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最終章
繋がる真実と理由 /リリネリア
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「離縁………って、そんな…………うそ」
「本当。もう発表もされてる」
「………………」
私は、二の句が継げなかった。
黙り込んでしまった私に、レジナルドの視線が飛んでくるのがわかる。だけど、そちらを向けない。向けなかった。黙った私に、レジナルドが言葉を続けた。
「あなたが気負うことじゃない。ただ、リリーナローゼとのことは既に話はついているということだけ、知っておいて」
リリーナローゼ妃と離縁した、ということは、今レジナルドは独り身ということになる。彼は王太子で、ゆくゆくは国王となる人だ。そんな人が妃なしなんてありえない。私は半ば混乱しながらレジナルドを見た。ようやく出た言葉は、まるで今の状況にはふさわしくないものだった。
「リリーナローゼ…………妃…………を、抱いて、おいて」
それは、リリーナローゼに肩入れした意見だったのだろうか。
リリーナローゼを抱いておいて離縁するのか。彼女のことを、愛しておいて。何も知らない無垢の王女様を閨で愛でておいて、何も無かったことにするというの………?離縁して、国元に戻すというのだろうか。それは些か、無責任というか都合がいいと言うかーーー。
そういった、リリーナローゼへの感情から言葉が出たのか。
それとも、ただ私は確認したかっただけなのか。リリーナローゼを抱いて、処女を奪ったレジナルドがそれを破棄すると言うことなのか。確認したかっただけかもしれない。
半ば呆然としながら呟くと、レジナルドはそれでもまた、苦笑するだけだった。どうして笑っていられるのだろう。この人は今、自分がとてつもないことを言った自覚がないのだろうか。
部屋は、暖かった。真冬の寒さなど全く感じない。だけど、私には少し暑いくらいだった。おそらく、動揺して混乱しているからいつもより体温が高いのだと思う、なんて。どこか冷静な部分でそう悟る。
「彼女のことは、抱いてないよ」
「………………は?」
「ああ。あけすけな言い方になっちゃったね。そうだな…………僕と、彼女において。夫婦関係はなかったんだよ、リリィ。…………どうしてだか分かる?」
そう聞かれて、私は口にするのも馬鹿らしい回答が思い浮かんだ。いや、いくらなんでもそれはないだろうと、思いつつ。
「ま、まさか私に操を立てて?」
言っていて笑いそうになってしまった。そんなのありえない。ありえないとわかっているのに、どこか私はそれを期待してしまっていた。私の十年間が、彼もまた。似たような日々を過ごしてきたのだと、縋ってしまった。それに、レジナルドは少しだけ難しい顔をした。………違うんだ。そう、よね。そうだわ。私は、何を言っているのだろう。唐突に馬鹿馬鹿しくなって、一旦呼吸を落ち着かせようと。感情を整えようとした時。レジナルドが不意に口を開いた。男性にしては少し高めな、落ち着いた甘い声が部屋に響く。
「操立て、とはまた違うと思うんだ」
「……………」
分かってはいた。だから、私は息を軽く吐いて思考を整理する。今、わかったことはレジナルドとリリーナローゼが既に離縁していること。レジナルドは、今までずっと私を…………私を、好きでいてくれたこと。そして…………リリーナローゼを抱いていない、こと…………。
「抱けなかったんだ」
「っ…………」
不意に飛び込んできた言葉にはっとしたそちらを見る。変わらず、レジナルドは難しい顔をしていた。どこか考え込むような、その頬に長いまつ毛の影が落ちていてアンニュイな雰囲気が漂う。相変わらず、綺麗な顔だ、となんとなしに思った。現実逃避しているのかもしれない。色々とこみいった話しすぎる。
「抱けなかったんだよ、リリィ。なぜか、分かる?」
「知ら、ない…………。聞きたく、ない」
「リリィのことが好きだからだよ」
言われた言葉に、なぜかかっとなった。手近にあった枕を引き寄せて、思わず、その顔面に投げつけた。羽枕だからさほど痛くはないだろう。だけどそれを避けもせずにあえて当たったレジナルドに余計腹が立った。避けようと思えば、避けられるはずなのに。
ーーー私が好きだったから?
好きだったから、抱けなかった?私の、私が。私を…………!!
「私を、わたし、を、愛してたから!!抱けなかったと、そう言うの!!」
思わず声を張ってしまった。もう、嫌だ。どうしてこんなに感情が乱される。レジナルドにすきだと言われた。まだ愛しているとも言われた。王女を抱けない理由は私への愛だと言った。もう、無理だった。だめだ。混乱する。腹が立つ。そんな、なんで。なんで。そんな。
「なんで……………なんで、そんなこと。今更、今更言うのよぉ…………っ!!」
限界を満ちたコップの水が溢れるように、私は泣いた。思わず俯いて、流れる涙をそのままにした。ずっと、私を好きだったと言ったレジナルド。私も。私も好きだと、そう言えたらどんなに良かったか。もう、やだ。全部、嫌だった。だけど、それは逃げだから、ガディアスさんに言われたことを思い出す。
ーーー死は、なぁんにも救わねぇ。ただ、逃げてるだけだ。あんたは、生きることから逃げたいんだろ
そうだ。そうよ。私は逃げているだけ。全てのことから。何もかもから。逃げているのだ。考えることから逃げて。放棄して。自分以外を傷つけて。近づかせないで。
そして、殻に閉じこもってて目を瞑っていた。
それを、また繰り返してはいけない。
分かってはいるけれど、それがこんなにも苦しいなんて。
苦しい。苦しい。苦しいーーー。
「本当。もう発表もされてる」
「………………」
私は、二の句が継げなかった。
黙り込んでしまった私に、レジナルドの視線が飛んでくるのがわかる。だけど、そちらを向けない。向けなかった。黙った私に、レジナルドが言葉を続けた。
「あなたが気負うことじゃない。ただ、リリーナローゼとのことは既に話はついているということだけ、知っておいて」
リリーナローゼ妃と離縁した、ということは、今レジナルドは独り身ということになる。彼は王太子で、ゆくゆくは国王となる人だ。そんな人が妃なしなんてありえない。私は半ば混乱しながらレジナルドを見た。ようやく出た言葉は、まるで今の状況にはふさわしくないものだった。
「リリーナローゼ…………妃…………を、抱いて、おいて」
それは、リリーナローゼに肩入れした意見だったのだろうか。
リリーナローゼを抱いておいて離縁するのか。彼女のことを、愛しておいて。何も知らない無垢の王女様を閨で愛でておいて、何も無かったことにするというの………?離縁して、国元に戻すというのだろうか。それは些か、無責任というか都合がいいと言うかーーー。
そういった、リリーナローゼへの感情から言葉が出たのか。
それとも、ただ私は確認したかっただけなのか。リリーナローゼを抱いて、処女を奪ったレジナルドがそれを破棄すると言うことなのか。確認したかっただけかもしれない。
半ば呆然としながら呟くと、レジナルドはそれでもまた、苦笑するだけだった。どうして笑っていられるのだろう。この人は今、自分がとてつもないことを言った自覚がないのだろうか。
部屋は、暖かった。真冬の寒さなど全く感じない。だけど、私には少し暑いくらいだった。おそらく、動揺して混乱しているからいつもより体温が高いのだと思う、なんて。どこか冷静な部分でそう悟る。
「彼女のことは、抱いてないよ」
「………………は?」
「ああ。あけすけな言い方になっちゃったね。そうだな…………僕と、彼女において。夫婦関係はなかったんだよ、リリィ。…………どうしてだか分かる?」
そう聞かれて、私は口にするのも馬鹿らしい回答が思い浮かんだ。いや、いくらなんでもそれはないだろうと、思いつつ。
「ま、まさか私に操を立てて?」
言っていて笑いそうになってしまった。そんなのありえない。ありえないとわかっているのに、どこか私はそれを期待してしまっていた。私の十年間が、彼もまた。似たような日々を過ごしてきたのだと、縋ってしまった。それに、レジナルドは少しだけ難しい顔をした。………違うんだ。そう、よね。そうだわ。私は、何を言っているのだろう。唐突に馬鹿馬鹿しくなって、一旦呼吸を落ち着かせようと。感情を整えようとした時。レジナルドが不意に口を開いた。男性にしては少し高めな、落ち着いた甘い声が部屋に響く。
「操立て、とはまた違うと思うんだ」
「……………」
分かってはいた。だから、私は息を軽く吐いて思考を整理する。今、わかったことはレジナルドとリリーナローゼが既に離縁していること。レジナルドは、今までずっと私を…………私を、好きでいてくれたこと。そして…………リリーナローゼを抱いていない、こと…………。
「抱けなかったんだ」
「っ…………」
不意に飛び込んできた言葉にはっとしたそちらを見る。変わらず、レジナルドは難しい顔をしていた。どこか考え込むような、その頬に長いまつ毛の影が落ちていてアンニュイな雰囲気が漂う。相変わらず、綺麗な顔だ、となんとなしに思った。現実逃避しているのかもしれない。色々とこみいった話しすぎる。
「抱けなかったんだよ、リリィ。なぜか、分かる?」
「知ら、ない…………。聞きたく、ない」
「リリィのことが好きだからだよ」
言われた言葉に、なぜかかっとなった。手近にあった枕を引き寄せて、思わず、その顔面に投げつけた。羽枕だからさほど痛くはないだろう。だけどそれを避けもせずにあえて当たったレジナルドに余計腹が立った。避けようと思えば、避けられるはずなのに。
ーーー私が好きだったから?
好きだったから、抱けなかった?私の、私が。私を…………!!
「私を、わたし、を、愛してたから!!抱けなかったと、そう言うの!!」
思わず声を張ってしまった。もう、嫌だ。どうしてこんなに感情が乱される。レジナルドにすきだと言われた。まだ愛しているとも言われた。王女を抱けない理由は私への愛だと言った。もう、無理だった。だめだ。混乱する。腹が立つ。そんな、なんで。なんで。そんな。
「なんで……………なんで、そんなこと。今更、今更言うのよぉ…………っ!!」
限界を満ちたコップの水が溢れるように、私は泣いた。思わず俯いて、流れる涙をそのままにした。ずっと、私を好きだったと言ったレジナルド。私も。私も好きだと、そう言えたらどんなに良かったか。もう、やだ。全部、嫌だった。だけど、それは逃げだから、ガディアスさんに言われたことを思い出す。
ーーー死は、なぁんにも救わねぇ。ただ、逃げてるだけだ。あんたは、生きることから逃げたいんだろ
そうだ。そうよ。私は逃げているだけ。全てのことから。何もかもから。逃げているのだ。考えることから逃げて。放棄して。自分以外を傷つけて。近づかせないで。
そして、殻に閉じこもってて目を瞑っていた。
それを、また繰り返してはいけない。
分かってはいるけれど、それがこんなにも苦しいなんて。
苦しい。苦しい。苦しいーーー。
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