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レジナルド・リームヴ

再会

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側近のエレンはいい加減リリネリアのことは忘れた方がいいと言う。自分もそうするべきだと思っている。このままでは、リリネリアにも、リリーナローゼにも悪い。リリネリアは死んだのだ。そう思って妻となったリリーナローゼに触れるのだが、その白い肌も、甘い匂いも、柔らかな声も。どこかリリネリアと似ているのにリリネリアではなくて、あの日の絶望と、自分の不甲斐なさを思い知らされて吐き気がした。
頭痛薬と吐き気止めを無理やり飲んで、自分自身に催淫効果のある薬を仕込んで、挑んだこともある。
結果は、無理やり強い性衝動を起こされたせいで体はついていかず、瞳孔が開き辺りがまぶしくなっただけだった。眩しすぎて目が開けられず、閨どころではなかった。情けなかった。リリーナローゼにも申し訳がなかった。リリーナローゼは何も言わなかった。今まで何度も閨が失敗しているというのに、彼女はレジナルドを責めなかった。

「何も急ぐ必要は無いのです、ゆっくりいきましょう」

そう言われた時、レジナルドは不甲斐なく、情けなく、申し訳なくてどうしようもなかった。まさかここまでダメだとは思わなかった。自分の体が、こんなにも他人を拒否されるなんて。幼少期にした、リリネリアの約束を思い出しては今の現状との乖離にせせら笑う。
そしてある日、リリーナローゼは思い詰めた顔でレジナルドに言った。

「レジナルド様は………まだ、リリネリア様をお好きなのですか」

硬い声だった。だけど、その言葉を聞いてレジナルドへ声を失った。おそらくどこぞの貴族か侍女たちの噂話を耳にしたのだろう。リリーナローゼに悪意のある彼らはこぞってあることないことをリリーナローゼに吹き込む。そして、リリーナローゼのその言葉はまさに言葉通りでーーーいや、そんな綺麗なものでは無い。十年を経て、レジナルドのリリネリアへの想いはぐちゃぐちゃに歪み、ひずんでいた。

「………リリネリアは関係ないよ」

久しぶりに口にしたその名前は、柔らかくて、暖かくて、やはり泣きそうになってしまう。やはり、こんな自分が結婚など無理だったのだ。そう思いながら言うと、リリーナローゼは泣きそうな顔になった。レジナルドの気持ちに気づいたのだろうか。そして、泣きそうな顔をしながら、言った。

「私を…………私を、リリネリア様の代わりにはしていただけませんか」

息を飲むレジナルドに、リリーナローゼは続ける。

「リリネリア様の代わりとして、私を抱いていただくことは、できませんか……………」

頭を殴られたような衝撃だった。
元々、リリーナローゼを娶ったきっかけだって、同じリリィだったから。
その時点でレジナルドはリリーナローゼにリリネリアを重ねて見ていたのは事実だ。だけどそれを願うようにリリーナローゼに言われて、レジナルドはひどい衝撃に見舞われた。
ひとつは、憐憫。他国の王女で、周りに傅かれて生きてきた王女が、誰かの代わりでいいという。だから抱いてくれ、と娼婦のようなことを言っている。他の誰でもない、他国の王女が、である。しかも、自分の夫に。矜恃もプライドも王女にはあるだろうに、それを投げ捨ててまでレジナルドに希っている。リリーナローゼにその選択肢を取らせるほどに追い詰めていることに気がついたレジナルドは、歯噛みした。

もう1つは、不愉快だった。
自分の大切にしてきたリリネリアの名前を勝手に出されたことと、あまつさえその代わりになりたいというリリーナローゼにいい感情を抱かなかった。いや、いい感情なんてものじゃない。

あの日、可愛くて綺麗にわらっていた少女のかわりを、リリーナローゼがする?無理に決まってる。レジナルドは内心鼻で笑った。リリネリアの代わりなど、誰にもできない。
なぜなら、リリネリアはリリネリアただ一人なのだから。
例えリリネリアに双子の姉妹がいたとしても、それはリリネリアではない。リリネリアはただ一人なのだ。あの花園で薔薇の花束の花言葉を嬉しそうに説明していた少女は1人しかいない。そして、それにレジナルドが安らぎを覚えるのも、ひとりしかいないのだから。
胸が熱くなった。辛かった。悲しかった。
そんな陳腐な言葉でしか言い表せない自分が苦しくて、胸が痛くて、痒くて、いっそあとを追えたらどんなに幸せかと思った。
だけどそれは出来なかった。
リリーナローゼを娶った責任と、王太子としての責任が自分には付随する。
悲しくても、苦しくても、死ぬより辛くても。
夜会があれば彼は慟哭を隠し笑顔を飾る。デビュタントの少女と踊る時は柔らかな表情を取り付けて、やり切れない吐き気を抑えていた。リリネリアも、生きていればデビュタントを迎えて、レジナルドと踊るはずだった。

いいタイミングでの辺境視察だった。
あの時、リリーナローゼに「代わりにして欲しい」と言われた時、レジナルドは自分がなんて答えたのか覚えていなかった。
ただ、リリーナローゼは驚いた顔をしていてそしてすぐ泣きそうな顔になっていた。恐らく、取り返しのつかないことを言ったのは間違いなかった。逃げるように、辺境の視察へと向かった。リリーナローゼには詫びの品だけを送って。帰ったらもう一度ちゃんと話さなくては行けない、と思う。

エレンは相変わらず道中あちこちの街で女をひっかけている。それで後腐れの無い関係を結べているのだから、ある意味器用なのだろう。
辺境の街に着いた時、まずは宿に向かうかと歩いていた時。女性の裏返った、潰れたような声が聞こえてきた。

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