悪役令嬢は鼻歌を歌う

さんごさん

文字の大きさ
上 下
32 / 42
男爵令息

過呼吸と能天気

しおりを挟む
 荷物を置いて体育館に向かう。

 寮から校舎まで、校舎から体育館までの道のりはうざったいほどに桜が咲き誇っていて、花びらが風に舞って飛んでくる。

 髪や制服に張り付く花びらを払い落しながら体育館に向かっていると、白黒の猫が横切った。

 猫が目の前を横切るのは、縁起が良いんだったか、悪いんだったか。
 どこかの諺にあったはずだ。

 あれは黒猫限定だっただろうか?

 まあ、正確には覚えていないので、縁起が良いということにしておこう。
 縞模様の猫は俺を横切ったところで立ち止まり、俺の方をジーッと見ている。

 餌も何も持っていないのだが、何か気になるのだろうか。
 縁起物の猫だと決めつけたので、一撫でしてやろうと近寄る。

 すると、猫は毛を逆立てて、「シャー!」と威嚇する声を上げると、とことこと立ち去ってしまった。

 なんなんだ、いったい。

 どうやら俺は猫にも警戒される性質を持っているようだ。
 肩を竦めて体育館に向かう。

 体育館の入り口では、教師が生徒の席を誘導していた。

 爵位順に並ばせているのを見ると、平等の精神はどこに行ったんだと言いたくなる。
 俺が前に立つと、生徒の誘導をしていたお団子頭の女性教師は、無意識に足を一歩下げた。

 しかしそれで踏みとどまると、俺を見上げ、「名前は?」と聞く。

「フレイ・アルビオルです」

 そう応えると。
 最後列の右から二番目だと指示をくれる。

 気圧されているようだったが、精一杯顔に出さないように気を付けているようで、おそらく善良な教師なのだろう。

 言われた通りに席に着いて、入学式が始まるのを待つ。

 すぐに右隣りに知らない女子生徒が座った。
 ちらりと視線を向けると、彼女は息を殺して震えていた。

 俺の視線は氷属性か何かなのだろう。
 溜め息をついたら殺していた息が、途端に過呼吸になる。

 ひぃひぃ言ってるが、大丈夫なんだよな……?

 泣かれたら俺のせいになるのは経験則で分かっていたので、視線を正面に向けてそちらを見ないように意識する。
 過呼吸は徐々に収まったようなので安心する。

 それにしても、待っている時間は退屈だ。

 まだ生徒は三分の一も入っていない。
 入学式が始まるまでにも時間があるだろう。
 退屈した奴らは近くの席のやつと会話しているが、俺の場合はそうもいかない。

 右隣りは溜め息をついただけで過呼吸になる女。
 左隣りはまだ空席だ。

 前の席の奴は左右の奴らと談笑をしているし、そこに割り入っていけるほど社交的でもない。
 しかも過呼吸女のせいで下手に見回したりすることも出来ず、かなり辛かった。

 地獄のような時間が終わり、入学式が始まる。
 舞台上で、教師が長たらしい話をする。

 生徒たちは退屈そうにしているが、ただ身動きの取れないまま待っているよりは幾分かマシだったので、俺にとってはありがたかった。

 出来ればそのまま、さっさと入学式を終わらせて欲しいが。

 最初の教師の長たらし台詞が終わった頃に、左隣りの空席が埋まった。
 遅刻とは大胆な奴だ。

 俺の隣に座っているのだから、彼女も男爵家の人間のはずだ。
 それならば普通、上級貴族に目を付けられないように、先に入場しておくものだ。

 それが、先どころか遅刻してやってくる。
 よっぽどふてぶてしいやつなのだろうか。

 どうせ視線を向けたら右側のやつのように怯えるに決まっているので、俺は首を固定したまま二人目の教師の長話を聞いていたのだが、耐えきれずに視線を向ける。
 左隣りに座った女が、不躾なほどにジーッと俺の顔を見上げていたからだ。

 女と目を合わせ、「なんだよ」と端的に聞く。
 どうせ怯えるだろうと思っていた女はしかし、にっこりと、人好きのする笑みを満面に浮かべた。

 俺の頭頂部を見上げ、「おっきいね」と嬉しそうに言う。

「は?」

 思わず全身から力が抜ける。
 なんなんだ、この女は?

 俺の図体を見ても、笑い掛けてくる女なんてのが、妹以外にも存在するのか。

 都会にはいろんな人がいる。

 ただそれは、悪いことではないようにも思えた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者とその幼なじみの距離感の近さに慣れてしまっていましたが、婚約解消することになって本当に良かったです

珠宮さくら
恋愛
アナスターシャは婚約者とその幼なじみの距離感に何か言う気も失せてしまっていた。そんな二人によってアナスターシャの婚約が解消されることになったのだが……。 ※全4話。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

悪役令嬢はあらかじめ手を打つ

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしは公爵令嬢のアレクサンドラ。 どうやら悪役令嬢に転生したみたい。 でもゲーム開始したばかりなのに、ヒロインのアリスに対する攻略対象たちの好感度はMAX。 それっておかしすぎない? アルファポリス(以後敬称略)、小説家になろうにも掲載。 筆者は体調不良なことが多いので、コメントなどの受け取らない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】最愛の人 〜三年後、君が蘇るその日まで〜

雪則
恋愛
〜はじめに〜 この作品は、私が10年ほど前に「魔法のiらんど」という小説投稿サイトで執筆した作品です。 既に完結している作品ですが、アルファポリスのCMを見て、当時はあまり陽の目を見なかったこの作品にもう一度チャンスを与えたいと思い、投稿することにしました。 完結作品の掲載なので、毎日4回コンスタントにアップしていくので、出来ればアルファポリス上での更新をお持ちして頂き、ゆっくりと読んでいって頂ければと思います。 〜あらすじ〜 彼女にふりかかった悲劇。 そして命を救うために彼が悪魔と交わした契約。 残りの寿命の半分を捧げることで彼女を蘇らせる。 だが彼女がこの世に戻ってくるのは3年後。 彼は誓う。 彼女が戻ってくるその日まで、 変わらぬ自分で居続けることを。 人を想う気持ちの強さ、 そして無情なほどの儚さを描いた長編恋愛小説。 3年という途方もなく長い時のなかで、 彼の誰よりも深い愛情はどのように変化していってしまうのだろうか。 衝撃のラストを見たとき、貴方はなにを感じますか?

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完結】ああ……婚約破棄なんて計画するんじゃなかった

岡崎 剛柔
恋愛
【あらすじ】 「シンシア・バートン。今日この場を借りてお前に告げる。お前との婚約は破棄だ。もちろん異論は認めない。お前はそれほどの重罪を犯したのだから」  シンシア・バートンは、父親が勝手に決めた伯爵令息のアール・ホリックに公衆の面前で婚約破棄される。  そしてシンシアが平然としていると、そこにシンシアの実妹であるソフィアが現れた。  アールはシンシアと婚約破棄した理由として、シンシアが婚約していながら別の男と逢瀬をしていたのが理由だと大広間に集まっていた貴族たちに説明した。  それだけではない。  アールはシンシアが不貞を働いていたことを証明する証人を呼んだり、そんなシンシアに嫌気が差してソフィアと新たに婚約することを宣言するなど好き勝手なことを始めた。  だが、一方の婚約破棄をされたシンシアは動じなかった。  そう、シンシアは驚きも悲しみもせずにまったく平然としていた。  なぜなら、この婚約破棄の騒動の裏には……。

処理中です...