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エピローグ
エピローグ ①
しおりを挟むレジナルドは、王都に戻ると言っていた。
いつまでもここにいることは出来ない、と告げて。
彼は私についてきてほしい、とは言わなかった。
その変わり、私はここに住むようにと言付かった。私はそれを断わり、あの家に戻りたいと告げたが、あの家に戻るのであれば私の家の近くに騎士の詰所を作ると言われた。
どうやら私が誘拐されたことがよほどレジナルドは堪えたらしかった。まさか家の近くに砦を作られては叶わない。私の勝手で騎士の余計な仕事を増やすわけにはいかない。完全なる職権乱用だと告げると、レジナルドはふ、と笑って「知ってる」と告げた。
そして「理由が必要なら。あの場所は元々人が少なくて危険視されていたんだよ、都合がいいでしょう?」と答えられた。
それが本当なのかはわからないけれど、私がいなければ詰所が作られない程度の場所であることには変わりない。
私はここーーーレジナルドの別邸に住むことを余儀なくされた。
幸い、薬屋は取り寄せ形式にして未だに営んでいる。あれはなかなか楽しいのでできる限りは続けたいと思っているが、直販売形式はもう出来ないだろうな、と思う。だけど思い返してみれば面と面向かっての接客は何かとトラブルも多かったので取り寄せ限定にした方が精神的には楽そうではある。とはいえ、あの薬草の匂いに包まれた店内で、薬草の調合をする時が一番楽しかったのにな、と思い返した。私はどこか無機質で、毎日不貞腐れたように生きていたが、それでも楽しみを見いだしていたのだ。それを失った今、私は痛感していた。邸宅内ではやることは少ない。
ガーネリアは変わらず私のそばにいるが、彼女はあの夜賊に押し負けて昏倒したのがよっぽどプライドに触れたのか、はたまた許せなかったのか。鍛錬を増やすようになった。これはレジナルドから聞いた話だが、ガーネリアは代々近衛騎士を排出している家の出らしい。どうりで剣の持ち方も危なくないと思った。
私は、タイムリミットが近づいてきていることを如実に感じていた。あえて用意したこの花束。これを、今日レジナルドに渡そう。
「遅いくらい、よね」
でも、私だってすぐには踏ん切りがつかなかったのだ。十年の時を経て凝り固まったものはすぐには動き出さない。錆び付いた車輪を回すには、必要な時間だった。そう思いたい。
あれから、既に一年が経過していた。
そう言えば、後になってあの日の事件の全容を私は知らされた。きっかけは裏娼館と呼ばれる存在だった。非合法な店は、まだ店にあげることも出来ないほど幼い子供や、さらってきた男女を無理矢理娼婦に仕立てあげて店を運営してきた。
だけど自分から進んで娼婦になったのならともかく、無理矢理引き立ててきて娼館行きにするのは犯罪だ。誘拐事件とも関わりがあり、ヤツらは一網打尽にされた。
奴らの計画はこうだった。まず、街の薬師にあたりをつける。それで、媚薬や避妊薬を融通してもらうよう脅迫する。失敗しても構わない。奴らは捨て駒なのだから。奴らは一枚岩ではなく、何人もの人が集まり集団となって活動していたらしい。
そして、断れれればそれを腹いせに薬師を誘拐する。この国において薬師というのはかなり貴重な存在だ。薬師になるにはまず、膨大な勉強量と知識、記憶が必要になる。それらを得るにはまず勉強をするためだけの資金が必要となり、一般市民ではなかなか手の届く額ではないのだ。
そのため、薬師は未だに少ない。そんな薬師を人質にとり、彼らは国に裏娼館の存在を認知させようとした。
だけど国はそれでも許可を下さないだろう。そうであればそれでいい。奴らは薬師を殺すだけなのだから。
市民は、こう見るだろう。
裏娼館と薬師の命の重さを計りにかけた外道、と。それで傾いたのは裏娼館の存在だった。国は薬師を見捨てたのだと、彼らの国信仰への思いを確実に削るだろう。それが狙いだった。
裏娼館の存在が認知されれば幸運。されなくても国への信仰低下をはかれて願ったり叶ったり。
また似たようなことがあれば今度こそ国は人質を切り捨てることは出来なくなる、といった実に小賢しい術だったらしい。
だけどここで、思わぬ事態が起きた。それが、私がしていたネックレスだ。これはあとからレジナルドに聞かされたのだがーーー。
どうやら、私のしていたネックレスには場所検知の術がかけられていたらしい。そのため、レジナルドはすぐに件の場所に迎えたのだと言っていた。あっさりと場所を割り出され確保された奴らは驚いたことだろう。私も驚いた。
そして、私を人質に取ろうとした女性だが、彼女もまた被害者であったことが確認されたと言われた。それでもやった事は罪なので、法に問われるだろう、とレジナルドは言っていた。
レジナルドに高価なネックレスを粉砕してしまったことを詫びると、彼は実に朗らかな笑みを浮かべて逆に私にお礼をいった。
曰く、『つけてくれて、ありがとう』と。本当はつける気などなかったし、破壊思想に基づいて付けただけなのだけど要らぬことをあえて言う必要も無いだろう。その会話は確実に私も、レジナルドにも、重い空気を痛感させるだろうし。
(だって、穢したいからとあえてつけるなんて、ね)
とてもでは無いが言えたことではない。
そしてレジナルドはまた、違うデザインのネックレスを持ってきた。今度は、黒と赤を貴重としたゴシックで質素なデザインだった。以前のような華やかさはないものの、落ち着いた大人の魅力を感じさせるそれは、エリザベート好みに近くはあった。少し、綺麗すぎたけれど。
贈ると、レジナルドはこう続けた。
「僕の安心を買うと思って、つけて」
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