ーー焔の連鎖ーー

卯月屋 枢

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~1章~

12話

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元治元年(一八六四年)七月十九日

攘夷主義を掲げて朝廷に支配的影響力を有した長州藩は、文久三年(一八六三)八月十八日の政変で薩摩藩兵に京都を追われて失脚。
その後長州藩が再起を期している矢先、池田屋事件が起き多数の長州藩士が殺害、捕縛された。
これに憤激した長州藩では、九坂玄瑞、来島又平衛、真木和泉らの急進論が支配的となり、京都守護職の追放を掲げて藩兵が決起。

益田、久坂玄瑞らは山崎天王山に、国司信濃、来島又兵衛らは嵯峨天龍寺に、福原越後は伏見長州屋敷に兵を集めて陣を構える。

七月十八日夜、長州は御所を目指して突入した。
長州側からの赦免の嘆願が、禁裏御守衛総督・一橋慶喜の「まず長州藩が撤兵せよ」という主張により、最終的に拒絶される。
長州と会津、薩摩、桑名藩を中心とした幕府側との全面対決は免れなくなった。

これにより新選組にも出動要請が掛かる事となる。



この戦いで新選組は九条河原に布陣したがこれといった動きもなく一同は苛立ちを募らせていた。


一方、蓮二は土方の命により松平容保のもとを訪れていた。
目前に迫る長州の軍勢に会津藩が布陣する一帯は騒然としている。

「容保様、新選組副長助勤 如月蓮二でございます」
蓮二は膝を折り深く頭を下げる。
人前という事もあるが戦の真っ只中でいつものような砕けた態度ははばかられる。

「おぉ、蓮二か。……恐れていた事が現実となったな。出来れば避けたかったのだがこうなっては仕方あるまい」
「ええ……。残念でなりません。せめて京の街に火が回るのだけは防ぎたいですが……」
東庵とお悠にはすでに京都を離れるように言ってある。
それでも数年間過ごし思い出の少なくないこの街が火に包まれる事は阻止したい。

「うむ……。ところで新選組は九条河原にいるはずだが……どうした?」
「未だ待機中でございます。それについて新選組局長より容保様にお願いがあります」
「なんだ?申してみよ」
「新選組の御所近辺警護をお許し頂きたいのです。伏見は、桑名藩を始めとする所司代が交戦中ですがそれももう終わるでしょう。河原は逃れた残党が数名来ただけでこれといった動きがありません。残るは山崎天王山より進撃してくる部隊と、天龍寺の部隊。長州の死をも怖れぬ勢いに圧されつつあるように見受けられます。薩摩や会津藩の力を軽視している訳ではありませんが新選組の力は必ず必要となるでしょう。少しでも早い状況打破の為に松平様より直々に御命令頂きたいのです」

一気にまくし立てられた言葉に容保は瞠目する。

「それはお前の考えか?」
それまで神妙な面持ちを携えていた蓮二は小さく失笑する。

「……いえ。副長の」
「フッ。さすがだな。私と面識、いや…私とお前の親好の深さを知ってて蓮二相手なら断らぬと考えたんだろうな」
「……。」
容保の言う通りだった。
蓮二ならば容保と繋ぎを取りやすく話を通せると土方は言った。

「……頭の切れる男だな。人が良すぎて頭より躰が動く近藤と、畏れを知らぬ頭脳の土方か、良い組み合わせだ」
「私もそう思います。で、容保様。お返事は如何でしょうか?」

「良いだろう。京都守護職の名において命ずる。これにて、新選組は御所警護及び、長州掃討に向かえ」
蓮二は容保に深く一礼するとすぐに九条河原へ走った。




隊士達の苛立ちはとうに限界を超え、待機中の会津藩士と小さな小競り合いが始まっていた。
平隊士だけじゃない。
組長連中も苛立ちを抑える事が困難になっていた。

「土方さん、俺らは何しに来たんだ?こんな所で逃げ腰の残党を斬るだけの為に集められたのか?」
「いくらなんでもこの扱いはひでえぜ?」

永倉と原田も我慢の限界だった。
伏見へ向かえば、新選組が応援に来る事を聞かされてなかった桑名藩に門前払いを食らい会津と連絡を取ればここ九条河原にて待機せよと言われた。
来てみれば会津本陣から待機を命じられた下っ端藩士が寄せ集められる、戦には程遠い所であった。
土方は何か考えがあるらしくしばらくこの場で待機せよと言う。

あれから二刻。

土方自身も多少苛立っていた。自分の判断が正しければ蓮二は必ず朗報を運んでくるはずだという確信と荷が重すぎただろうかという焦燥。




「おいっ!如月さんが帰って来たぞっ!」
誰かが叫び指差す方角には夏の暑さなど微塵も感じさせないほど颯爽と馬を走らせる蓮二の姿が映った。

「蓮二くんっ!会津公はなんと仰せになった?!」
真っ先に問うたは土方と共に蓮二を会津公の所に送った近藤だった。
馬上とはいえ、相当急いだのだろう。
しばらく肩で息をしていた蓮二は大きく深呼吸を一つすると全隊士達に聞こえるような声で叫んだ。

「京都守護職 会津松平容保様からの御命令であります。新選組はこれより京都御所警護と、長州掃討に出動せよっっ!」
沸き起こる歓声と気合いを入れる叫び。それまで怒りや悔しさを滲ませていた隊士達の目に輝きが戻る。
喜び勇む隊士達を見回し蓮二はホッと息をつく。原田や永倉がこの時を待ってたんだぜっ!と言いながら蓮二の肩を叩いていく。

「ご苦労だったな。やはりお前に任せて正解だった。これからが本当の戦いだっ!気合い入れろよ?」
労いの言葉もそこそこに、戦への高揚感を隠しきれない土方の姿に蓮二は小さく笑った。


新選組が御所に到着した時はすでに激戦となっていた。
境町御門から突入した新選組は二手に別れる。

近藤、永倉、松原、谷は会津藩が守る蛤御門へ。
土方、原田、斎藤、そして……蓮二は、九坂玄瑞が立てこもる鷹司邸へ。

鷹司邸では、会津、桑名藩が周りを取り囲んだ状況だった。

「副長、これでは我々も中への侵入は難しいかと思われますが……どうなさいますか?」
そう土方に問うは新選組 三番隊組長『斎藤 一』普段は非常に寡黙だが、一度剣を握ればその腕は総司に負けるとも劣らない。

「掻い潜る事が出来ない訳ではなさそうだが……。なあ蓮二、この状況で九坂はどう打って出ると思う?」
鷹司邸に潜り込む策を考えながらも、敵の出方も気になる。

「立てこもる人数にもよるが、見た所それ程多くはないだろう。ならば、奴は腹を斬る事を選ぶ」
「何故、そう断言出来る?」
「これだけ動きがないのは、九坂が鷹司を取り入れるのに相当手間取っているはず。もう既に、見切りをつけられてる可能性もある。そうなりゃ奴らは四面楚歌だ。逃げ切れねえと分かれば、腹斬るしかねえだろ?ただ……腹斬って、はい、終わりって簡単にはいかないだろうな。何か仕掛けてくる」
蓮二の確信を持った口調にその場に居た者は、少なからず驚いた。
土方は、しばらく考え込むと閉じていた目をゆっくり開け、指示を飛ばす。

「原田の隊は境町御門に戻り、諦めの悪い長州の連中を痛めつけてやれ!斎藤と蓮二は俺と共に来い!残った隊士は、蛤御門へ向かえ」
「おぅ!任せとけっ!鼠一匹通さねえぜっ!」
「御意」
「ああ、分かった」

それぞれが走り出したその時。



ドゥンッ!!


御所に向けて大砲が放たれた。



----

近藤達が蛤御門に到着した時、会津は劣勢に立たされていた。
『来島又兵衛』率いる長州軍の勢いは止まるところを知らなかった。

「新選組参上仕った!会津の方々、助太刀致すっ!」
辺り一帯に響いた低く張り上げた近藤の声は、かつての新選組筆頭局長『芹沢鴨』を思い出させる威厳を漂わせる。

「我ら同朋の仇となる新選組めっ!会津共々返り討ちにしてくれるわっ!」
それまで会津藩と刃を交えていた来島が、唾競り合いを解き、近藤に向かって一直線に走ってきた。
ガキンッーー
難なく受け止めたものの、想像以上に重い一振りに近藤は一瞬、顔を歪める。
この男のーーいや、長州の尊皇攘夷の志しに加えて、池田屋で斬り伏せた志士への情念はこれほどまでに重いのか……。

「天子様にはなんとしても我々の元へ来て貰わねばならんっ!それを邪魔するものは排除するのみ!会津、新選組ならば尚の事だっ!」
「そのようなやり方を天子様がお望みと思うかっ!?戦をもってお連れしようなど笑止千万!」
「黙れっ!お前らのような農民侍に我らの志の高さなど理解出来まいっ!」
それには近藤も怒りを露わにする。

「田舎侍とて、この国を思う気持ちは変わらぬ。志とは、身分ではない。そこに住まう者全てに存在する心だ!それを自らの盾にして刀を振るうなど、それこそ武士の風上にも置けんっ!」
交差する刃から火花が飛び、お互いに睨み合う。

その時……

ドゥンッ!!

来島の後方より、長州軍が大砲を放った。
これには、来島も驚いた。

「なっ!?誰が……」
確かに長州側が完全不利とあらば、威嚇射撃を許可していた。
だが、今の状況は『完全』不利ではない。

近藤の刀を力一杯押しのけ、後方に飛び退く。

放たれた大砲により、会津側が狼狽え、戦況は少しずつ長州に傾いていた。
しかし……来島はこれは期にならず、逆に負けると悟った。

それまで傍観していただけの薩摩が動き出したのだ。



尊厳たる風格を持って現れたのは薩摩藩軍賦役『西郷隆盛』
人並み外れた体躯と厳つい顔立ちはそれだけで、その場の人間を竦み上がらせた。
馬に跨り威風堂々たる態度に、来島も近藤も息を呑む。

「朝廷に向かい大砲を打つなどもってのほかござんで。そん行為の恥を身を持って知うが良かっ!」
そう言うや否や、長州に差し向けた手を振り下ろす。
それを合図に薩摩藩は構えた銃を発砲した。
響き渡る銃声と共に倒れて行く長州志士。

近藤はその光景に身震いした。
それまでは刀を交え、人 対 人の戦いだった。
それが……一方的な虐殺とも言える地獄に変わったのだ。

「こ、こんなはずではなかった……。我らはただ天子様を想い……」

肩を震わせ、膝を付きうなだれる来島の姿はなんとも哀れだった。
目指す方向は違えど、彼もまたこの国の未来を憂い立ち上がった男の一人。
彼が夢見た未来は、たった今、崩れ落ちようとしている。

「おのれ……西郷め。このまま殺られてなるものか……」
来島の小さな呟きは近藤の耳に届かなかった。


来島は持っていた刀を捨てると近くに落ちていた銃を拾い、西郷に向けて発砲した。
その銃弾は西郷の足を捉えた。
ウッ と呻きを上げ顔をしかめたが、その視線は来島に向けられたまま。

西郷の傍らにいた男の銃が火を噴く。
確実に胸を撃ち抜かれた来島の躰は、ゆっくりと後方に倒れる。
ふと、来島と目が合った。

苦痛と悔しさで歪んだ顔…強い意志のこもった瞳は志は違えど、同じ武士として刃を交えた近藤を称えるような光を放っているように見えた。

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