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レジナルド・リームヴ
残された髪飾り
しおりを挟む「いゃっ…………」
小さな、頼りない声だったが、すぐにエレンとレジナルドは状況を把握した。辺境の街に視察に来たのだってその治安の悪さが原因である。一見、綺麗な水の街と言われるユレイスピアだが、その裏面は酷く汚い。まるでヘドロのような有様なのだ。
レジナルドとエレンが早足でそちらに向かうと、壁に押し付けられた女性と、それに覆い被さる男が見えた。予想通りだ。レジナルドはすこし、潔癖のきらいがあった。
いや、潔癖、というより、こういった男女の諍いを嫌っていた。無理に迫るなんて論外だし、見つければ厳しく言い含めて注意していた。
それは何よりも、幼少期のリリネリアのことがあったからだ。リリネリアもこうして無理やりされたのか、と思うとどうしようもない怒りに頭が真っ赤になってしまうのだ。
だからこそ、レジナルドはそういったことを憎んでいた。一度、成人を迎えて直ぐに娼館の摘発に向かったことがあった。非合法の裏娼館と呼ばれるものだった。お金のない家族が娘を売り払ったり、人売りに誑かされたり、と散々な事情で娘たちはこの娼館に入れられていた。レジナルドたちが突入したとき、まさにそれはことの真っ最中で、嫌がる娘を押さえつけて無理やり行為に及んでいた男に、レジナルドは吐き気がするほどの嫌悪と、狂うほどの怒りを覚えた。
本来であれば殺してはならないのに、気がつけばレジナルドはその男を殺しかけていた。
手を切りつけ、剣で床に手を釘付けにする。足の健を切り、動けないようにしてから、その目を剣先で切りつけた。残酷なことをしている自覚はあったが、気がつけばそれは終わっていた。
男は哀れなことに命を断つことはできず、騎士隊によって保護され、尋問部屋へと送られた。ある程度の怪我の治療はされたが、切られた健と潰れた目、そして抉られた左手はもう二度と使いものにはならないだろう。
レジナルドとエレンがそちらに向かった時には、女はずるずると蹲り、そして吐いていた。
「うっ…………ァ、げほっ………けほ、うっ………ぁ、はぁっ………!」
しかし胃液しか出ないのか、随分女は苦しそうだ。レジナルドはエレンに目配せをし、男の方を任せた。女の傍によって、声をかける。
「大丈夫か?きみ、落ち着いて」
そっと、落ち着かせるように肩に触れる。そうすると女はびくりと大きく肩を震わせてーーーそして、顔を上げた。蜂蜜色のまつ毛に彩られた、宝石のような空色の瞳。裏路地だと暗くてよく分からないが、その髪も、豪奢な金髪に見える。どこかあどけなさを残しつつも不安に彩られた瞳と目が合って、心臓が大きく鳴った。
ーーーリリネリア……………?
そして、すぐその言葉は打ち消す。リリネリアではない。リリネリアは死んだのだから。リリネリアであるはずがない。
だけど、リリネリアの面影をよく残した彼女をこのままにしておけない、とも思った。失ったリリネリアへの手がかりになるかも。いや、彼女はリリネリアかもしれない。そうであってほしいという自分の願いだったが、そう人生が上手くいくはずがないことも理解していた。
リリネリアに似た彼女の顔に、こんなにも心が揺さぶられる。
思わず彼女を見ていると、彼女の表情に訝しげな色が浮かんでくる。その表情すらも、昔見たそれに似ている気がして、どうしようもない高揚感を覚えた。
「ルド、こいつどうするよ」
エレンの言葉にハッとしてそちらを見る。
視察するにあたって、今レジナルドはルド、と自分の素性を偽っている。とりあえずその男は憲兵に差し出すよう告げてから、再度リリネリアに似た彼女を見た。名前を聞けば、エリザベートだと言う。
あの有名な娼婦の名前だ。珍しい、と思った。エリザベートという名前は毒婦や娼婦として有名だから、まともな親はそんな名前を娘につけない。だけど、目の前の彼女はエリザベートなのだという。
彼女の素性がきになったが、彼女はすぐに裏路地を離れて、帰路についてしまった。
レジナルドは彼女の後ろ姿をいつまでも見ていた。
やはり、似ている。確信はないし、恐らく他人の空似なのだろうけど。似ていると言うだけで、ここまで心を揺さぶられていた。
エレンが向こうから戻ってくるのが見える。恐らく男を憲兵に差し出してきたのだろう。そろそろ自分も離れるべきだ、と思って視線を路地裏に一度戻すと、地面に何かがころがっているのが見えた。微かな光を反射しているそれは…………
「髪飾り…………?」
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