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リリネリア・ブライシフィック
ガーネットの宝石
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やがて閉店時間になり、ルドが重たい腰をあげた。外の雪は本降りになっていて、傘がなければ歩きにくい状態だ。エレンはどうみたって傘がない。だけど貸すのも癪で、私はちらりと窓の外を見るだけだった。
「あちゃー。すごい雪だな。これ、俺埋もれちゃわない?」
そんな簡単に埋もれそうには見えない。そう思ったが口には出さない。そうしていると、エレンはひょっこりと窓の外を見るようにしていたが不意に手を叩いた。
「あっ。あっぶね!ルドに渡しとけって言われたものがあったんだった」
「……………」
私はちらりと見るに留めておく。そろそろガーネリアも2階から降りてくるだろう。エレンは肩から下げていたカバンに手を突っ込むと、何やら小さな小箱を取りだした。重質でシックなそれは、どう見たって高級品のひとつだろう。久しく見ていなかった値の張る宝飾品の匂いに、思わずまゆが寄った。しかしそれには構わずにエレンが不意に小箱を私に突き出した。
「ほい」
「……………何のつもりですか?」
「ルドからだよ。ほら、この前店汚しちゃっただろ?それでだいぶ損害出したんじゃないかってアイツ言っててーーー。それで、まあ、その詫びみたいなもんかな。とりあえず受け取ってよ。謝罪の気持ちってことで」
エレンが手のひらの上で弄ぶように小箱を見せてくる。黒い毛皮のようなもので覆われた小箱を眺めながら、私は短く断った。
「いりません」
「そう言わずに。渡さないと俺が怒られるんだよ」
「知りません」
「なんかあったらこれ売ってくれていいからさぁ。ていうか、そういう意味合いの方が強いし。お金そのまま渡すのもいいかと思ったけど、邪魔じゃん?ジャラジャラ。それならこれ一個のが面倒なさそうだなーって」
その言葉に引っ掛かりを覚える。確かにこの前の乱闘騒ぎで店の掃除をするのに多少金はかかった。だけど私の出す金は全て公爵家から出るものであり、私の出費ではない。痛手でもない。私は苦々しく思いながらエレンに聞いた。
「あなたが買ったんですか」
「まっさか!ルドが買ったんだよ。あいつ、もの選ぶのは得意なくせに随分と悩んでてーーーってまあ、それはいいんだよ。とにかく受け取って。詫びの気持ちだから。店汚して悪かったな」
「…………」
そう言われてしまえば、受け取る他ない。お詫びの品だ。深い意味はない。だけど明らかに高級品なこれを、あっさり受け取っていいのだろうか。私はだいぶ悩んだ末、ようやく手を伸ばした。エレンが目を輝かせる。鬱陶しい。この人のテンションの高さにはついていけない。
「………では、有難くいただきます。ですが、詫びの品にしては高価すぎます」
「だから、気持ちだって気持ち。誠意っつーの?誠意の品だから」
「………滞在中、なにか怪我などされたらこちらにどうぞ。お安くするので」
「えっ。いいの」
「一度きりです」
言うと、エレンは驚いたように目を見張り、それからふにゃりと笑った。この人懐っこい笑みで女を篭絡していくのだろうな、と無感情に思った。
やがてガーネリアが降りてきて、店仕舞いの支度をする。なぜかエレンは毎日私たちの家まで送り迎えをする。これもレジナルドに言いつけられているらしいが、はっきり言って迷惑である。ありがた迷惑という言葉をこの男は知っているのか。
だけどレジナルドでもないこの男にまさか感情そのままにぶつける訳もなく、私は無言を貫いていた。
「ガーネリアさん、まじ美人だよね。どうよ、今晩俺と一発」
「エリザベートの前で下品な物言いはやめてください」
「えー。いいじゃん。だってエリザベートさんには手出しできないしさぁ。ルドが怖いし」
「…………」
ガーネリアとエレンの会話を聞きながら、私はサクサクと雪道を踏みしめて歩いた。家にたどり着いた頃には、体は完全に冷えていた。
エレンと別れ自室に戻り、入浴をして一通り寝る準備を済ませた私はそこでようやく小箱の存在を思い出した。カバンから小箱を取り出して、その中身を躊躇いなく開ける。
中にはネックレスが入っていた。銀の鎖でできたネックレス。チェーンが長いから、服の上からは見えないだろう。そして、チェーンにぶら下がっているのは、繊細なガラス細工で出来た薔薇のアクセサリーだった。ガラス細工を象るように煌めいた宝石が細かく散らばっていて、私は思わず息を飲んだ。頭痛がしてくる。
「…………嘘でしょ…………」
細かく散らばっている宝石は、ダイヤだった。しかも純度が高い。薔薇の真ん中に置かれた宝石は、ガーネットだろう。深い、漆黒のようなルビーが1粒置かれている。その宝石は細かくカットされていて、その技術もまた高いのがうかがえた。どう見たって薬代を1回おまけするレベルでは釣り合いが取れない。どう安く見積ったって、領地の城一個分はするだろう。
まさか、そんな大層なものだとは思わないじゃない………。とはいえ、レジナルドが寄越したネックレスは思わず私が見とれてしまうほどにはよく出来た細工品だった。リリネリアであった頃なら一も二もなく飛びついていただろう。
あまりにも高価すぎる。
返そうか。そう思ったが、しかし貰ったものを返すのも違う気がする。それに突き返すならレジナルドにだ。エレンに渡したところで彼が困るだけだろう。どうせ揉めるのは目に見えている。
「……………」
私はひとつため息をついて、今度レジナルドに会ったらそのまま返そうと決めた。
赤いガーネットの宝石は私の誕生石だった。
「あちゃー。すごい雪だな。これ、俺埋もれちゃわない?」
そんな簡単に埋もれそうには見えない。そう思ったが口には出さない。そうしていると、エレンはひょっこりと窓の外を見るようにしていたが不意に手を叩いた。
「あっ。あっぶね!ルドに渡しとけって言われたものがあったんだった」
「……………」
私はちらりと見るに留めておく。そろそろガーネリアも2階から降りてくるだろう。エレンは肩から下げていたカバンに手を突っ込むと、何やら小さな小箱を取りだした。重質でシックなそれは、どう見たって高級品のひとつだろう。久しく見ていなかった値の張る宝飾品の匂いに、思わずまゆが寄った。しかしそれには構わずにエレンが不意に小箱を私に突き出した。
「ほい」
「……………何のつもりですか?」
「ルドからだよ。ほら、この前店汚しちゃっただろ?それでだいぶ損害出したんじゃないかってアイツ言っててーーー。それで、まあ、その詫びみたいなもんかな。とりあえず受け取ってよ。謝罪の気持ちってことで」
エレンが手のひらの上で弄ぶように小箱を見せてくる。黒い毛皮のようなもので覆われた小箱を眺めながら、私は短く断った。
「いりません」
「そう言わずに。渡さないと俺が怒られるんだよ」
「知りません」
「なんかあったらこれ売ってくれていいからさぁ。ていうか、そういう意味合いの方が強いし。お金そのまま渡すのもいいかと思ったけど、邪魔じゃん?ジャラジャラ。それならこれ一個のが面倒なさそうだなーって」
その言葉に引っ掛かりを覚える。確かにこの前の乱闘騒ぎで店の掃除をするのに多少金はかかった。だけど私の出す金は全て公爵家から出るものであり、私の出費ではない。痛手でもない。私は苦々しく思いながらエレンに聞いた。
「あなたが買ったんですか」
「まっさか!ルドが買ったんだよ。あいつ、もの選ぶのは得意なくせに随分と悩んでてーーーってまあ、それはいいんだよ。とにかく受け取って。詫びの気持ちだから。店汚して悪かったな」
「…………」
そう言われてしまえば、受け取る他ない。お詫びの品だ。深い意味はない。だけど明らかに高級品なこれを、あっさり受け取っていいのだろうか。私はだいぶ悩んだ末、ようやく手を伸ばした。エレンが目を輝かせる。鬱陶しい。この人のテンションの高さにはついていけない。
「………では、有難くいただきます。ですが、詫びの品にしては高価すぎます」
「だから、気持ちだって気持ち。誠意っつーの?誠意の品だから」
「………滞在中、なにか怪我などされたらこちらにどうぞ。お安くするので」
「えっ。いいの」
「一度きりです」
言うと、エレンは驚いたように目を見張り、それからふにゃりと笑った。この人懐っこい笑みで女を篭絡していくのだろうな、と無感情に思った。
やがてガーネリアが降りてきて、店仕舞いの支度をする。なぜかエレンは毎日私たちの家まで送り迎えをする。これもレジナルドに言いつけられているらしいが、はっきり言って迷惑である。ありがた迷惑という言葉をこの男は知っているのか。
だけどレジナルドでもないこの男にまさか感情そのままにぶつける訳もなく、私は無言を貫いていた。
「ガーネリアさん、まじ美人だよね。どうよ、今晩俺と一発」
「エリザベートの前で下品な物言いはやめてください」
「えー。いいじゃん。だってエリザベートさんには手出しできないしさぁ。ルドが怖いし」
「…………」
ガーネリアとエレンの会話を聞きながら、私はサクサクと雪道を踏みしめて歩いた。家にたどり着いた頃には、体は完全に冷えていた。
エレンと別れ自室に戻り、入浴をして一通り寝る準備を済ませた私はそこでようやく小箱の存在を思い出した。カバンから小箱を取り出して、その中身を躊躇いなく開ける。
中にはネックレスが入っていた。銀の鎖でできたネックレス。チェーンが長いから、服の上からは見えないだろう。そして、チェーンにぶら下がっているのは、繊細なガラス細工で出来た薔薇のアクセサリーだった。ガラス細工を象るように煌めいた宝石が細かく散らばっていて、私は思わず息を飲んだ。頭痛がしてくる。
「…………嘘でしょ…………」
細かく散らばっている宝石は、ダイヤだった。しかも純度が高い。薔薇の真ん中に置かれた宝石は、ガーネットだろう。深い、漆黒のようなルビーが1粒置かれている。その宝石は細かくカットされていて、その技術もまた高いのがうかがえた。どう見たって薬代を1回おまけするレベルでは釣り合いが取れない。どう安く見積ったって、領地の城一個分はするだろう。
まさか、そんな大層なものだとは思わないじゃない………。とはいえ、レジナルドが寄越したネックレスは思わず私が見とれてしまうほどにはよく出来た細工品だった。リリネリアであった頃なら一も二もなく飛びついていただろう。
あまりにも高価すぎる。
返そうか。そう思ったが、しかし貰ったものを返すのも違う気がする。それに突き返すならレジナルドにだ。エレンに渡したところで彼が困るだけだろう。どうせ揉めるのは目に見えている。
「……………」
私はひとつため息をついて、今度レジナルドに会ったらそのまま返そうと決めた。
赤いガーネットの宝石は私の誕生石だった。
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