ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。

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【幕間】

公爵夫妻の相談事

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「リリネリアは………………もう王太子妃にはなれまい」

公爵のその言葉にはっと夫人は息を飲んだ。だけど公爵の言葉にすぐ納得する。確かにあのリリネリアの様子であれば王太子に嫁ぐのはもう厳しいだろう。嫁ぎ先はただの貴族ではない。相手はこの国の王族であり、そして次期国王の王太子なのだ。
本来であれば淑女マナーをしっかり叩き込まれた完璧な令嬢でなければならない。それに目をつぶったとしてもリリネリアの男性恐怖症はちょっとやそっとじゃ直らない。最悪王太子にけがを負わせる危険性すらある。それは、一臣下として許せる状況ではない。
公爵夫人はそっと目をふせた。リリネリアは哀れな子だ。あんなに王太子を慕っていたのに、こんなことになるなんて…………。

「このまま、何事も無かったようにするのが、リリネリアのためだ」

「………………何事も、なかったように………」

「リリネリアは死んだ。何も無かった。風邪をこじらせてあの子は死んだのだ。いいな?」

「……………」

辱められた過去も、それで熱を出したことも、全て葬り去るのだと、そう公爵は言っていた。そうすることでリリネリアの名誉を守れるのだと信じていたから。公爵は良くも悪くも貴族らしい考えの持ち主だった。
貴族は王族に仕えるのが責務。貴族であればその身を王族に捧げ、栄えある国の発展に心力を注ぐのが務めだとそう考えていた。その考えを、わずか8歳になる少女に公爵は押し付けようとしていた。
もしも、リリネリアがあと十年大人であればその考え方をリリネリアも納得できたかもしれない。
穢れた身では仕えることはできない、生き恥になるくらいなら葬り去られた方がマシだと、リリネリア自身が考えたかもしれない。だけどリリネリアはまだ8歳で、夢見るお年頃だったのだ。
そんな少女の知っている悪役とは、絵本に出てくる悪い魔女だけなのだ。悪い魔女と言ってもお姫様をカエルにするくらいのことしかしない彼女を、リリネリアは悪者だと思っていた。リリネリアは真の悪というのを知らなかったのだ。何せ、まだ8歳だったのだから。
公爵夫人は公爵の言葉にそっと顔を上げた。その目には涙が滲んでいる。同じ女だからこそ、リリネリアの絶望は手に取るようにわかった。だけど、公爵の言っていることもわかる。公爵夫人もまた、元侯爵令嬢だったのだから。
恐らく、これは正しい選択だ。もし自分がリリネリアの立場でも自分の両親はこういった対応をとっていたただろう。

「…………リリネリアの、回復を待つことは出来ませんか」

珍しく反対意見を募ってきた公爵夫人に公爵は僅かに眉を寄せた。そしてとんとん、と指で机の上を叩き、渋い声を出す。

「……万が一、リリネリアが回復したとして。あれのトラウマはちょっとやそっとじゃ治らないだろう」

「…………」

「例えば夜会。夜会で、あれが突然の発作を起こしたらどうする?今のように何もかもわからなくなってものをあちこちに投げるようになったらどうする。そうすれば、それは我が公爵家だけの傷にはならず、王族の顔にまで泥を塗ることになる。一臣下として、王族に仕えるものとして、それは看過できない」

「………………ですが………」

「ネリア。これはリリネリアのためだ。万が一、あの子の過去が露見するようなことがあれば、辛い思いをするのはリリネリアだ。それは分かるな」

「…………」

貴族社会というのはかなり閉鎖的なところだ。万が一リリネリアの不祥事が露見すれば、すなわちそれは彼女への誹謗中傷へと繋がるだろう。幼いときにその体を蹂躙された哀れな娘だと色眼鏡で見られ、そんな娘が王家入りするだなんて、と白い目で見られるのは間違いない。そして、それはすなわちそんな娘を王家に嫁がせようとする公爵家への瑕疵にも繋がる。人の口に戸は立てられない。
リリネリアの様子だっていつ崩れるか分からない。リリネリアの男性恐怖症は、恐らくそう簡単には治らない。

「………ですが、王妃殿下も仰っていました。あまりにも哀れだと………リリネリアと…………あの子と王太子殿下はとても仲が良くて………」

「ネリア。仲がいいだけで嫁げると思っているのか?リリネリアと、王太子殿下の婚姻はただの町娘と村人が祝言を上げるのとでは訳が違う。好きだのなんだのと、そういった感情だけで動けるものでは無いのだ。お前も貴族の妻であるのならばわかるだろう」

「分かっております………分かっておりますが………!」

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