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レジナルド・リームヴ

一夜のお願い事

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久方ぶりに会った王太子妃リリーナローゼはやはり愛らしい顔立ちをしていた。猫目で大きな目がくりっとしているリリネリアとはまた別のタイプの美人だと客観的意見でレジナルドは思った。
リリーナローゼを前のソファに進めて、レジナルドは侍従に紅茶を用意させる。本当はワインでも飲みたい気分だったが、あいにく今はそんな場合じゃない。リリネリアのことも気になるし、ここで酒に溺れている暇はないのだ。用事が済んだらすぐ辺境にもどる心積りだった。

「此度は、お疲れ様でした…………」

か細い声でリリーナローゼが告げる。その華奢な肩と、細い首筋と、白い肌を見て、レジナルドは複雑な気持ちになった。リリーナローゼもまた、レジナルドと婚約を結ばなければ少なくとも今のような状況にはならなかった。リリーナローゼには悪いと思うが、しかしそれで全てを取りやめるようなら苦労していない。父親に退役を進めることもなかっただろう。

「リリーナ。あなたに話したいことがある」

「何でしょうか…………?」

「私と離縁して欲しい」

「…………!!」

リリーナローゼは驚きはしたが、悲鳴はあげなかった。恐らく、予感があったのだろう。婚姻を結んでから1ヶ月以上が経つが、未だに自分を抱かないレジナルドに。いずれそうなるかもしれないと感じていたのかもしれなかった。恐らくそれは、レジナルドが考えるより先に思いついていたのかもしれない。

「理由を、お聞かせ願えますか…………」

か細い声でリリーナローゼが言葉を紡ぐ。その頬は今にも倒れてしまいそうなほど青白い。唇からも赤さが失われている。見ているこちらが哀れに思えてきてしまうほどに思い詰めた様子のリリーナローゼに、レジナルドは己の罪深さを確認した。

「好きな女ができた。…………そう言ったら、あなたは納得するか?」

「好きな、方……………」

「すまない。あなたには、どう言っても繕えないくらいのことをしてきた。あなたの十年間を無駄にしてしまってすまないと、心から思っている。この離縁は、私の一方的なものだ。あなたには私を責める資格がある」

「………………」

リリーナローゼは突然のことに言葉が出ないようだった。呆気に取られ、ただ目をぱちぱちとさせている。その様子がまるで少女のようで、元々大人しい彼女ではあったが、それにさらに拍車をかけたのは自分なのだろうとレジナルドは思い当たった。リリーナローゼには、本当に悪いと思っている。
だけど、これだけは譲れなかった。何より、このまま婚姻を続けていれば間違いなくリリーナローゼも、そして自分もまた不幸になるしかない。自分はリリーナローゼを愛していない。愛していない女を、生涯愛しているふりを貫くなんて、流石のレジナルドでも演じきれない。ましてや、本当に愛する者がいるのに、だ。

「り、えんは…………決定、なのです………ね」

やや、途切れ途切れにリリーナローゼが告げる。レジナルドはぐ、と強く拳を握り、答えた。

「すまない」

「……………私、は…………私は、……………。なぜ、この国に嫁いできたのでしょうか?」

「すまない。リリーナローゼ。私を恨んでくれ。憎んでくれてもいい。あなたの十年間を無為にしてしまったこと、心から謝罪する」

「……………殿下…………」

リリーナローゼはぽつりと言ったきり、黙ってしまった。そして、沈黙が続くと、レジナルドの方から会話を再開させる。

「あなたが望む通りのことを、できる限りの範囲で助力しよう。私は、あなたを愛することが出来なかった。だけどこれからはーーーあなたの協力者となり、できる限り、あなたの意に沿うよう動くと誓う。あなたには、本当に悪いことをした。…………すまなかった」

「……………………レジナルド、殿下」

「ああ」

レジナルドは声をかけられて、顔を上げる。リリーナローゼの前で未だに一人称を私、と言っていることも。彼女の前でも取り繕ってしまう自分にも、悪いと思っていた。リリーナローゼの前で素を見せることが出来ない、当たり前のように王太子としての顔を作ってしまう自分に。レジナルドは悪いと思っていた。これでは夫婦どころではない。これでは、まるでただの公務だ。

「では。では…………お願いがあるのです」

どこかぽつりぽつりとしながらも、リリーナローゼは要領を得ない声で言葉を重ねた。そして、告げる。

「私を…………一夜で構いません。一度でいいから…………抱いて、くれませんか」
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