7 / 71
レジナルド・リームヴ
全てを失った日
しおりを挟むレジナルド・リームヴは十歳のあの日に、全てを失った。
二つ下の婚約者、リリネリアは無邪気でよく笑う少女だった。純粋にレジナルドを慕い、よく本を読んでとせがまれた。レジナルドとリリネリアは生まれながらの婚約者だった。レジナルドは屈託なく笑うリリネリアが好きで、よく一緒にいた。太陽のような少女だった。朗らかであたたかくて、可愛かった。
始めて出会った時のリリネリアは泣いていた。顔合わせに連れてこられたはずのリリネリアがいない、と当時は騒ぎになり、王太子の自分まで駆り出されてリリネリアを探す羽目になった。
その時たしか、自分は僅か六歳で、リリネリアは四歳だったはずだ。紹介の場から逃げ出すような少女が一体どんな顔をしているのか気になって、意気込んでレジナルドはリリネリアを探した。リリネリアを見つけたのは偶然だった。
父王から言付けられているリリネリアの容姿を手がかりに、庭を見ていると緑と緑の間にふわふわした蜂蜜色の髪を見つけた。まさか、と思って探してみれば、それはリリネリアだった。リリネリアは泣いていた。ひとりで紹介の場から逃げ出した少女は広い城内で迷子にになり、心細くて泣いていたのだ。
「きみ、リリネリア?」
「だれ…………」
リリネリアは真っ赤に腫らした目をしながらもレジナルドを見た。リリネリアの目はさながらうさぎのようだった。レジナルドはもう一度リリネリアに聞いた。
「僕はレジナルドだよ。きみはリリネリアだね」
「わたし…………………うん………リリネリア」
まだ幼い4歳の少女はそれだけ言った。一生懸命紡ぎ出したたどたどしい言葉に、レジナルドは胸がふわりとした。多分、それがレジナルドの初恋だった。レジナルドはリリネリアを見つけて、父王の所に連れていくことはしなかった。その変わり、自分もリリネリアのそばに座り、ふたり見つかるまでずっと話をしていた。なぜリリネリアが紹介の場から逃げ出したかと言うと、蝶を見つけたからだという。白いふわふわした蝶を見て、すぐに絵本を想起した。まだ幼い少女はその絵本の内容を嬉嬉としてレジナルドに語った。
「さいごはね、おうじさまとむすばれるのよ!それで、ずーっとしあわせになるの!」
「それが、絵本の内容?」
「ないよう?」
「あ、えーと。絵本のお話?」
「うん!そうよ!おひめさまと、おうじさまはずーっとしあわせになるの!それでね?おかあさまがね。いうのよ。わたしもしあわせになれるって。そういうほしのめぐりあわせ?なんだって!」
たどたどしい口調で“星の巡り合わせ”という彼女は、その単語を母から教えて貰ったのだろう。教えられた言葉をそのまま使う彼女に苦笑して、レジナルドは胸がいっぱいだった。レジナルドは彼女のふわふわした蜂蜜色の髪を手に取って、口付けた。柔らかい、シナモンのような甘い匂いがした。
「そうだね。リリネリア………リリィは幸せになれるよ。僕が幸せにしてあげる」
「りりぃ?」
「きみのことだよ。ねぇ、僕のことはレジーって呼んで」
「レジー?」
「うん。そうだよ、リリィ」
庭の片隅で、ふたりはそうやってお互いの将来の話と、約束をしていた。レジナルドは初めて抱いたこの柔らかな感情を大切に、大事に大事にしようと思った。それからリリネリアが八歳になるまで、ふたりはずっとこんな感じで関係を続けていた。
「あのね、お家の薔薇が綺麗に咲いたの!」
あれは、まだリリネリアが七歳の頃の話。ちょうど、凶行が起きる一年前だっただろうか。リリネリアは幸せそうに笑って、その頬をバラ色に染めた。
リリネリアとのお茶会は楽しい。リリネリアと会うのも楽しみだが、リリネリアが可愛くはしゃいでいるのを見るのがレジナルドの楽しみだった。
「そうなんだ。赤?」
「ええ、そうなのよ!ねぇ、レジー。赤の………薔薇の花束に意味があるのは知っていて?」
「花束に?」
「あっ、違うわ!花束じゃなくて、本数!薔薇の本数によって意味が変わるの!」
「………へぇ、知らなかった。リリィは物知りだね。僕にもその意味を教えて?」
もちろん、その意味は知識として知っている。だけどあえて知らないふりをして、嬉嬉として知識を披露するリリネリアを見ていたかった。水を向ければ、リリネリアは楽しげに話を始めた。
「ふふ。あのね。1本の薔薇は一目惚れ、なんですって!可愛いと思わない?」
「へぇ、じゃあそうなんだ」
一目惚れーーー。まさしく、レジナルドのことだった。レジナルドはリリネリアを見て一目で、恋をしてしまったのだから。激しい恋情というよりも、穏やかで、優しくて、絶対的は愛情。レジナルドにとって、リリネリアは全てだった。
99
お気に入りに追加
3,540
あなたにおすすめの小説
【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。
愛なんてどこにもないと知っている
紫楼
恋愛
私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。
相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。
白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。
結局は追い出されて、家に帰された。
両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。
一年もしないうちに再婚を命じられた。
彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。
私は何も期待できないことを知っている。
彼は私を愛さない。
主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。
作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。
誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。
他サイトにも載せています。
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜
みおな
恋愛
王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。
「お前との婚約を破棄する!!」
私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。
だって、私は何ひとつ困らない。
困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる