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探偵社開業

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 僕とキョウちゃんの関係に劇的な変化は無い。
 恋人ごっこはいつまでも恋人ごっこでしかなかったし、友人という関係を超えたわけでも無かった。

 ただ少し、僕の心の中が、キョウちゃんの心の中が変わったというだけで、表面上は何も変わったところなど無かった。
 浅海ちゃんの言葉を借りるならば、『初めてだからって特別なわけでも無いでしょ? こんなの』だ。

 僕が男の人とそういう事をするのが初めてだったからって、別に特別な事でもない。
 僕が女の子とセックスをするのに理由なんて無いのと一緒だ。

 相手がキョウちゃんだったからって、それが変わるわけでもなかった。
 ただ、キョウちゃんは前とは少し変わった。

 それは僕と関係を持ったからというわけでもなくて、多分、比奈ちゃんが死んだことが大きく影響しているのだろう。
 今までは絡んでくる相手を正当防衛程度の暴行で退けていたのに、最近は防衛過多と表現すべき程にボコボコにするようになっていた。

 痛いから使わないと言っていた打撃技も平気で使うようになり、子分になろうとする人間を受け入れ始めた。
 名実共に番長となったキョウちゃんは、子分を使って比奈ちゃんを殺した人間を探し出そうとしているようだった。

 それがどんな方法で行われているのか分からないけれど、付近の不良達が、即席の探偵会社と化していた。
 それでも不良達がキョウちゃんを一番上に据えたままなのは、圧倒的な暴力と、元からあった上に立つ者の才能みたいなのもあったのだろう。
 なにせキョウちゃんの母親は社長をやっていた比奈ちゃんなので、その部分は遺伝というのもあるのかもしれない。

 僕の危険はむしろ減った。
 キョウちゃんが番長として君臨しているために、僕に手を出そうという輩は居ない。少なくとも、キョウちゃんの従えている不良たち全員を相手取る勇気の無い人間には手の出しようも無いのだ。

 まあ、それだけにもっと大きな事件に巻き込まれる可能性は増えたと言うべきなのかもしれないけど。

「最近の彼は凄いわね。私、佐倉響という人間はもうちょっと頭が良いのだと思ってたけど」

 浅海ちゃんはキョウちゃんを指してそう論じた。
 僕が話を振ったわけではないけれど、たまたま近くにキョウちゃんが居たから話題に上ったという感じだ。

 僕とキョウちゃんが一緒に居る時間はいつもより少し減っている気がする。
 登下校は相変わらず恋人ごっこをしているのだけれど、それ以外の時間にキョウちゃんに会うことがなくなった。

 それは僕が避けているわけでもキョウちゃんが避けているわけでも無くて、キョウちゃんが忙しそうにしているからだ。

 学校が終わってキョウちゃんの家を訪ねてみても、居ないことが多い。
 キョウちゃんが僕に居留守を使うわけは無いから、やはり忙しく出かけているのだろう。
 即席の探偵会社の社長業が忙しいのかもしれない。

「今のキョウちゃんは母親が殺されて気が立ってるからね。犯人に対する殺意が多少八つ当たり的に出ちゃうのかも」

「母親が、殺された?」

 学校の人間は当然ながらそんな事は知らない。
 僕だってそんな事を言いふらしたりはしていないから、この学校でその事実を知っているのは僕とキョウちゃんだけかもしれなかった。

 先生はキョウちゃんの母親が死んだという事実を知っているだろうけれど、殺されたというところまで知っているかは分からなかった。
 葬式に参列した人間は比奈ちゃんが殺されたということを知っていたのかもしれないけれど、比奈ちゃんの葬式には学校の関係者など一人も訪れなかった。僕以外は。

 キョウちゃんはしばらく学校を休んでいたから異変に気付く人間が居ても良さそうだったけれど、不良として認識されてしまっているために欠席するのも普通の事のように思われていた。キョウちゃんは一度としてサボった事など無いのだけれど。

「ふうん。さすがの彼も、母親の死には堪えるのね」

「比奈ちゃんは可愛かったからねえ」

「……それ、関係ないわよね?」

 浅海ちゃんにこの話をしたのは、浅海ちゃんならば誰にも話さないだろうと確信していたからだ。
 話す必要も無い事だけれど、せっかくの話題を取り逃がしたくは無かった。
 なにせ、浅海ちゃんは僕の恋人候補の一人だから。

 浅海ちゃんはジッとキョウちゃんを遠目に見ると、「羨ましいわね」と呟く。
 何故、母親が死んだことに対して羨ましいなどと言ったのかは、少ししてから分かったけれど、このときは理解できなかった。

「まあ、どちらにしても、彼の活躍であなたも目立ってるわ」

「そうだね。この頃はキョウちゃんと別々に行動してても僕を避ける人が居るくらいだよ」

「だから一つお願いがあるわ」

「なんだい?」

「私に近寄らないでもらえるかしら? せっかく地味に地味を重ねて、誰にも干渉されずに生きて来たのに、あなたのせいで目立ってしょうがないの」

「嫌だって言ったら?」

「…………」

「浅海ちゃん?」

「…………」

 どうやら無視するということらしかった。
 確かに浅海ちゃんは地味に地味を重ねていて、だからこそ僕は浅海ちゃんを気に入ったのでもあったりしたけれど、誰にも干渉されてないというのは言いすぎである。
 地味と言っても浅海ちゃんほどの女の子、放って置かれるはずが無い。
 僕はむしろ、干渉というよりも鑑賞していたいくらいだ。

 まあ、そんなわけで僕は無視されてしまった。

 どれだけ話し掛けても、おっぱいを触ってみても無視を続ける浅海ちゃんがさすがだったのは、僕を諦めさせたことだろう。
 無感情な、不感症じゃないかと疑いたくなるくらいに無反応な浅海ちゃんの表情は、僕の心を折るのに充分な威力を持っていた。

 しばらくは無視されるのも仕方ないな、と考えていたけれど、浅海ちゃんは徹底していて、それから何日経っても僕と会話をしてくれようとはしなかった。

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