62 / 71
エピローグ
エピローグ ①
しおりを挟むレジナルドは、王都に戻ると言っていた。
いつまでもここにいることは出来ない、と告げて。
彼は私についてきてほしい、とは言わなかった。
その変わり、私はここに住むようにと言付かった。私はそれを断わり、あの家に戻りたいと告げたが、あの家に戻るのであれば私の家の近くに騎士の詰所を作ると言われた。
どうやら私が誘拐されたことがよほどレジナルドは堪えたらしかった。まさか家の近くに砦を作られては叶わない。私の勝手で騎士の余計な仕事を増やすわけにはいかない。完全なる職権乱用だと告げると、レジナルドはふ、と笑って「知ってる」と告げた。
そして「理由が必要なら。あの場所は元々人が少なくて危険視されていたんだよ、都合がいいでしょう?」と答えられた。
それが本当なのかはわからないけれど、私がいなければ詰所が作られない程度の場所であることには変わりない。
私はここーーーレジナルドの別邸に住むことを余儀なくされた。
幸い、薬屋は取り寄せ形式にして未だに営んでいる。あれはなかなか楽しいのでできる限りは続けたいと思っているが、直販売形式はもう出来ないだろうな、と思う。だけど思い返してみれば面と面向かっての接客は何かとトラブルも多かったので取り寄せ限定にした方が精神的には楽そうではある。とはいえ、あの薬草の匂いに包まれた店内で、薬草の調合をする時が一番楽しかったのにな、と思い返した。私はどこか無機質で、毎日不貞腐れたように生きていたが、それでも楽しみを見いだしていたのだ。それを失った今、私は痛感していた。邸宅内ではやることは少ない。
ガーネリアは変わらず私のそばにいるが、彼女はあの夜賊に押し負けて昏倒したのがよっぽどプライドに触れたのか、はたまた許せなかったのか。鍛錬を増やすようになった。これはレジナルドから聞いた話だが、ガーネリアは代々近衛騎士を排出している家の出らしい。どうりで剣の持ち方も危なくないと思った。
私は、タイムリミットが近づいてきていることを如実に感じていた。あえて用意したこの花束。これを、今日レジナルドに渡そう。
「遅いくらい、よね」
でも、私だってすぐには踏ん切りがつかなかったのだ。十年の時を経て凝り固まったものはすぐには動き出さない。錆び付いた車輪を回すには、必要な時間だった。そう思いたい。
あれから、既に一年が経過していた。
そう言えば、後になってあの日の事件の全容を私は知らされた。きっかけは裏娼館と呼ばれる存在だった。非合法な店は、まだ店にあげることも出来ないほど幼い子供や、さらってきた男女を無理矢理娼婦に仕立てあげて店を運営してきた。
だけど自分から進んで娼婦になったのならともかく、無理矢理引き立ててきて娼館行きにするのは犯罪だ。誘拐事件とも関わりがあり、ヤツらは一網打尽にされた。
奴らの計画はこうだった。まず、街の薬師にあたりをつける。それで、媚薬や避妊薬を融通してもらうよう脅迫する。失敗しても構わない。奴らは捨て駒なのだから。奴らは一枚岩ではなく、何人もの人が集まり集団となって活動していたらしい。
そして、断れれればそれを腹いせに薬師を誘拐する。この国において薬師というのはかなり貴重な存在だ。薬師になるにはまず、膨大な勉強量と知識、記憶が必要になる。それらを得るにはまず勉強をするためだけの資金が必要となり、一般市民ではなかなか手の届く額ではないのだ。
そのため、薬師は未だに少ない。そんな薬師を人質にとり、彼らは国に裏娼館の存在を認知させようとした。
だけど国はそれでも許可を下さないだろう。そうであればそれでいい。奴らは薬師を殺すだけなのだから。
市民は、こう見るだろう。
裏娼館と薬師の命の重さを計りにかけた外道、と。それで傾いたのは裏娼館の存在だった。国は薬師を見捨てたのだと、彼らの国信仰への思いを確実に削るだろう。それが狙いだった。
裏娼館の存在が認知されれば幸運。されなくても国への信仰低下をはかれて願ったり叶ったり。
また似たようなことがあれば今度こそ国は人質を切り捨てることは出来なくなる、といった実に小賢しい術だったらしい。
だけどここで、思わぬ事態が起きた。それが、私がしていたネックレスだ。これはあとからレジナルドに聞かされたのだがーーー。
どうやら、私のしていたネックレスには場所検知の術がかけられていたらしい。そのため、レジナルドはすぐに件の場所に迎えたのだと言っていた。あっさりと場所を割り出され確保された奴らは驚いたことだろう。私も驚いた。
そして、私を人質に取ろうとした女性だが、彼女もまた被害者であったことが確認されたと言われた。それでもやった事は罪なので、法に問われるだろう、とレジナルドは言っていた。
レジナルドに高価なネックレスを粉砕してしまったことを詫びると、彼は実に朗らかな笑みを浮かべて逆に私にお礼をいった。
曰く、『つけてくれて、ありがとう』と。本当はつける気などなかったし、破壊思想に基づいて付けただけなのだけど要らぬことをあえて言う必要も無いだろう。その会話は確実に私も、レジナルドにも、重い空気を痛感させるだろうし。
(だって、穢したいからとあえてつけるなんて、ね)
とてもでは無いが言えたことではない。
そしてレジナルドはまた、違うデザインのネックレスを持ってきた。今度は、黒と赤を貴重としたゴシックで質素なデザインだった。以前のような華やかさはないものの、落ち着いた大人の魅力を感じさせるそれは、エリザベート好みに近くはあった。少し、綺麗すぎたけれど。
贈ると、レジナルドはこう続けた。
「僕の安心を買うと思って、つけて」
75
お気に入りに追加
3,615
あなたにおすすめの小説

【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

大好きな彼の婚約者の座を譲るため、ワガママを言って嫌われようと思います。
airria
恋愛
「私、アマンド様と愛し合っているの。レイリア、本当にごめんなさい。罪深いことだとわかってる。でも、レイリアは彼を愛していないでしょう?どうかお願い。婚約者の座を私に譲ってほしいの」
親友のメイベルから涙ながらにそう告げられて、私が一番最初に思ったのは、「ああ、やっぱり」。
婚約者のアマンド様とは、ここ1年ほど余所余所しい関係が続いていたから。
2人が想い合っているのなら、お邪魔虫になんてなりたくない。
心が別の人にあるのなら、結婚なんてしたくない。
そんなわけで、穏便に婚約解消してもらうために、我儘になってナチュラルに嫌われようと思います!
でも本当は…
これは、彼の仕事の邪魔にならないように、自分を抑えてきたヒロインが、我儘に振る舞ううちに溺愛されてしまう物語。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜
みおな
恋愛
大好きだった人。
一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。
なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。
もう誰も信じられない。
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
29話で第一部完です!
第二部の更新は5月以降になるかもしれません…。
詳細は近況ボードに記載します。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

どうして許されると思ったの?
わらびもち
恋愛
二度も妻に逃げられた男との結婚が決まったシスティーナ。
いざ嫁いでみれば……態度が大きい侍女、愛人狙いの幼馴染、と面倒事ばかり。
でも不思議。あの人達はどうして身分が上の者に盾突いて許されると思ったのかしら?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる