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サンタという妖精
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夜明け前の空で、僕は彼女に出会った。
本当なら見られるわけには行かず、見えるはずもない僕を見つけた彼女は、白い息を吐きながら、首を傾げていた。
不思議な事に彼女は、僕を見つける前から二階の出窓を開けていた。
換気するにしても、辛い寒さの夜更けなのに。
「風邪引くよ」
たぶん僕は暇だったんだと思う。
見つかったなら、気のせいだと思ってもらうために逃げた方が良かったのだろうけど、どうせ見られたなら話をしてみようなんて、魔が差したとしか言いようのない行動に出てしまった。
突然僕に話しかけられた彼女は、鼻の頭をトナカイのように真っ赤にして、
「大丈夫だよ、カイロあるから」
ずるずると洟を啜るその顔は、とても大丈夫には思えないのだけれど……。
「何してるの?」
「人を待ってるの」
「こんな夜中に、人が来るの?」
「…………今年も来なかった」
「そっか…………」
少し陰を含んだ笑みを見せる彼女に、僕はそれ以上聞くのをやめた。
今年も、ということは、きっと去年も来なかったのだろう。
こんなに鼻を赤くして、鼻水を啜りながら待ち続ける人が来ないのだ、初対面の僕が踏み込んで良い領域じゃない。
「あなたは、何をしてるの?」
「プレゼントを配ってるんだ。今日はクリスマスだからね」
僕は肩を竦める。
僕の名前はサンタ・クロース。
見た目は普通の人間だが、一応妖精の一種になる。
クリスマスの日に、ささやかな幸せを届けるのが、僕の一族の仕事だ。
サンタ・クロースの名は、一族の中で役目を承った者が継承することになっている。
僕はこの地域一帯にプレゼントを配っているので、この地域でのサンタということになる。
さすがに全世界を一人で担当するわけにはいかないから、僕以外にもサンタはたくさんいるんだけど。
そういう意味で言えば、サンタというのは名前ではなく役職のようなものなのかもしれない。
「サンタさんだ」
「赤くはないけどね」
今日の僕の服装はブラウンのコートだ。
赤い服は季節に合わないから。
別にサンタが赤くなければいけないという理由はない。単に人の間でそのイメージが定着しただけだ。
どこかの飲料メーカーのイメージ戦略だと聞いたこともあるが、もしかしたら彼女みたいに、妖精を見る目を持った人間が、たまたま見つけたのが赤い服のサンタだったのかもしれない。
「プレゼントって、本当にサンタさんが配ってるの?」
「僕たちが配ってるのはちょっとした幸せだけさ」
だから枕元に置いてあるプレゼントは、その子たちだけのサンタクロースからの贈り物で間違いないのだけれど。
僕たちはただ少し、暖かい気持ちになれたり、愛を感じたり。
そういった幸せを、ほんのちょっと運んでくるだけ。
それこそ、人生には何の影響もないようなプレゼントだ。
「ああ、でも……」
僕はふと、彼女を眺める。
彼女は首が痛くなりそうなほど、僕を見上げていた。
ちょっと会話をするには橇が高すぎるかもしれない。ただ、あまり高度を落としすぎると再び飛び上がるのに時間が掛かるので、これ以上高度を落とすことはない。
鼻を真っ赤にして、寒さを堪える少女。
もうサンタなんて信じていないだろう、高校生くらいの女の子だ。
「君にはこれをあげるよ」
僕は自分の手に嵌めていた手袋を差し出す。
妖精の手袋だから、人が嵌めても長くは持たないだろう。
せいぜい二、三時間したら消えてなくなってしまう手袋だが、その間は彼女の悴んだ手を温めてくれるだろう。
「…………あったかい」
僕が放り投げた手袋を受け取った彼女は、それを手に嵌めて自分の頬を覆う。
手袋の温もりを全身で感じているかのようだった。
ふと、少女の瞳から水滴が零れる。
号泣というほどのものではない。左目から一滴だけ、ツツツと流れる涙だ。
「悲しいの?」
僕は聞いた。
「ううん」
彼女は首を振る。
親指で涙を拭うと、微笑んだ。
ああ、綺麗な笑顔だ……。
妖精を見れるのは心が綺麗な証拠、なんて言うのは嘘だけど、その迷信を信じても良いかと思うくらいには、彼女の笑顔は美しかった。
「嬉しいの。毎年クリスマスは、誰も来ないで悲しかったから。サンタさんに会えて、嬉しいの」
その言葉には嘘が混じっている。
僕には他人の言葉の真偽を見抜くような能力はないけれど、それでも彼女の言葉が本心かどうか、その表情を見れば何となく分かる。
確かに、彼女は僕との出会いを喜んでくれてはいるのだろう。
けど、その言葉の底にあるのは落胆だ。
僕との出会いより、待ち人が来なかった悲しみの方が強いのだ。
それでも、少しだけでも彼女の慰めになれたのなら。
「それじゃあ僕は行くね」
「うん、ありがとう、幸せを届けてくれて」
君には手袋以外何もあげてないよ、と言おうとしてやめた。
暖かそうに両手を抱える彼女は、確かに幸せを感じ取っていたのだ。
それを僕が与えられたなら、サンタとしてのプレゼントかどうかなんて些細なものだ。
僕は無言で微笑むと、子供たちに幸せを届けるために橇を出した。
空高く飛んで、彼女のいた場所を眺める。
来年も彼女に会いに来よう。
きっと彼女は、小さな喜びを見せてくれるはずだ。
来年も、待ち人に会えなかった哀しみに満たされているかもしれない。
僕との出会いなんて、意味がないかもしれない。
でもそれが少しでも慰めになるのなら、彼女の本当の待ち人が来るまで、毎年会いに来よう。
恋人なのか家族なのか知らないが、願わくば少しでも早く彼女の待ち人が現れて、本当の幸せな笑顔を見られるように。
「メリークリスマス」
僕はそう呟いてトナカイの頭を撫でると、次のプレゼントを運ぶのだった。
本当なら見られるわけには行かず、見えるはずもない僕を見つけた彼女は、白い息を吐きながら、首を傾げていた。
不思議な事に彼女は、僕を見つける前から二階の出窓を開けていた。
換気するにしても、辛い寒さの夜更けなのに。
「風邪引くよ」
たぶん僕は暇だったんだと思う。
見つかったなら、気のせいだと思ってもらうために逃げた方が良かったのだろうけど、どうせ見られたなら話をしてみようなんて、魔が差したとしか言いようのない行動に出てしまった。
突然僕に話しかけられた彼女は、鼻の頭をトナカイのように真っ赤にして、
「大丈夫だよ、カイロあるから」
ずるずると洟を啜るその顔は、とても大丈夫には思えないのだけれど……。
「何してるの?」
「人を待ってるの」
「こんな夜中に、人が来るの?」
「…………今年も来なかった」
「そっか…………」
少し陰を含んだ笑みを見せる彼女に、僕はそれ以上聞くのをやめた。
今年も、ということは、きっと去年も来なかったのだろう。
こんなに鼻を赤くして、鼻水を啜りながら待ち続ける人が来ないのだ、初対面の僕が踏み込んで良い領域じゃない。
「あなたは、何をしてるの?」
「プレゼントを配ってるんだ。今日はクリスマスだからね」
僕は肩を竦める。
僕の名前はサンタ・クロース。
見た目は普通の人間だが、一応妖精の一種になる。
クリスマスの日に、ささやかな幸せを届けるのが、僕の一族の仕事だ。
サンタ・クロースの名は、一族の中で役目を承った者が継承することになっている。
僕はこの地域一帯にプレゼントを配っているので、この地域でのサンタということになる。
さすがに全世界を一人で担当するわけにはいかないから、僕以外にもサンタはたくさんいるんだけど。
そういう意味で言えば、サンタというのは名前ではなく役職のようなものなのかもしれない。
「サンタさんだ」
「赤くはないけどね」
今日の僕の服装はブラウンのコートだ。
赤い服は季節に合わないから。
別にサンタが赤くなければいけないという理由はない。単に人の間でそのイメージが定着しただけだ。
どこかの飲料メーカーのイメージ戦略だと聞いたこともあるが、もしかしたら彼女みたいに、妖精を見る目を持った人間が、たまたま見つけたのが赤い服のサンタだったのかもしれない。
「プレゼントって、本当にサンタさんが配ってるの?」
「僕たちが配ってるのはちょっとした幸せだけさ」
だから枕元に置いてあるプレゼントは、その子たちだけのサンタクロースからの贈り物で間違いないのだけれど。
僕たちはただ少し、暖かい気持ちになれたり、愛を感じたり。
そういった幸せを、ほんのちょっと運んでくるだけ。
それこそ、人生には何の影響もないようなプレゼントだ。
「ああ、でも……」
僕はふと、彼女を眺める。
彼女は首が痛くなりそうなほど、僕を見上げていた。
ちょっと会話をするには橇が高すぎるかもしれない。ただ、あまり高度を落としすぎると再び飛び上がるのに時間が掛かるので、これ以上高度を落とすことはない。
鼻を真っ赤にして、寒さを堪える少女。
もうサンタなんて信じていないだろう、高校生くらいの女の子だ。
「君にはこれをあげるよ」
僕は自分の手に嵌めていた手袋を差し出す。
妖精の手袋だから、人が嵌めても長くは持たないだろう。
せいぜい二、三時間したら消えてなくなってしまう手袋だが、その間は彼女の悴んだ手を温めてくれるだろう。
「…………あったかい」
僕が放り投げた手袋を受け取った彼女は、それを手に嵌めて自分の頬を覆う。
手袋の温もりを全身で感じているかのようだった。
ふと、少女の瞳から水滴が零れる。
号泣というほどのものではない。左目から一滴だけ、ツツツと流れる涙だ。
「悲しいの?」
僕は聞いた。
「ううん」
彼女は首を振る。
親指で涙を拭うと、微笑んだ。
ああ、綺麗な笑顔だ……。
妖精を見れるのは心が綺麗な証拠、なんて言うのは嘘だけど、その迷信を信じても良いかと思うくらいには、彼女の笑顔は美しかった。
「嬉しいの。毎年クリスマスは、誰も来ないで悲しかったから。サンタさんに会えて、嬉しいの」
その言葉には嘘が混じっている。
僕には他人の言葉の真偽を見抜くような能力はないけれど、それでも彼女の言葉が本心かどうか、その表情を見れば何となく分かる。
確かに、彼女は僕との出会いを喜んでくれてはいるのだろう。
けど、その言葉の底にあるのは落胆だ。
僕との出会いより、待ち人が来なかった悲しみの方が強いのだ。
それでも、少しだけでも彼女の慰めになれたのなら。
「それじゃあ僕は行くね」
「うん、ありがとう、幸せを届けてくれて」
君には手袋以外何もあげてないよ、と言おうとしてやめた。
暖かそうに両手を抱える彼女は、確かに幸せを感じ取っていたのだ。
それを僕が与えられたなら、サンタとしてのプレゼントかどうかなんて些細なものだ。
僕は無言で微笑むと、子供たちに幸せを届けるために橇を出した。
空高く飛んで、彼女のいた場所を眺める。
来年も彼女に会いに来よう。
きっと彼女は、小さな喜びを見せてくれるはずだ。
来年も、待ち人に会えなかった哀しみに満たされているかもしれない。
僕との出会いなんて、意味がないかもしれない。
でもそれが少しでも慰めになるのなら、彼女の本当の待ち人が来るまで、毎年会いに来よう。
恋人なのか家族なのか知らないが、願わくば少しでも早く彼女の待ち人が現れて、本当の幸せな笑顔を見られるように。
「メリークリスマス」
僕はそう呟いてトナカイの頭を撫でると、次のプレゼントを運ぶのだった。
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素敵なお話でした!こんな妖精さんがいたらいいなぁ!
ありがとうございます!
あなたにも、小さな幸せが届きますように!
メリークリスマス