ーー焔の連鎖ーー

卯月屋 枢

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~1章~

10話

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こんなに早くこの場所に足を踏み入れるとは蓮二自身も思っていなかった。

(あれだけ拒否しておいてこれはねえよな……)
大きな溜め息と共に門をくぐった。


ーーーーーー

「私が局長の近藤勇です。如月蓮二くんだったかな?」
威厳のあるその風貌とは反対に、近藤は優しく温和な笑みを浮かべた。

「人の誘いを断っておきながら、推薦状持ってのこのこやってくるたぁ、良い度胸だな……」
近藤の隣で不満を露わに嫌味を言うは、以前『新選組に入れ』と勧誘をしてきていた鬼の副長 土方歳三その人だ。

「まあまあ、歳。松平様直々の推薦の上にお前と総司のお墨付きなんだ。安心して迎えられるじゃないか」
「チッ……。理由をあれこれ付けて断った癖に急に手のひら返すたぁ、どういう了見だ?」
土方の眉が一層深められる。

「正直自分でも信じられませんよ。かたも……コホン……松平様からお達しがあって私はここに参りました。先日、土方殿に申し上げた通り私は成すべき事があります。ですが松平様曰く、新選組にてその願い叶えられるやも知れぬと……」
蓮二は普段とはかけ離れた仰々しい話口調で、近藤と土方をしっかり見据えた。

「お前が求めるものってのは何なんだよ……」
「言わなくちゃあなんねえのか?別にここに迷惑はかかんねえと思うがな……」
土方は蓮二の口ごもった様子に不快さを露わにする。
敵とは思わない。松平公とは推薦状を出して貰う程の仲なのだ。
だが……何かを隠している。それが気に入らない部分であり、心のどこかにモヤモヤと黒い感情を沸き起こらせる。

「言えねえってのは、やましい事でもあるんじゃねえのか?」
抑えきれない感情によって吐き出された言葉は、なんとも嫌味ったらしくて、土方はそんな自分に小さく舌打ちした。

「言えねえ訳じゃねえよ。別に言うほどじゃないだけだ」
隠すほどの事ではないが、自身すら未だに疑問を持っている。それを説明して、目の前の二人が納得してくれるとは限らない。

「新選組に仇を為すとは思えねえが、あれだけ大口叩いたくせにそう簡単にこちら側に転がり込むんだ。不信に思われて当然だと思わねえか?」
そう言いながら、少し辛そうに顔を歪める土方を見て蓮二は諦めたように嘆息した。




淡々と紡がれた蓮二の話に、近藤と土方は驚きを隠せなかった。
蓮二が語った会津公との繋がりにも驚いたが、それ以上に……

彼が持つ別の記憶と言うものに二人はただ呆然とした。
信じ難い話だが、目の前にいる男が嘘をついている様にはとても見えない。
それどころか、信じざるを得ない代物が彼の懐から出てきた。

ボロボロになった着物の切れ端と懐刀……それには確かに彼の話が真実である“証明”が刻まれていた。


ーー真田六文銭ーー

かの有名な真田家の家紋。
『真田幸村』
幸村は戦国時代、大阪の陣にて豊臣側に仕え、一時は徳川を窮地に立たせた人物。
徳川と対立したのにも拘わらず、この時代に天才軍師として名を馳せたのは、軍記物語『難波戦記』による人気のお陰だろう。
近藤自身も難波戦記は読んでいた。物語の面白さに寝る間を惜しんで読んだ記憶がある。

その真田幸村の遺品を持っていると、目の前にいる男が言うのだから腰が抜けるほど驚いた。
十年ほど前に記憶を無くした状態で会津公に拾われたらしく、その時所有していた物が真田家の家紋が入った布切れと小刀。
正体不明の蓮二を受け入れてくれた会津公には深く感謝し、生涯の忠誠を誓うはず……だった。

だったと言うのは、時が経つにつれ蓮二の中に不安定ながらも記憶が蘇る事があったのだ。
そういう時には必ず意識を失うほどの頭痛とめまいに襲われる。
容保と剣術の稽古をしている時、突然記憶の片鱗が蘇り苦痛に耐えきれず倒れた。その後、蓮二は二日間意識を取り戻さなかったという。
その時、寝言のように

「信繁……俺を一人にしないでくれ」

と呟いたと言う。それを聞いた容保は、自分や会津に忠誠を誓うのを禁じ、友として接するよう命じた。

『本当に仕えるべき主がいる』
容保からそう言われた蓮二は本当の自分を探し始めた。
あまりにも曖昧な記憶の欠片と、手元に残った真田を示す物。
たったそれだけで何が解ると言うのか?
蓮二自身、先の見えない事態に苛立っていた。

確かに自分は…以前誰かに仕え、心からの忠誠を誓い、その者と生きていた。


そんな時、ある“もの”に出会った。
何故か分からない。
惹かれたとしか言い様がない……。
自分の手元にあるべき物だと確信した。
それを見た瞬間、自分の中にあった空白の一部が埋められたのだ。

『また一緒に居られるね』

そんな声が聞こえた気がする。
優しくて、清らかな声だった。
だが……それが手元に戻ってくる事は無く。
ほんの少しのすれ違いで蓮二とまたもや引き離された……

彼らの名付けを借りるのならば

『焔』

現在は行方知れずだが、あの時友人となった小太郎が必死で探してくれているはずだ。
心配でないと言えば嘘になるが、焔は必ず自分の元に帰ってくると信じてる。
焔も自分の所に帰ってくる為に、一生懸命足掻いてくれているんじゃないだろうか?
そんな気がした。

本来ならば離れるべきじゃ無かった。
ただの手違いか……
それとも何かの力によって、無理矢理引き離されたのか……
蓮二と焔はいつしか離れ、再び出会うまで互いの事を思い出しもしなかった。
いや……忘れていたのは蓮二だけだったのかもしれない。

あの時の焔は再会を心待ちにしていたような気がする。
そんな焔を二度までも手放してしまったのだ。

『次こそは絶対に離さない』

そう心に誓い、小太郎から便りが来るのを待ち望んでいる。


焔について語る蓮二はまるで恋人を自慢するかのようで……。
その様子に、チリッと胸が痛んだのは多分気のせいだ。
悪戯に心がかき乱され少しばかり動揺した土方は、鬼らしくあれと顔を引き締める。
蓮二が探す『焔』という刀。
それはいずれ解決するだろうと本人は言う。
では何故、新選組に属する事に少なからず抵抗を示したのか……?

それは、会津公が言う、
『本当に忠誠を誓う相手が居る』
という言葉が彼の中で足踏みをさせた。

蓮二の中では“裏切りの行為”になる気がするという。
新選組に入隊するということは会津や幕府に忠誠を誓ったようなもの。
本来の忠義の主を見つけられないうちにどこかに属してしまうことをためらっているのだと寂し気に瞳が揺れる。

「だからあの時…お前の誘いを断った。友である容保の願いでなければ、どんなにここが魅力的だろうと来る気は無かった」


彼は自分の小さな過ちに気付いただろうか?
来る気が無いと言いながら、新選組が《魅力的》だと言ったのだ。
大いに興味を持っているのだと確信できる言葉を発した。
土方は緩む頬を止められなかった。

この男は間違いなく新選組の為に尽力するだろう。
蓮二を取り入れる事で新選組は大きく前進するのではないかという予感。

自分たちの目的のためであるなら
『利用出来るものは、利用すれば良い』
脳裏を過った黒く禍禍しい“鬼”の一面に土方はニヤリと笑い蓮二を見た。

近藤の思いを叶える為
近藤を高見に上げる為

そして心の奥底に揺らめく自身の蓮二に対する興味のため。


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