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最終章

その先に待っているのは /リリネリア

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「死にたくない、死にたくないよぉ…………」

呪文のように唱える男が煩わしくて、鬱陶しくて気がついたら声に出していた。

「死にたくありませんか」

それは、随分と低い声だった。感情など失せた声で、問いかけていた。牢屋内はすすり泣きの音がする。男が、ハッとしてこちらを見た気配を感じた。

「お前さん…………お嬢さんか。それも若い…………」

「死にたく、ないのですか」

続けて聞くと、男は僅かに間をあけてから答えた。

「………俺ぁ、しがない薬師だったけどよぉ。最近、嫁さんを迎えたんだ。俺なんかには勿体ない、気遣いに長けた、いい女だよ。本当、俺なんかには勿体なくて………」

そこでまた入る、男のすすり泣く声。
それに鬱陶しさを感じながらも私は再度尋ねた。引き寄せた足が、同じ体勢をずっととっていたせいで痛み始めている。

「それで、死にたくないのですか」

「…………なんだい。あんた、変わってるな。あんたは怖くないのか」

「…………私は、…………。私は、死にたくない、とか………そういうのより…………なんというか。少し、そういった感情に欠けていて。…………例えば、あなたが死んだとして、どうなりますか」

こんな非常事態で、こんな非常識なこど尋ねてくる女にさぞ腹が立つだろう。怒鳴られることも覚悟して聞けば、男はしばし黙った後、ほふく前進でこちらまで来た。薄暗い牢屋内でも分かる。芋虫みたいで正直関わりたいとは思わなかった。

「よいしょっ………と。すまねぇな。あそこじゃ会話するにはちと、遠すぎる」

「……………いえ」

既で答える。男は私の隣の壁に背をつけると、思い出すようにして話し出した。

「あんたは、あれかい。あの、鉄仮面かい」 

「鉄仮面………?」

「あんたのことを揶揄ってそう呼んでる奴らがいんのさ。どんな男に誘われても絶対に乗らねぇっていうさ」

「…………」

不愉快だった。そんなふうに話題に出されるのは。だけど私が黙っていると、その男は悩むようにしながら話し出した。

「死ぬっつぅのはさ。そりゃあさ。怖いだろうよ。だって、残された奴らはどうなるよ」

「残された………?」

「なんだ。あんたにもほら、いただろうよ。あの赤毛の美人さんが」

ガーネリアのことだ。
残されたガーネリアがどう思うか、か。きっと彼女は悲しむのだろうな、と思った。万一彼女が犯人の仲間であれば何とも思わないだろうけど。だけど、それは違う気がした。これが人を信頼する、ということなのだろうか。

「……………死んだら、もう会えないんだ。もう、話せないんだよ…………。分かるか?」

身に染みるような思いで言われても、私にはわからない。それは当然だろう。死んだら終わりなのだから。死んだらもう、会うことも話すことも叶わない。何をそんな、当たり前のことを言っているのだろうと不思議に思った。私が黙っていると、男がやや苦笑した。

「あんたは、人の温かさを知っているか?」

「…………温かさ?」

「その分じゃあ、まだ知らなそうだな。人は、いい。人肌はいいんだ。あったくて、優しくて、ほっとする。あったかいんだよ、人は」

「…………そりゃあ、体温があるから、あったかいとは思いますけど」

「ははは。違うんだよ、お嬢さん。ああいや、エリザベータ………?エリザベス………?」

「………エリザベートです」

「そうそう。エリザベートさん」

どうやら私はこの辺境の土地で、住むうちにそれなりに有名になっていたらしい。まさか話したこともない男に名前を知られていたとは。まあ少し、名前は違っているけれど。まさか変なあだ名まで付けられているとは思わなかった。私は顔を埋めながら男の話を聞く。知らぬうちに、すすり泣きの声はとまっていた。みんな私たちの話を聞いているのか。気分が悪い。

「人間はなぁ。感情があるんだよ」

「…………?」

「安心感、っていうのかな。抱きしめられて、ほっとして。人心地ついて。今日もまた、お疲れ様って。俺ァ明日も頑張れるなぁって思うんだよ」

「…………すみません、言ってる意味が、少し………」

「ははは。エリザベートちゃんにはまだわかんねぇか。じゃあ、質問だ。あんたが死んで、悲しむ人間はいるか?」

言われて、ひとり、思いつく。
きっと、あの。幼なじみは。遠い過去、私の婚約者だった人は私の死を悼んでくれるだろうなと思った。黙った私の答えを是と受け取ったのか、男は満足そうに息を吐いた。

「死は、悲しくて、冷たい事だよ。その人に、一生の傷を残すことになる」

ーーーそれを、望んでいる、と言ったら?

不意に馬鹿な考えが浮かんだ。もし、ここで私が死んだらレジナルドはーーーあの人は、きっと後悔する。悲しんでくれるだろう。新婚なのにあの王女と、わずかな間とはいえギクシャクするだろう。それを意趣返しとすることは、救いなのだろうか。自分で自分がよくわからなくなってきた。こういう時は手首を切ると多少頭の霞が取れるのだけど。生憎、ここには凶器となるものが何一つない。

「死に、救いなんて求めちゃァいけねぇよ」
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