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リリネリア・ブライシフィック
憲兵を呼びますよ
しおりを挟むレジナルドが言っていたのはこいつらのことだったのか、と割かし早くに気がついた。いかにも悪漢、といった風体の男は体が大きくてふてぶてしかった。
からん、ころん、と鈴のなる音がして入店した客を知らせる。そちらを見ると、にやついた顔の男どもが私を上から下まで舐めるように見下ろしていた。一言で言って不快だ。だけどこういった視線を受けるのは初めてではない。吐くほど気持ち悪いし、実際いつもこっそり吐いているのだけど。
だけど表面上は平静を装えるほどには何とかなっていた。この異性に対する嫌悪が薄まったとか、そう言う理由じゃないと思う。むしろ逆。心に蓋をすることで、見て見ぬふりに成功していると言った方が正しい。
「いらっしゃいませ」
「よぉ、姉ちゃんさぁ。ちょーっとばかし欲しいもんがあんだけど」
加えて、この態度である。見た目からして予想はしていたが敬語すら使えないバカ男どもに頭が痛くなっている。いざとなった時のためにピストルはカウンターの引き出しに置いてある。私はそれをさり気ない動作で引き寄せて、その硬い質感に触れた。少しだけ、安心する。
「そうですか。何がご入用ですか」
「ベルノルゲンが欲しいんだけど」
ベルノルゲンとは有名な媚薬の名前だ。そして、薬師が安全性を保証したものではなく、非合法で作られたもの。安全面に考慮されずに開発された薬はただ気持ちよくなるためだけの薬しか入れられておらず、その薬を使えば廃人になってしまうと言われている。依存性の高いセイリンの葉と脳の思考回路を麻痺させるゲルモロリンという薬品を使用しておきながら鎮静作用のある薬草を混ぜていないからこうなる。ガーネリアほどではないがある程度薬草の知識がある私はそんなことを考えながら決められた答えを口にすることにした。もとより、答えは決まっている。普通の薬師であればこう答えるはずだ。
「ベルノルゲンの取扱はありません」
「なら作ってよ。今」
即答で返されたそれに、思わず言葉をなくす。まるで私がそう答えるとわかっていて用意した言葉のようだ。いや、まるで、ではなく言葉通り私がそう答えると知っていたのだろう。
「できるんだろ?あんた、薬師だろう?ちょーっと作ってくれればいいから。材料は揃ってんだろ?頼むよ、姉ちゃん。俺たちも困ってんだ」
更には畳み掛けられるように言われ、私は僅かに逡巡した。どうやって押し返そうか悩んだのだ。やがて、私はため息を吐いて答えた。
「………ベルノルゲンの製薬は薬物取扱禁止法に抵触します。ですので出来ません」
「そんなん、俺らだって知ってんだよ。それでも頼んでんの。分からない?」
男の声がつき上がる。苛立っているのがわかった。
「では、まず政府を通してから再度申し立てしてください。一介の薬師でしかない私に判断できるものではありません」
「チッ。くっそ…………話がわかんねぇなぁ………。だからさ、俺はそれが無理だからあんたに頼んでんの。わかる?」
「仰ってることは分かります。ですが、一介の薬師でしかない私に判断できるものではありません。ベルノルゲンが欲しいのであればまず政府を通して希望を出してください。私の方から言えるのはここまでです。これ以上を望むのであれば、専門機関へお願いします」
「…………」
ついには男たちも黙ってしまった。リーダーらしく先頭の男が黙ると、私たちの会話を見守っていた隣の男が、ふと気がついたように私の顔を眺める。そしてジロジロ見回した挙句、ニヤニヤとしながら口を開けた。嫌な予感しかしない。
「話のわかんない女だな。ま、どうでもいいや。そんな真っ当なこと話するために来たんじゃないし」
「……………」
どういうつもりかと視線だけで問いかける。男は集団の中でも小柄な方だったが、それでも上背があり、女の私より圧倒的に逞しかった。力比べで勝てる相手ではない。奥にはガーネリアがいる。それに、万が一の時のピストルだって今手に触れている。大丈夫。大丈夫、なはずだ。でも、やっぱり。本能的は恐怖がじわじわと滲むように溢れてきた。例えるのであれば、黒のインクを水にとかしていくような。じわじわと胸に広がる嫌な感じ。
こんなのはもうたくさんだ。心臓にストレスがかかり、気が張っているのがわかる。すきを見せてはいけない。そんな、冷静めいた意見が頭を駆け抜けた。
「作れるか作れないか、そーんな話するために来たんじゃないんだよねぇ。俺ら。わかる?最初から、あんたには選択肢はないってコト」
「……………」
「さ。もったいぶってないで作ろうか。死にたくないよね」
一番前にいた男がリーダーではないのか。その横にいた男がニヤつきながら私に言う。あっさりと告げられた言葉に圧迫されながらも、私の答えなど決まっている。
「憲兵を呼びますよ」
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