ーー焔の連鎖ーー

卯月屋 枢

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~2章~

18話

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総司の件から数日…
久しぶりに非番を貰ったもののこれといって予定の無い蓮二は暇を持て余し屯所内をうろついていた。

門前に見知った顔を見つけ話し掛けるべく近付く。
誰かと談笑している様子だが蓮二の居る場所からはその人物が伺えない。

「山南さん。何してるんですか?」
こちらに顔を向けると春の日差しのような笑顔で手招きをする。

「あぁ、やっと来た」
噛み合わない会話に蓮二は怪訝な表情を浮かべた。
それを見た山南は不思議そうに首を傾げる。

「あれ?先程、隊士に君を呼んで来るように言ったんだが……会わなかったかい?」
「いえ、会いませんでした」
すれ違ったみたいだね。と苦笑を漏らすと先程山南と話していた人物の袖を引き蓮二の前に出す。


「……っっ?!小太郎?!」
おずおずと姿を見せたのは紛れもなく小太郎だった。

「君にどうしても会いたいと言って門番と言い争いをしてる所に偶然通りかかってね」
門番を見れば、気まずそうに目を逸らす。
以前、浪人だった頃の蓮二を追い返そうとした門番はまたもや門前払いをしようとしたのだ。
呆れたように溜め息をつくと門番は大柄な体を屈め萎縮した。

「近くに居た隊士に君を呼ぶように言って、彼と話をしていたんだよ。行商で全国を歩いていると聞いて感心していたんだ」
穏やか笑みを向けられ小太郎は照れくさそうに俯いた。

「そうだったんですか。助かりました、山南さん。彼は俺の大切な友人なんです」
蓮二が軽く頭を下げると小太郎もありがとうございます!と頭が膝に付く勢いでお辞儀をする。

「いやいや、私は大した事はしてないからね。逆に楽しい話が出来てこちらが感謝したいくらいだよ。小太郎くん、また旅の話を聞かせてくれるかい?」
「私のお話で良ければいつでもっ!」
弾かれるように顔を上げ満面の笑顔を山南に贈る。
それじゃあ私はこれで と立ち去る山南の背中をいつまでも見送る小太郎の頭を蓮二は笑いながらくしゃりと撫でた。

「ここじゃあゆっくり話も出来ねえな」
小太郎を促し歩き始めた蓮二の後ろ姿がやけに楽しげに見える。
弾むような足取りで並んで歩く2人の後ろ姿は仲の良い兄弟を見ているかのようでそれを見送っていた門番の顔が自然と綻んだ。




ーーーーーー
一部の木々が赤や黄色に色付き始めた壬生寺の境内には子供達の遊ぶ声が響く。
和やかな雰囲気に頬を緩めながら二人は一角の石段に腰を下ろした。

「久しぶりだな。元気にしてたか?」
「はい。蓮二さんもお元気そうで何よりです」
にこやかな小太郎とは反対に蓮二の表情が少し曇る。

「少し痩せたんじゃないか?ちゃんと飯食ってんのかよ?」
元々、名前の通り小さかった小太郎だが初めて会ったあの時よりも一回り程細くなり風が吹けば体毎飛ばされるのではないかと心配になる。

「大丈夫ですよ。歩き回るから食べても太らないだけです。体は至って健康ですから」
「そうか?なら良いんだが……」
声の張りは以前と差ほど変わりない事に少し安心した。
肌寒さを感じる秋風に少し身を縮め楽しそうに走り回る子供達を見つめる。

「相変わらずお優しいんですね。あの時も私の心配してくれました」
懐かしそうに目を細める小太郎を横目に蓮二は頭をガシガシと掻く。

「あぁ……そうだったか?あんま覚えてねえや」
「友人になろうって言って貰った時、本当に嬉しかったんです。だから私は蓮二さんの為に私が出来る事は精一杯させて頂きますよ」

幼さがまだ残っている笑顔は彼の魅力の一つだろう。

「早速なんですが……。この三ヶ月、ずっと焔を探し続けました」
途端に胸が熱くなる。
出会いから三年。ようやく手元に来るはずだった焔はまたもやすれ違いで遠く離れてしまった。

「見つかったのか……?」
期待と不安で声が震えた。
俯き加減の小太郎はなかなか口を開こうとせず更に蓮二の不安を煽る。




「見つかりました」

しばしの沈黙の後、静かに…しかし…ハッキリと告げた。




この時をどれだけ待ったのだろう。
焔を思い出すたびに、体中が熱を帯び鼓動が速度を増す。
喜びに打ちひしがれていると、
ちょっと待っていて下さい。
と言い残し境内を去った小太郎が足早に戻ってきた。
小太郎の胸にしっかりと抱えられた物が目に飛び込んできた瞬間。
蓮二は走り出していた。


焔は鮮やかな紅紫に薄桃の房紐が結わえてある刀袋に納められていた。
小太郎から受け取り刀袋から取り出したそれは紛うことなく『焔』
慈しむように撫でた時カチャリと鯉口が切れる音がした。
柄を握りゆっくりと鞘から抜けばゆらゆらと刀身を守るように紅緋の光を放ち輝く。
手にしっくりと馴染む感覚は昔から使っていたのでは?と錯覚を起こすほど蓮二自身と一体になる。


「私が確かめた時はこんな光は見えなかったのですが……。やはり、持ち主だからですかね?」
そうなのだろうか?
しばらく魅入っていると光は徐々に消えてゆく。

「お、おい……っ。これは……」
完全に光を失った焔は一見すると普通の刀でしかなくなった。

「大丈夫ですよ。ずっと光り輝いてては妖刀扱いされます。多分、何らかの要因で光を放つのでしょう」
何食わぬ顔で小太郎は言うが蓮二にしてみれば自分のせいで光を失ったのではと気が気でない。

「行方知れずになってからかなり持ち主が代わっているようで、とある侍は人も切れぬなまくら刀だと言ったそうです」

まじまじと焔を見てみるが重ねも程良くあり、平肉の厚みにも問題なくどう見てもなまくら刀とは思えない。
どこが?と言いかけた蓮二の言葉を遮り小太郎は焔について語る。

「持つ者により重さや切れ味が変わるらしいのです。焔自身が主を選ぶのでしょうか?今までの所有者でまともに焔を使えた人は居ないそうです。使えぬ刀を売りたがっている侍が居ると聞き買取に行った所その刀が『焔』でした」

俄かに信じ難いが小太郎が嘘をつくはずもなく。

「そうか……。ありがとうな、小太郎。これの代金だがいくらになる?」
「いえ……。代金は要りません。元はといえば私が悪いのですし、父からは持ち主に返すようにといわれていますので」

…その代わりこの先もずっと友人で居て下さい。
と、はにかむ少年に蓮二は何度も礼を述べ、甘味をごちそうするという事で手を打った






愛刀を腰に差し、弾む心を抑えきれない蓮二は小太郎を連れ鍵善に向かい歩みを進めていた。
大仕事が一つ終わった事で気持ちが楽になったのだろう。
隣りで楽しげに話す小太郎の只でさえ幼い顔立ちは更に少年っぽさを滲ませていた。


「あっ!」
突然出された大声に蓮二の体はビクッと跳ねる。

「な、なんだよ……突然叫びやがって……」
「知り合いなんですっ!ほらっ、今走ってる人!!」
小太郎の指指す方向には確かに誰かが走り去る所だった。

そしてそのすぐ後に数人の男達がその人物を追うように走っている。

「追われてるみてえだな」
「どうしよう……蓮二さん」
目を潤ませ上目使いで見つめる小太郎の可愛さに蓮二は、うっと言葉を詰まらせる。
どうも最近、自分の周りに子犬や小動物っぽい人間が集まりつつあるらしい。

「わーったよ!だからその目止めろ。どうも調子が狂う」
大きな溜め息を吐き出すと、行くぞと言い先程男が逃げていた方に走り出した。
その後ろを置いてかれまいと必死に付いてくる小太郎。


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