サンタという妖精

さんごさん

文字の大きさ
上 下
1 / 1

サンタという妖精

しおりを挟む
 夜明け前の空で、僕は彼女に出会った。

 本当なら見られるわけには行かず、見えるはずもない僕を見つけた彼女は、白い息を吐きながら、首を傾げていた。

 不思議な事に彼女は、僕を見つける前から二階の出窓を開けていた。
 換気するにしても、辛い寒さの夜更けなのに。

「風邪引くよ」

 たぶん僕は暇だったんだと思う。

 見つかったなら、気のせいだと思ってもらうために逃げた方が良かったのだろうけど、どうせ見られたなら話をしてみようなんて、魔が差したとしか言いようのない行動に出てしまった。

 突然僕に話しかけられた彼女は、鼻の頭をトナカイのように真っ赤にして、

「大丈夫だよ、カイロあるから」

 ずるずると洟を啜るその顔は、とても大丈夫には思えないのだけれど……。

「何してるの?」

「人を待ってるの」

「こんな夜中に、人が来るの?」

「…………今年も来なかった」

「そっか…………」

 少し陰を含んだ笑みを見せる彼女に、僕はそれ以上聞くのをやめた。
 今年も、ということは、きっと去年も来なかったのだろう。

 こんなに鼻を赤くして、鼻水を啜りながら待ち続ける人が来ないのだ、初対面の僕が踏み込んで良い領域じゃない。

「あなたは、何をしてるの?」

「プレゼントを配ってるんだ。今日はクリスマスだからね」

 僕は肩を竦める。
 僕の名前はサンタ・クロース。
 見た目は普通の人間だが、一応妖精の一種になる。

 クリスマスの日に、ささやかな幸せを届けるのが、僕の一族の仕事だ。
 サンタ・クロースの名は、一族の中で役目を承った者が継承することになっている。

 僕はこの地域一帯にプレゼントを配っているので、この地域でのサンタということになる。
 さすがに全世界を一人で担当するわけにはいかないから、僕以外にもサンタはたくさんいるんだけど。
 そういう意味で言えば、サンタというのは名前ではなく役職のようなものなのかもしれない。

「サンタさんだ」

「赤くはないけどね」

 今日の僕の服装はブラウンのコートだ。
 赤い服は季節に合わないから。

 別にサンタが赤くなければいけないという理由はない。単に人の間でそのイメージが定着しただけだ。
 どこかの飲料メーカーのイメージ戦略だと聞いたこともあるが、もしかしたら彼女みたいに、妖精を見る目を持った人間が、たまたま見つけたのが赤い服のサンタだったのかもしれない。

「プレゼントって、本当にサンタさんが配ってるの?」

「僕たちが配ってるのはちょっとした幸せだけさ」

 だから枕元に置いてあるプレゼントは、その子たちだけのサンタクロースからの贈り物で間違いないのだけれど。

 僕たちはただ少し、暖かい気持ちになれたり、愛を感じたり。
 そういった幸せを、ほんのちょっと運んでくるだけ。

 それこそ、人生には何の影響もないようなプレゼントだ。

「ああ、でも……」

 僕はふと、彼女を眺める。
 彼女は首が痛くなりそうなほど、僕を見上げていた。

 ちょっと会話をするには橇が高すぎるかもしれない。ただ、あまり高度を落としすぎると再び飛び上がるのに時間が掛かるので、これ以上高度を落とすことはない。

 鼻を真っ赤にして、寒さを堪える少女。
 もうサンタなんて信じていないだろう、高校生くらいの女の子だ。

「君にはこれをあげるよ」

 僕は自分の手に嵌めていた手袋を差し出す。
 妖精の手袋だから、人が嵌めても長くは持たないだろう。

 せいぜい二、三時間したら消えてなくなってしまう手袋だが、その間は彼女の悴んだ手を温めてくれるだろう。

「…………あったかい」

 僕が放り投げた手袋を受け取った彼女は、それを手に嵌めて自分の頬を覆う。
 手袋の温もりを全身で感じているかのようだった。

 ふと、少女の瞳から水滴が零れる。

 号泣というほどのものではない。左目から一滴だけ、ツツツと流れる涙だ。

「悲しいの?」

 僕は聞いた。

「ううん」

 彼女は首を振る。
 親指で涙を拭うと、微笑んだ。
 ああ、綺麗な笑顔だ……。

 妖精を見れるのは心が綺麗な証拠、なんて言うのは嘘だけど、その迷信を信じても良いかと思うくらいには、彼女の笑顔は美しかった。

「嬉しいの。毎年クリスマスは、誰も来ないで悲しかったから。サンタさんに会えて、嬉しいの」

 その言葉には嘘が混じっている。
 僕には他人の言葉の真偽を見抜くような能力はないけれど、それでも彼女の言葉が本心かどうか、その表情を見れば何となく分かる。

 確かに、彼女は僕との出会いを喜んでくれてはいるのだろう。
 けど、その言葉の底にあるのは落胆だ。

 僕との出会いより、待ち人が来なかった悲しみの方が強いのだ。
 それでも、少しだけでも彼女の慰めになれたのなら。

「それじゃあ僕は行くね」

「うん、ありがとう、幸せを届けてくれて」

 君には手袋以外何もあげてないよ、と言おうとしてやめた。
 暖かそうに両手を抱える彼女は、確かに幸せを感じ取っていたのだ。

 それを僕が与えられたなら、サンタとしてのプレゼントかどうかなんて些細なものだ。
 僕は無言で微笑むと、子供たちに幸せを届けるために橇を出した。

 空高く飛んで、彼女のいた場所を眺める。
 来年も彼女に会いに来よう。

 きっと彼女は、小さな喜びを見せてくれるはずだ。
 来年も、待ち人に会えなかった哀しみに満たされているかもしれない。
 僕との出会いなんて、意味がないかもしれない。

 でもそれが少しでも慰めになるのなら、彼女の本当の待ち人が来るまで、毎年会いに来よう。

 恋人なのか家族なのか知らないが、願わくば少しでも早く彼女の待ち人が現れて、本当の幸せな笑顔を見られるように。

「メリークリスマス」

 僕はそう呟いてトナカイの頭を撫でると、次のプレゼントを運ぶのだった。

しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

獅子獣ROCK
2019.12.24 獅子獣ROCK

素敵なお話でした!こんな妖精さんがいたらいいなぁ!

さんごさん
2019.12.24 さんごさん

ありがとうございます!
あなたにも、小さな幸せが届きますように!
メリークリスマス

解除

あなたにおすすめの小説

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

京都式神様のおでん屋さん

西門 檀
キャラ文芸
旧題:京都式神様のおでん屋さん ~巡るご縁の物語~ ここは京都—— 空が留紺色に染まりきった頃、路地奥の店に暖簾がかけられて、ポッと提灯が灯る。 『おでん料理 結(むすび)』 イケメン2体(?)と看板猫がお出迎えします。 今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。 平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。 ※2022年12月24日より連載スタート 毎日仕事と両立しながら更新中!

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

あやかしの花嫁になることが、私の運命だったようです

珠宮さくら
キャラ文芸
あやかしの花嫁になるのは、双子の妹の陽芽子だと本人も周りも思っていた。 だが、実際に選ばれることになったのが、姉の日菜子の方になるとは本人も思っていなかった。 全10話。

MASK 〜黒衣の薬売り〜

天瀬純
キャラ文芸
【薬売り“黒衣 漆黒”による現代ファンタジー】  黒い布マスクに黒いスーツ姿の彼“薬売り”が紹介する奇妙な薬たち…。  いくつもの短編を通して、薬売りとの交流を“あらゆる人物視点”で綴られる現代ファンタジー。  ぜひ、お立ち寄りください。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。