドが馬鹿みたいに忙しいのにも理由がある。それは、彼が即位したからだ。これには呆気に取られるほど驚いた。あれは、事件から半年すぎたあたりだったか。突然、新国王即位の号外が出たのだ。
当然、何も聞いてなかった私はレジナルドに詰め寄った。そうすれば、彼は「ああ」と、今思い出したかのように言ったのだ。
「リリィとの時間を。あなたとのことを、誰にも邪魔されたくなかったんだ」
ーーーそんな理由で?
と思わず思ってしまったのは仕方ないと思う。だけどレジナルドは至って正気でそう言っていたので、私は若干の薄ら寒さを感じた。
レジナルドは、おかしいと思う。変わってしまった。だけど、そうさせたのは私なのだろう。
それが、嬉しくも悲しい。
レジナルドが即位してから半年。妃の重圧は間違いなく想像を絶するものだと思う。毎日釣書が山のように押し寄せているに違いないし、苦言だって呈されているだろう。一国の王が妃なしなどありえない。
それでも。それでも、レジナルドは未だに誰も娶っていなかった。私の知る限り、婚約の話すら浮いていない。いよいよ私は焦っていた。
早くしないと、早くしないとレジナルドが種無しだの不能だの、不名誉な噂をばらまくことになる。
私は用意した花束ーーーゼラニウムの花束を手に、レジナルドの訪れを待っていた。
意図したわけではないが、今日は私とレジナルドが十年ぶりに再会したあの日と同じ日付だった。
レジナルドが訪れると、私は彼を部屋に通した。そして、通例のお茶会もそこそこに、私はレジナルドに切り出した。
「レジー。お茶会はもう、いいわ」
言うと、レジナルドが固まったのがわかった。私はそれを見て少しだけ笑った。侍女に合図して、花束を持ってきてもらう。
「もう必要ないの。ごめんなさい、待たせてしまって。私はあなたに今日、返事を出すわ」
そう言って、侍女を待つ。レジナルドは飲みかけの紅茶をソーサーに置くと、まっすぐにこちらを見てきた。その真剣な眼差しを受けながら、私は侍女から手渡された花束を手に持った。そして、かぐわしい花の芳香に少しだけ目を細めて、彼を見る。レジナルドが息を飲んだのが分かった。
「…………これをね。渡す前に、聞きたいの」
花の色で、わかったのだろう。私の答えが。感情が。レジナルドが真剣な、怖いくらいに真っ直ぐな視線で私を見てくる。もし視線が凶器だとしたら私は既に死んでるだろうな、と思うほどだ。私は苦笑してレジナルドに言う。
「私は……………リリネリア・ブライシフィックだった女は、もう、昔のままじゃないの」
「…………うん」
短く返答をするレジナルド。私はそれに目をふせて聞いた。
「あなたの気持ちは受け取ったわ。きっと、誰も悪くないの。きっと。これは、どこにでもある話なのよ」
「…………」
「私の体はもう無垢ではないし、浅ましい欲だってとてもよく知っている。あなたはそれでもいいと言うの?」
言うと、レジナルドが弾かれたように立ち上がった。勢いが良すぎて椅子がガタガタと音を立てた。侍女を退室させておいてよかった。国王の、こんなところは見せられないだろうから。清廉潔白な国王陛下。そんな彼がこんな音を立てて椅子を蹴飛ばして立ち上がるところのは滅多にないだろう。
「……僕を試している?」
「まさか」
「じゃあ、答えるよ。リリィ。僕はね、あなたなら何でもいいんだ。たとえあなたが死んで骨だけになったとしても、寝たきりの植物人間になったとしても、記憶を失っても、四肢が欠損して自力で動けなくなっても。きみが、きみであるなら。あなたがリリネリアであるなら、僕はきみを愛すよ」
「……………強烈ね」
さすがの私も自分が植物人間になったり四肢欠損するのは嫌である。だけどそう言えば、レジナルドは変わらず真剣な眼差しで言った。
「愛してる。愛してるんだ、リリネリア。僕にとっての幸福は、あなただよ」
「……………」
私は言葉を失って、そして少し笑った。手に持った花束を持って、小さく目を閉じる。
「私の言葉、取らないでよ」
咎めるように呟いて、ようやく。その赤い花束は私の手から離れた。
「ゼラニウムの花束を、あなたに」
それをそのまま渡すと、レジナルドは泣きそうな、苦しそうな顔をした。そして、その花束に顔を埋めた。顔を見せまいとしているらしい。しばらくして、くぐもったレジナルドの声が聞こえてきた。
「…………ありがとう。僕は今、世界で一番幸せだ」
その声は、震えていて、上擦っていた。レジナルドが泣いている。それを見て、私は複雑な感情に陥った。まだ、不安はある。心配もある。懸念点は山ほどあるけど、不思議とこの選択を後悔してはいなかった。
赤のゼラニウムの花言葉はーーー『君ありて幸福』
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