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レジナルド・リームヴ

帰宅途中

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「あの女性ーーーガーネリアって言ったっけ。普通の人じゃぁないスね」

帰宅道、エレンがそんなことをぽつりと漏らした。それを聞きながら、レジナルドは一度そちらを見てから答えた。

「やっぱりか。僕もそう思ったんだが、彼女。なにか体術でもやってたのかな」

「さぁ………。そこまではわからないですけど、立ち方が独特ですね。重心のかけかたっていうか。普通の人は前の方に重心を置きがちじゃないスか。でも彼女は踵に置いてましたね。あれは、いつ、突発的なことにも対応できるようにってことでしょうし」 

エレンが顎に手を当てながら考える。あの時ガーネリアをじろじろ見ていたのは今夜の相手に、と考えていたのではなくガーネリアの立ち方を見ていたのか。ガーネリアの立ち方は角度的にレジナルドからは見えなかった。

「それに上手い具合に隠してましたけど歩き方も少し変わってましたね。あれは、訓練されたものの歩き方だ」

「お前も気がついたか」

レジナルドもエレンの言葉に同調する。冬の夜はさすがに冷える。吐いた息が白くなるのが見えた。ポツポツと明かりがついているのが見える。エリザベートの家は街のはずれだが、ここら辺はもうほかの家も見え始めている。レジナルドたちが泊まる一時的な住処もここから近い。

レジナルドは赤毛の彼女を思い出した。
彼女ーーーガーネリアの歩き方は少し独特だった。洗練された武闘家の歩き方、というよりももっとーーー静かな、音を立てないようなそれ。それは暗殺者の方が近い気がする。ちょうど、レジナルドの子飼いの影も似たような歩き方だ。
極めつけに、あの手刀の速さ。あれはとてもじゃないが普通の女性には無理だ。そんなことを考えつつ、レジナルドはぽつりとエレンに告げた。

「父上に………あの人に、手紙を」

「えっ。あの方にですか」

レジナルドはエレンにそう指示を飛ばそうとして、そこで言葉を切った。
エリザベートがリリネリアであるのは、ほぼ彼の中では確定に近かった。だけど、それはなぜなのだろうか。リリネリアは死んだはずだ。いや、もっと言えば、死んだとされた﹅﹅﹅はずだ。

リリネリアが生きている以上、リリネリアの死は偽りということになる。

それはなぜ?どうしてそうなったのか。その原因を、レジナルドの父である国王が知らないはずがない。だけど、その理由を正しくレジナルドに伝えるだろうか?
そこは疑わしいところだった。そもそも、リリネリアの死は偽られていたのだ。自分に嘘を教えていた父王の言葉を信じられるはずがない。真実はねじ曲げられていく。
それにどのような事情があるにしろーーー

「…………」

レジナルドはそこでぐ、と拳を握った。
死んでいると思った人が、生きていた。それは、嬉しいことだ。喜ばしいことだ。
だけどそれよりも、レジナルドは混乱がーーー悔恨と、怒りにも似た悲しみが勝った。どうして、今なのか。もっと早く、気がつけていれば。
もっと早く、知れていたら。そしたらもっと違ったかもしれない。せめて、せめてーーー

(リリーナローゼを娶る前だったら………)

いや、それでも遅いくらいなのかもしれない。だけどせめて、リリーナローゼを娶る前であれば。そうであれば、少しは。

リリーナローゼを娶った今、自分が考えるべきはリリネリアのことではない。過去の婚約者のことではなく現在の妻のことを第一に考えなければならないということくらいは分かる。いや、考えなければならない、では無い。それが普通なのだ。
紳士であれば、普通の人間であれば、それが当たり前だ。
娶ったばかりの妻を差し置いてほかの女のことを考えるなど、普通の男がすることではない。

それに、いつまでも過去を引きずっていてはいけない。現に、リリネリアだってもう構わないでほしそうにしていた。これはレジナルドの勝手な我儘だ。身勝手な自己満足だ。それでも、レジナルドはリリネリアのことを忘れられなかった。

レジナルドは父王に聞くことを一度留め置くことにした。
万が一、父王に即王都に戻るよう命令されたらまだ王太子の身分であるレジナルドにそれに逆らうすべは無い。まずは、分かるところから調べるのが定石だろう。急いてはことを仕損じる。慎重にいかなくてはならない、とレジナルドは己を律した。

レジナルドは僅かに言葉を選んでから、エレンに告げた。

「………いや。《影》のものに手配させろ。調べるのはーーーそうだな。過去二十年間の、ブライシフィック家の動きと、周囲貴族の動き、全てだ」

「は?全て………?」

さすがにぽかんとした様子でエレンが告げた。
まさかそんな大層な命を下されるとは思っていなかったのだろう。そして、ブライシフィックという名前に、エレンの眉がゆるゆると寄っていく。やがていつもは軽薄な表情をうかべる顔に険しい色を滲ませると、エレンは訝しむように聞いた。

「…………ルド。お前、まさか………」

「彼女はおそらくそう﹅﹅だ。なにか手がかりがあるはずだ。それを調べてくれ」

「…………………いや。嘘だろ?」

さすがに、エレンも動揺したらしかった。
言葉を濁しても、さすがに長い付き合いなだけあってエレンはすぐに状況を察したらしい。先程の女性が過去、レジナルドの婚約者であったリリネリアかもしれないーーー。いや、その可能性が高いと、レジナルドが言うとエレンは驚きを隠せなかったようだった。だけど、レジナルドの命は絶対だ。友でありながらもレジナルドの配下であるエレンは驚きを噛み殺しながらも頷いた。
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