ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。

文字の大きさ
上 下
63 / 71
エピローグ

エピローグ ②

しおりを挟む
それでまた場所検知の術が仕込まれているのだと知る。つけるか迷ったが、しかしレジナルドはつけるまで退室しない勢いだったので渋々つけた。

そして、レジナルドはネックレスが機能していないと知るとなぜかすぐさま別邸までやってくるのだ。どうやって確認しているのか。もしかしたら首からさげていないと連絡が飛ぶような何かを仕込んでいるのかもしれない。レジナルドはやっぱりおかしい。でも、彼をおかしくした理由は間違いなく私なのだろうと思うと、彼にそう言い切ることも出来なかった。

ひとつの季節を超えた。年を超え、新緑の季節に。新緑の季節から、紅葉生い茂る秋口へと。そして、またもや外の世界が銀色に覆われて、冬になる。
あれから、一年が経過していた。

一年のあいだ、レジナルドは多忙を極めているだろうに必ず時間を作ってはこの辺境の別邸まで訪れた。きて、三十分程度のお茶をして、そのまま帰っていく。泊まることすら許されない彼のスケジュールから恐らく本当に忙しいのだなと知った。
一度、そんなに忙しいなら来なくても構わないと告げたことがあった。その時、レジナルドは本当に悲しそうな顔をして、笑った。

「僕の楽しみを奪わないで」

そう言って悲しげに微笑んだレジナルドの表情は、今も覚えていた。

レジナルドが馬鹿みたいに忙しいのにも理由がある。それは、彼が即位したからだ。これには呆気に取られるほど驚いた。あれは、事件から半年すぎたあたりだったか。突然、新国王即位の号外が出たのだ。
当然、何も聞いてなかった私はレジナルドに詰め寄った。そうすれば、彼は「ああ」と、今思い出したかのように言ったのだ。

「リリィとの時間を。あなたとのことを、誰にも邪魔されたくなかったんだ」

ーーーそんな理由で?

と思わず思ってしまったのは仕方ないと思う。だけどレジナルドは至って正気でそう言っていたので、私は若干の薄ら寒さを感じた。
レジナルドは、おかしいと思う。変わってしまった。だけど、そうさせたのは私なのだろう。
それが、嬉しくも悲しい。

レジナルドが即位してから半年。妃の重圧は間違いなく想像を絶するものだと思う。毎日釣書が山のように押し寄せているに違いないし、苦言だって呈されているだろう。一国の王が妃なしなどありえない。

それでも。それでも、レジナルドは未だに誰も娶っていなかった。私の知る限り、婚約の話すら浮いていない。いよいよ私は焦っていた。
早くしないと、早くしないとレジナルドが種無しだの不能だの、不名誉な噂をばらまくことになる。

私は用意した花束ーーーゼラニウムの花束を手に、レジナルドの訪れを待っていた。
意図したわけではないが、今日は私とレジナルドが十年ぶりに再会したあの日と同じ日付だった。

レジナルドが訪れると、私は彼を部屋に通した。そして、通例のお茶会もそこそこに、私はレジナルドに切り出した。

「レジー。お茶会はもう、いいわ」

言うと、レジナルドが固まったのがわかった。私はそれを見て少しだけ笑った。侍女に合図して、花束を持ってきてもらう。

「もう必要ないの。ごめんなさい、待たせてしまって。私はあなたに今日、返事を出すわ」

そう言って、侍女を待つ。レジナルドは飲みかけの紅茶をソーサーに置くと、まっすぐにこちらを見てきた。その真剣な眼差しを受けながら、私は侍女から手渡された花束を手に持った。そして、かぐわしい花の芳香に少しだけ目を細めて、彼を見る。レジナルドが息を飲んだのが分かった。

「…………これをね。渡す前に、聞きたいの」

花の色で、わかったのだろう。私の答えが。感情が。レジナルドが真剣な、怖いくらいに真っ直ぐな視線で私を見てくる。もし視線が凶器だとしたら私は既に死んでるだろうな、と思うほどだ。私は苦笑してレジナルドに言う。

「私は……………リリネリア・ブライシフィックだった女は、もう、昔のままじゃないの」

「…………うん」

短く返答をするレジナルド。私はそれに目をふせて聞いた。

「あなたの気持ちは受け取ったわ。きっと、誰も悪くないの。きっと。これは、どこにでもある話なのよ」

「…………」

「私の体はもう無垢ではないし、浅ましい欲だってとてもよく知っている。あなたはそれでもいいと言うの?」

言うと、レジナルドが弾かれたように立ち上がった。勢いが良すぎて椅子がガタガタと音を立てた。侍女を退室させておいてよかった。国王の、こんなところは見せられないだろうから。清廉潔白な国王陛下。そんな彼がこんな音を立てて椅子を蹴飛ばして立ち上がるところのは滅多にないだろう。

「……僕を試している?」

「まさか」

「じゃあ、答えるよ。リリィ。僕はね、あなたなら何でもいいんだ。たとえあなたが死んで骨だけになったとしても、寝たきりの植物人間になったとしても、記憶を失っても、四肢が欠損して自力で動けなくなっても。きみが、きみであるなら。あなたがリリネリアであるなら、僕はきみを愛すよ」

「……………強烈ね」

さすがの私も自分が植物人間になったり四肢欠損するのは嫌である。だけどそう言えば、レジナルドは変わらず真剣な眼差しで言った。

「愛してる。愛してるんだ、リリネリア。僕にとっての幸福は、あなただよ」

「……………」

私は言葉を失って、そして少し笑った。手に持った花束を持って、小さく目を閉じる。

「私の言葉、取らないでよ」

咎めるように呟いて、ようやく。その赤い花束は私の手から離れた。

「ゼラニウムの花束を、あなたに」

それをそのまま渡すと、レジナルドは泣きそうな、苦しそうな顔をした。そして、その花束に顔を埋めた。顔を見せまいとしているらしい。しばらくして、くぐもったレジナルドの声が聞こえてきた。

「…………ありがとう。僕は今、世界で一番幸せだ」

その声は、震えていて、上擦っていた。レジナルドが泣いている。それを見て、私は複雑な感情に陥った。まだ、不安はある。心配もある。懸念点は山ほどあるけど、不思議とこの選択を後悔してはいなかった。

赤のゼラニウムの花言葉はーーー『君ありて幸福』
しおりを挟む
感想 158

あなたにおすすめの小説

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
29話で第一部完です! 第二部の更新は5月以降になるかもしれません…。 詳細は近況ボードに記載します。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

処理中です...