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最終章
離縁の発表 /リリネリア
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言うと、彼はすぐさま理解したようだった。分かりやすく絶望を宿した彼に、私は小さく笑った。そして、そのまま自分の足を引き寄せて、手当された手を見る。
「嘘よ。………全部覚えているわ、レジナルド」
「……………悪い、冗談はやめてくれ……………ここにきて。まさか、そんな」
「記憶をなくすかと思った?ふふ、大丈夫よ。きっと、たぶん。そんなヤワじゃないから」
気は失ってしまったけれど。
気絶したのだろう、私は。たぶん。それで、ようやく落ち着いたようだった。混乱していた感情も、ようやく落ち着きを見せていた。空気を読んだガーネリアが退室するのが見える。私はそれを見送って、レジナルドに視線を移した。そして、引き寄せた膝に頬をつけて、お行儀が悪いと知りながら彼に語り掛けた。
「それで?レジナルド。私とあなたは、いわゆる引き裂かれた愛ってやつなのかしら」
「………リリィ。とにかく、きみの意識が戻ってよかった。きみは、一日寝たきりだったんだ」
「一日も」
思わず、驚く。かなり寝ていた気がするけれど、まさか一日も寝ていたとは思わなかった。たしかに、窓の外は既に暗い。気絶したのが夜明けだとして、なるほど。次の日の夜まで寝ていたのか。それは随分と寝すぎた。私が言うと、レジナルドは切なそうな表情を浮かべた。
「ここは、僕の私邸だ。ユレイスピアにほど近い」
「………私は保護されたってことなのかしら」
「うん。そうだよ。………それで、リリィ。きみは、どうしたい?」
「は?」
私が聞き返すと、レジナルドはどこか自嘲するような、悲しげな笑みを浮かべていた。どうでもいいけど、この人にはこんな笑みは似合わないなとふと思った。レジナルドは、いつも優しくて、穏やかだった。だからこんな、人の哀れみを買うような表情は似合わない。そんなことを考えながら、私は彼を見た。
「目が覚めたところで、突然こんな話、ごめんね。だけど僕は、もう間違えたくない。もう、リリィと離れたくないんだ。…………もう一度言う。リリィ、愛してる」
「…………………………今更、じゃない」
思わず、嘲笑めいた声が漏れてしまった。いや、レジナルドが悪い訳では無いのだろう、多分。彼もまた、私が生きていることを知らなかったと言っていた。偶然、ユレイスピアで再会するまでは知らなかったと。それなら、彼に非はないのかもしれない。だけど、そんなこと知ったことじゃなかった。今更、今更だ。やっぱり、その言葉が頭にまとわりついた。だって。今更じゃない。十年経って、実はまだ愛してるなんて言われても。困るだけだ。私が笑って言うと、レジナルドはそれでも耐えているようだった。笑みを浮かべて、そうだね、と続けた。
「だから、リリィの好きにしたらいい。きみが望むことなら、僕はなんでもする」
「なんでもって…………」
「言って。リリィ。あなたが一番望むことは、何?」
私は真っ直ぐにそう聞かれて、何となく腹が立ってきた。私が一番、望むこと…………。そんなの、ありはしなかった。ただ、この男の表情を崩したくて。自暴自棄になって。半ば自傷行為に近い感情で、私は彼の腕を掴んでいた。ベッドが弾む。レジナルドは、驚いたようだったけれどあっさりとベッドに引き倒された。そのうえに私が座ると、レジナルドは固まっていた体を動かして、起き上がった。
「ちょっ…………、リリィ。何して」
「私の望むこと?ふふ、じゃあ私を抱いてっていえば、抱いてくれるの?ねぇ、レジー。あなたのその気持ちは立派だけど、大切なことを忘れていない?」
私は、彼に跨ったままその線の細い胸に手を這わせて、そのままそっと指先を滑らせた。指で彼の腹に触れると、私は薄く唇に笑みを描いた。驚いた顔のままのレジナルドに、腹が立つ。私のためならなんでも、ね。
それなら、私が子種を強請ったならあなたは私にそれをくれるのかしら。ありえない。レジナルドは、忘れているのだろうか。私を第一にできない理由があるということに。そもそもこいつは新婚真っ只中だ。それなのにこんな、口だけの言葉を口にしたことに腹が立った。出来もしないくせに、なんでも、とか言わないで欲しい。
「リリーナローゼ妃のことを、私、知らないわけじゃないのよ」
「…………ああ。なるほどね」
何がなるほど、なのか。このお綺麗な顔した顔を思い切りつまんでやりたい。私は苛立ちながら彼を見る。彼はそれで、納得がいったようだった。だけど先程のように抵抗することはやめて、そのまま枕にもたれかかっている。どういうつもりなのだろうか。何にも抵抗しないなんて。もし私が彼を殺すつもりだったら。どうするのだろうか。あの地下で、私は彼に言ったはずだ。彼を殺したい、とか。何とか。そんなことを。それなのに警戒のけの字もない彼に、私は戸惑いを覚えた。
レジナルドは真っ直ぐに私を見ながら、言った。上から見下ろすレジナルドは、初めて見た。
「リリーナローゼとは、離縁したよ」
「……………………ハッ?!」
「そのために、王都に戻った」
「……………………」
言葉が出なかった。絶句、と言っていい。完全に固まった私に、ようやくレジナルドが体を下ろす。そして、私の肩を押してその下から出た。力が入らず、私はそのままレジナルドの上から降りた。ベッドにポスリと座ると、レジナルドは乱れた服装を正しながらも私に言った。
「リリィのことがあるのに、彼女とは婚姻を続けていられない。僕は、そこまで器用な人間じゃない」
「嘘よ。………全部覚えているわ、レジナルド」
「……………悪い、冗談はやめてくれ……………ここにきて。まさか、そんな」
「記憶をなくすかと思った?ふふ、大丈夫よ。きっと、たぶん。そんなヤワじゃないから」
気は失ってしまったけれど。
気絶したのだろう、私は。たぶん。それで、ようやく落ち着いたようだった。混乱していた感情も、ようやく落ち着きを見せていた。空気を読んだガーネリアが退室するのが見える。私はそれを見送って、レジナルドに視線を移した。そして、引き寄せた膝に頬をつけて、お行儀が悪いと知りながら彼に語り掛けた。
「それで?レジナルド。私とあなたは、いわゆる引き裂かれた愛ってやつなのかしら」
「………リリィ。とにかく、きみの意識が戻ってよかった。きみは、一日寝たきりだったんだ」
「一日も」
思わず、驚く。かなり寝ていた気がするけれど、まさか一日も寝ていたとは思わなかった。たしかに、窓の外は既に暗い。気絶したのが夜明けだとして、なるほど。次の日の夜まで寝ていたのか。それは随分と寝すぎた。私が言うと、レジナルドは切なそうな表情を浮かべた。
「ここは、僕の私邸だ。ユレイスピアにほど近い」
「………私は保護されたってことなのかしら」
「うん。そうだよ。………それで、リリィ。きみは、どうしたい?」
「は?」
私が聞き返すと、レジナルドはどこか自嘲するような、悲しげな笑みを浮かべていた。どうでもいいけど、この人にはこんな笑みは似合わないなとふと思った。レジナルドは、いつも優しくて、穏やかだった。だからこんな、人の哀れみを買うような表情は似合わない。そんなことを考えながら、私は彼を見た。
「目が覚めたところで、突然こんな話、ごめんね。だけど僕は、もう間違えたくない。もう、リリィと離れたくないんだ。…………もう一度言う。リリィ、愛してる」
「…………………………今更、じゃない」
思わず、嘲笑めいた声が漏れてしまった。いや、レジナルドが悪い訳では無いのだろう、多分。彼もまた、私が生きていることを知らなかったと言っていた。偶然、ユレイスピアで再会するまでは知らなかったと。それなら、彼に非はないのかもしれない。だけど、そんなこと知ったことじゃなかった。今更、今更だ。やっぱり、その言葉が頭にまとわりついた。だって。今更じゃない。十年経って、実はまだ愛してるなんて言われても。困るだけだ。私が笑って言うと、レジナルドはそれでも耐えているようだった。笑みを浮かべて、そうだね、と続けた。
「だから、リリィの好きにしたらいい。きみが望むことなら、僕はなんでもする」
「なんでもって…………」
「言って。リリィ。あなたが一番望むことは、何?」
私は真っ直ぐにそう聞かれて、何となく腹が立ってきた。私が一番、望むこと…………。そんなの、ありはしなかった。ただ、この男の表情を崩したくて。自暴自棄になって。半ば自傷行為に近い感情で、私は彼の腕を掴んでいた。ベッドが弾む。レジナルドは、驚いたようだったけれどあっさりとベッドに引き倒された。そのうえに私が座ると、レジナルドは固まっていた体を動かして、起き上がった。
「ちょっ…………、リリィ。何して」
「私の望むこと?ふふ、じゃあ私を抱いてっていえば、抱いてくれるの?ねぇ、レジー。あなたのその気持ちは立派だけど、大切なことを忘れていない?」
私は、彼に跨ったままその線の細い胸に手を這わせて、そのままそっと指先を滑らせた。指で彼の腹に触れると、私は薄く唇に笑みを描いた。驚いた顔のままのレジナルドに、腹が立つ。私のためならなんでも、ね。
それなら、私が子種を強請ったならあなたは私にそれをくれるのかしら。ありえない。レジナルドは、忘れているのだろうか。私を第一にできない理由があるということに。そもそもこいつは新婚真っ只中だ。それなのにこんな、口だけの言葉を口にしたことに腹が立った。出来もしないくせに、なんでも、とか言わないで欲しい。
「リリーナローゼ妃のことを、私、知らないわけじゃないのよ」
「…………ああ。なるほどね」
何がなるほど、なのか。このお綺麗な顔した顔を思い切りつまんでやりたい。私は苛立ちながら彼を見る。彼はそれで、納得がいったようだった。だけど先程のように抵抗することはやめて、そのまま枕にもたれかかっている。どういうつもりなのだろうか。何にも抵抗しないなんて。もし私が彼を殺すつもりだったら。どうするのだろうか。あの地下で、私は彼に言ったはずだ。彼を殺したい、とか。何とか。そんなことを。それなのに警戒のけの字もない彼に、私は戸惑いを覚えた。
レジナルドは真っ直ぐに私を見ながら、言った。上から見下ろすレジナルドは、初めて見た。
「リリーナローゼとは、離縁したよ」
「……………………ハッ?!」
「そのために、王都に戻った」
「……………………」
言葉が出なかった。絶句、と言っていい。完全に固まった私に、ようやくレジナルドが体を下ろす。そして、私の肩を押してその下から出た。力が入らず、私はそのままレジナルドの上から降りた。ベッドにポスリと座ると、レジナルドは乱れた服装を正しながらも私に言った。
「リリィのことがあるのに、彼女とは婚姻を続けていられない。僕は、そこまで器用な人間じゃない」
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