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最終章

怯えた彼女 /リリネリア

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しめた、と思った、今がチャンスだ、とも。

大男が再度牢を訪れて、異変がないか確認している。どうやら食事を持ってきたらしかった。食事よりもまず、この切るような寒さをなんとかして欲しいと思う。わざわざ口にすることは無いけれど。かじかんだ手を後ろに回して、牢内に蹲っている彼らを見て、私はまだだと目配せをする。なぜ私が作戦の差配をすることになったのかは疑問だが、やると決めたらやるしかない。失敗すればおそらく、あとは無い。
私は今までかつてないほどに胸が逸っていた。今、私が手にしているのは私自身の命だけではない。この牢屋内にいる人間全ての命を、私は預かっている。その責任感と緊張から、心臓が喉から出てしまいそうだった。
私だけの、私だけの命ならまだいい。だけど彼らの命までーーー。彼らを心配し、案じ、今もきっと、眠らずに彼らを探している人達のことを考えると、どうにもどうでもいいとは言っていられなかった。私はそこまで非情な人間ではなかったようだ。

男が食事を持って入ってくる。手には熱いスープが入ったさらと、硬そうなパンがひとつ置かれている。これを食事だというのはあまりにもお粗末なものだったが、おそらく食事が支給されるだけいいほうなのだろう。
男が、スープ皿を置こうとするのを見て、私は、大きく頷いた。そこで、ガディアスさん含めた三名の男性が大男に飛びついた。カシャーン!と鋭い音がして、時間が無いことを悟る。思いきり膝に抱きつかれ、背を押された大男は突然のことに反応できなかったのか、顔面からスープ皿に突っ込んだ。相当熱かったのか、男が声にならない悲鳴をあげた。

「ーーー!!ーーーーーー!!」

男のひとりが大男の懐に入り、剣を奪取する。それを見て、私は手を振り下ろす合図をした。剣を奪い取った男が大男に思いきり剣を振り下ろすのを見た。
鈍い音がする。続いて、大男がよろめいた。

「ぅ、ぐぅ…………」

当たり所が悪かったのか、大男はそのまま床に崩れ落ちる。意識を失っただろうか?だけど手緩いことをやって痛い目を見るのは自分たちだ。私は剣を握る彼からそれを借りて、鞘を抜いた。どこにでもある普通の剣だが、今私がすることを思えば心臓がおかしいほどに鳴った。今まで、自分の命を断つことだけを考えていた私が、人を殺す。恐らく、この男にとっての致命傷を与える。だけどーーー迷いはなかった。
鞘から出したそれを、男目掛けて振り下ろそうとするとーーーふいに。手を掴まれた。びくっと体全体が震えてそちらを見ると、ガディアスさんが難しい顔をしていた。そして、有無を言わさず私から、剣を奪い取る。
一瞬だった。血飛沫がまい、顔に飛び散った。悲鳴が聞こえる。恐らく、妹のものだろう。だけどすぐに悲鳴は掻き消えた。兄が口を抑えたのか。
大男はえぐられるようにその胸に剣を突き立てられ、やがてだらりと手足から力が抜けた。

ーーー殺してしまったーーー。

今更ながら、怯えが体に来る。だけど、怯えている暇はない。怖がっている暇はない。逃げだすんだ。この牢屋から。逃げるんだ。時間が無い。
ガディアスさんが男のひとりに指で指示をだす。やがて私たちは、牢屋から抜け出した。走るようにしながら私たちは薄暗い廊下を走った。どうやら地下室のようだった。石造りの廊下を走ると、やがて地上に出る階段が見えた。牢屋を見張る門番がいないことが気にかかったが、しかし急がなくてはならない。
最後尾は私とガディアスさん、そして私とそう歳の変わらない女性が続いた。女性は紙よりも白い頬をしていて、今にも倒れそうだ。やはり、怖いのだろうか。気にかける言葉が出せない現状がもどかしい。
地上に登る階段をあけて、先頭の方から声が上がった。

「うわっ………!?なんだお前は!!」

「くそっ、どけ、どけぇ!!」

どうやらバッティングしてしまったようだ。まずい。こちらは男性三人に、女性二人、そして少年と少女がそれぞれ一人ずつの七人だ。対してあちらはほとんどが屈強の男たち。負けなど見えている。しかも、地下から登っている私たちがこの場合圧倒的に不利。蹴り落とされでもすれば、一溜りもない。
どうするーーー!?
焦ったのも束の間、やがて向こうの方から叫ぶような男の声が聞こえた。どこか苛立っているようだ。

「落ち着け!俺たちは助けに来た辺境騎士だ!!お前たちがくだんの被害者であれば、剣を納めろ!」

その声にハッとする。
この声は、ここ一ヶ月ずっと聞いていたものだった。エレンだーーー!
どうやってここに来たのかは不明だが、どうやら助けが来たようである。エレンの声に、味方だと知った七名の被害者はやがて肩の力を抜いた。
私もまた、ほっとした。ガディアスさんが安堵したように息を吐いた。だからーーー。気が緩んでしまったのだ。
不意に、後ろからいきなり肩を掴まれた。
驚いて悲鳴もあげられない。見れば、蝋人形のように白い顔をした女の人が、私の肩を掴んでいた。驚きはしたものの、きっと不安で怖がっているのだろうとさほど警戒しなかった。

「どうしたんですーーー」

「うっ…………動かないでください…………!!」

絹をさくような、裏返った悲鳴があたりに響いた。誰一人、動かない。動けない。肩を掴まれた私でさえ、動けなかった。
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