ーー焔の連鎖ーー

卯月屋 枢

文字の大きさ
上 下
20 / 30
~2章~

20話

しおりを挟む
「あれ……?蓮二さん?」

武州に住む心配性の姉・沖田ミツに京小物でも送ってやろうと町に出てきた総司は目的の品を手にし嬉々として店を出る。

総司の視界に入ったのはどうにも不釣り合いな背丈の三人組。
左から、小・大・中。
バラバラなのは背丈だけではなかった。

左の男はまだ少年と言ってもおかしくはない程幼く華奢な身体つき。
丁度、ふくらはぎ程の丈の着物は所々が当て布が繕ってあり決して綺麗ではない。
それでも少年の顔は生き生きとしていて時折綻ぶ顔が何とも愛くるしい。
右を歩く男はザンバラに切った濃茶の髪と人懐っこい笑顔が印象的だった。
腰には美しく装飾された短刀。差料としてはあまりにも不自然すぎる。
総司はその男の足元を見て首を傾げた。
草履や下駄ではない。
黒くゴツゴツとしたものが足全体を包んでいる。
着物は汚れているものの見た所なかなか高価な布地。なのに足元に目をやれば見た事もない履き物。
パッと見、調和の取れていない着合わせだがその男は見事に着こなしていた。

そして、その二人に挟まれる形の男はスラリと背が高く背筋をピンと伸ばし歩く姿がなんとも美しい。
それは間違う事なく総司のよく知る人物、如月蓮二だった。
腰に見覚えのない刀が差してある。
艶のある漆黒の鞘は気取らない程度に小さく梅の花が描いてありその簡素さが刀本来の美しさを際立たせていた。

生まれは違うが三年ほど前から京の町に住んでいたと言う蓮二にこの町での知り合いは多いだろう。
短い期間だが共に生活して来た総司は何人か蓮二の知り合いと接触している。
しかし今、目の前を通り過ぎた蓮二を囲む二人を総司は知らない。

何故か……
自分の知らない男達と楽しげに話す蓮二に苛立ちを覚えた。



小太郎達と談笑していた蓮二は背後に異様な殺気を感じる。
チラリと坂本を見れば彼も気付いたらしく小さく頷いた。
小太郎の腕を掴み走り出そうとした瞬間

「蓮二さんっっ!」
自分の名前を呼ばれた事に体がビクッ と跳ね上がる。
すでに腕を蓮二に掴まれていた小太郎は蓮二以上に驚いていた。
その声と殺気の大元である人間を思い浮かべ嘆息する。

「……総司。頼むからそんなむやみやたらに殺気を放つな。可愛い顔が台無しだ」
振り返れば案の定、張り付いたような笑顔でどす黒い殺気を放つ総司が居る。

「あぁ、すいません。蓮二さんが不逞の輩に連れて行かれるのかと思いまして」
棒読みされた言葉に真実味は皆無。
坂本はわしゃあ、不逞な奴に見えちょるんかのぅ、と苦笑い。

「俺の知り合いだ。それよりお前は何してんだ?非番だっけ?」
蓮二の言葉に強烈な殺気は消えたものの未だ微弱に放たれていた。
ズカズカと歩み寄って来たと思ったら坂本を手で押しのけ無理矢理蓮二の隣を確保する。

「えぇ。非番ですよ。姉に京小物でも送ってやろうと買いに来たんです」
蓮二の腕にがっしりと自分の腕を絡ませる総司。
相変わらずの笑顔だが目だけは笑っていない。
その目を蓮二の左隣に立つ小太郎に向けた。
一瞬、何が起きたのか分からない小太郎だったが自分に向けられた鋭い視線で状況を理解する。

「どちら様でしょうか?」
「私は新選組一番隊組長、沖田総司です。あなたいくつですか?子供はそろそろお家に帰った方が良いですよ?」
「残念ながら子供じゃありません。もう十九です。新選組ならちゃんと仕事して下さいよ。さっきまで蓮二さんとさかも……フガッ」

坂本の名前が出そうになった時、蓮二は咄嗟に小太郎の口を塞いだ。
別に隠す事ではないだろうが体がつい反応してしまった。
坂本を見れば、両の手を合わせおおきにと口を動かす。

「お前ら二人とも子供だから心配すんな」
呆れ口調の蓮二に二人は一瞬しょげるが、バッと顔を上げると同時に蓮二の腕に絡みつき火花を散らし始めた。

端から見れば、異様な光景である。
美丈夫な男を二人の青年(少年?)が取り合いしているのだ。
一瞬大人しくなったがその後またすぐに戦いの火蓋は切られた。
蓮二を挟んで、ギャーギャーといつまで経っても終わらない口論に今度は蓮二の堪忍袋の尾が切れる。

「だあぁぁぁ!もう、うるせぇよっっ!!何なんだよ、お前らは!まず、腕離せっ!」
蓮二の恫喝にピタリと口を噤む。
そしてお互いを指差し、

「「だってこの人が……」」
と声を揃えた。

「わははははっ!蓮二くんは皆に好かれちょるのー!」
腹を抱えて笑い出す坂本を見て総司達は顔を赤らめる。

「才谷さん……笑い事じゃないですよ……」
はぁと溜め息をつき、改めて二人を見る。

「総司、こちらで笑っている方は才谷梅太郎さん。土佐の……商家の方だ。で、お前が口喧嘩してたのは、小太郎。おれの友人で露天商をしながら全国を歩いてる」
友人と紹介され照れくさそうに頬を掻く小太郎に総司はまたもや食って掛かる。

「私なんて毎日、蓮二さんと寝食を共にしているんですから!」
「おいっ!誤解を招くような言い方をすんな。同じ屯所内ってだけだろうが」
最早、何の話になっているのかさっぱり分からない。

「露天商と土佐の商家の方が蓮二さんに何の用なんですか?まさかっ!?立場を利用して新選組にいかがわしい物でも売りつける気ですかっ?それならば、私がこの場で斬り捨てて差し上げます」
カチンと鯉口を切る音に蓮二は素早く反応し総司の手を押さえる。

「物騒な事言うな。小太郎は俺の探してた物を届けてくれただけだ。才谷さんは……まぁ、偶然バッタリ……?」
沖田は蓮二の曖昧な言葉を聞き坂本に訝しげな視線を向ける。

「おぉ、そやった。わしゃあ今から行かにゃならん所があるき。つもる話もあるがほりゃあまた今度にしよう。さっきは助けてくれておーきに。それほんなら、蓮二くん、小太郎、沖田くん」
言い終えると同時に坂本は脱兎の如く走り去る。
苦笑いをする蓮二にキョトンと目を丸くする小太郎。
沖田に至っては鯉口に掛けた手のやり場が無くなりガックリと肩を落としていた。



「蓮二さん、届け物ってもしかしてその刀ですか?」
気を取り直した総司は蓮二の腰にぶら下がっている見覚えのない刀を指差す。

「あぁ。昔、一目惚れしたんだがその時買えなくてな。すれ違いを繰り返して俺の所に帰ってきた」
刀を愛おしそうに撫でると、優しく微笑む。その顔はまるで恋人を愛でるようで……。
先程まで総司といがみ合ってた小太郎も釣られて笑顔になる。

「蓮二さんのその顔が見れただけで各地を走り回ったかいがあります。本当にお返し出来て良かった」
「小太郎、ありがとうな。お前が居なかったらコイツとは二度と会えなかったかもしれない」

焔への執着はどこから来るのか蓮二自身も解らなかった。
ただ、焔に初めて出会った時に感じた懐古は自分の手に収まった事で確信に変わる。
遠い昔、自分はこの刀と共に過ごし数多の戦場を駆け抜けたと……。

ーー戦場……?

何故、自分は戦場だと思った?
今時、合戦などあるわけがない。
幕府がこの国を治めてから小競り合いはあっても戦などと云う大掛かりなものは起こっていない。なのに……何故?
帯刀していただけでなく焔で多くの命を奪った事を身体が覚えている。
人の血を吸い輝きを増す焔。
それを当然の如く受け止めていた蓮二。
まるで蓮二自身が血を求めているかのような錯覚を起こし肌がゾワリと粟立つ。

俺はいつから人を殺めている?
何の為に刀を手にした?
何故、人を斬る?
どこで戦っていた?



俺は誰だ……?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

沖田氏縁者異聞

春羅
歴史・時代
    わたしは、狡い。 土方さまと居るときは総司さんを想い、総司さんと居るときは土方さまに会いたくなる。 この優しい手に触れる今でさえ、潤む瞳の奥では・・・・・・。 僕の想いなんか蓋をして、錠を掛けて捨ててしまおう。 この胸に蔓延る、嫉妬と焦燥と、独占を夢みる欲望を。 どうして俺は必死なんだ。 弟のように大切な総司が、惹かれているであろう最初で最後の女を取り上げようと。 置屋で育てられた少女・月野が初めて芸妓としてお座敷に出る日の二つの出逢い。 不思議な縁を感じる青年・総司と、客として訪れた新選組副長・土方歳三。 それぞれに惹かれ、揺れる心。 新選組史に三様の想いが絡むオリジナル小説です。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

吉宗のさくら ~八代将軍へと至る道~

裏耕記
歴史・時代
破天荒な将軍 吉宗。民を導く将軍となれるのか ――― 将軍?捨て子? 貴公子として生まれ、捨て子として道に捨てられた。 その暮らしは長く続かない。兄の不審死。 呼び戻された吉宗は陰謀に巻き込まれ将軍位争いの旗頭に担ぎ上げられていく。 次第に明らかになる不審死の謎。 運命に導かれるようになりあがる吉宗。 将軍となった吉宗が隅田川にさくらを植えたのはなぜだろうか。 ※※ 暴れん坊将軍として有名な徳川吉宗。 低迷していた徳川幕府に再び力を持たせた。 民の味方とも呼ばれ人気を博した将軍でもある。 徳川家の序列でいくと、徳川宗家、尾張家、紀州家と三番目の家柄で四男坊。 本来ならば将軍どころか実家の家督も継げないはずの人生。 数奇な運命に付きまとわれ将軍になってしまった吉宗は何を思う。 本人の意思とはかけ離れた人生、権力の頂点に立つのは幸運か不運なのか…… 突拍子もない政策や独創的な人事制度。かの有名なお庭番衆も彼が作った役職だ。 そして御三家を模倣した御三卿を作る。 決して旧来の物を破壊するだけではなかった。その効用を充分理解して変化させるのだ。 彼は前例主義に凝り固まった重臣や役人たちを相手取り、旧来の慣習を打ち破った。 そして独自の政策や改革を断行した。 いきなり有能な人間にはなれない。彼は失敗も多く完全無欠ではなかったのは歴史が証明している。 破天荒でありながら有能な将軍である徳川吉宗が、どうしてそのような将軍になったのか。 おそらく将軍に至るまでの若き日々の経験が彼を育てたのだろう。 その辺りを深堀して、将軍になる前の半生にスポットを当てたのがこの作品です。 本作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

御様御用、白雪

月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。 首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。 人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。 それは剣の道にあらず。 剣術にあらず。 しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。 まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。 脈々と受け継がれた狂気の血と技。 その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、 ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。 斬って、斬って、斬って。 ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。 幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。 そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。 あったのは斬る者と斬られる者。 ただそれだけ。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

色は変わらず花は咲きけり〜平城太上天皇の変

Tempp
歴史・時代
奈良の都には梅が咲き誇っていた。 藤原薬子は小さい頃、兄に会いに遊びに来る安殿親王のことが好きだった。当時の安殿親王は皇族と言えども身分は低く、薬子にとっても兄の友人という身近な存在で。けれども安殿親王が太子となり、薬子の父が暗殺されてその後ろ盾を失った時、2人の間には身分の差が大きく隔たっていた。 血筋こそが物を言う貴族の世、権謀術数と怨念が渦巻き血で血を洗う都の内で薬子と安殿親王(後の平城天皇)が再び出会い、乱を起こすまでの話。 注:権謀術数と祟りと政治とちょっと禁断の恋的配分で、壬申の乱から平安京遷都が落ち着くまでの歴史群像劇です。 // 故里となりにし奈良の都にも色はかはらず花は咲きけり (小さな頃、故郷の平城の都で見た花は今も変わらず美しく咲いているのですね) 『古今和歌集』奈良のみかど

豊玉宗匠の憂鬱

ももちよろづ
歴史・時代
1860年、暮れ。 後の新選組 副長、土方歳三は、 机の前で、と或る問題に直面していた――。 ※「小説家にな●うラジオ」ネタ有り、コメディー。

強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。 こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。 しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。

処理中です...