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~1章~
8話
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「ほう……俺の誘いは断っておいて総司とは剣を交えるってか?」
井戸で汗を流しながら談笑していた蓮二達の背後から低く鋭い声が発せられた。
「「「ふ、副長っ!?」」」
その声の主を知る隊士達はその場に凍り付く。
「あっ、土方さん」
その威圧感に圧される事ない総司は人懐っこい笑顔でその男の名を呼ぶ。
「流れだよ。別に自分から望んだわけじゃねえ」
また蓮二も気にする様子もなく、土方の問いに答える。
「あの時も流れで頷きゃ良かったんじゃねえか」
土方の回りに黒く禍禍しいものが漂い始めた事に気付いた隊士達は小さな悲鳴を上げて逃げ出した。
「それとこれとは別だ。俺には俺のやらなきゃならねえ事があるしな」
「それが新選組に入らねえ理由か?」
「全部とは言わないが、その内の一つではある」
鋭い視線に臆する事なく、蓮二は土方を見据えた。
「えっ?蓮二さん新選組に入るんですか?」
空気の読めない男がここに一人……。
「総司……話聞いてなかったのか?こいつは入隊を断ったんだよ……」
「蓮二さんが入ってくれたら百人力ですねえ。私よりも強いですし」
「だからっ!断られたって言ってるだろうがっ!」
全く話を聞いていない総司に、土方はハア……と盛大に溜め息をついた。
二人の様子に蓮二は小さく笑う。
「クククッ……鬼の副長も総司にはかなわないってか?」
愉快そうに笑う蓮二を見て、少しは元気を取り戻したのだろうかと、土方は安堵する。
「そんなんじゃねえよ。総司は弟みたいなもんだけどな、公私の区別はつけてるさ」
「泣く子も黙る新選組が個性派揃いの愉快な集団ときた。噂以上に人間らしいじゃねえか」
言葉はきついが、悪意を含まない蓮二の物言いに土方は苦笑する。
「まあ……壬生狼なんて呼ばれてんだ。世間は化け物集団とでも見てるんだろうがな。生憎、血の通った人間の集まりだ」
「そんな噂が立ってるのを知ってて、それでも京の街を守るってか?とんだ道化者だな」
呆れながらも、新選組の新たな一面を見た気がした蓮二は遠回しな賞賛を贈る。
「俺達は所詮、町人や農民の寄せ集めだ。そんな奴らが名を上げようってんだ。なりふり構ってられねえよ」
そう言って空を見上げた土方の目は、どこまでも澄みきっていた。
ああ……やっぱり。
この目を俺は知っている。
(あいつと同じ目なんだ)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
新選組を訪れた翌日。
蝉が煩わしいほど鳴き、頭上からは容赦なく太陽が照りつける。
東庵の使いに出たお悠に付き合わされ炎天下の中を歩く。
「しかし、あちぃなあ。なんでこんな日にわざわざ出歩かにゃならん……」
頭上にある太陽を恨めしげに見つめ蓮二はぼやいた。
扇でパタパタと風を送れば、緩めた襟元から白い肌がチラリと覗く。
蓮二の何気ない仕草にすれ違う町娘は顔を真っ赤にする。
そして蓮二の隣にも一人。
恥ずかしそうに俯きながら声を荒げる。
「蓮二さんっ!それやめて下さい!道行く人がみんな見てます。っていうかもうちょっと離れて下さい!」
手が触れるか否かの距離を歩く蓮二を睨み付けようと顔を上げれば、鼻が当たりそうなほど間近でニンマリと笑う蓮二が居た。
「何?買い物付き合えって言ったのはお悠じゃん。俺と並んで歩くのがそんなに嫌?」
驚きと恥ずかしさで後退るものの、その表情は嫌と言うよりも嬉しげだった。
それもそのはず。隣で歩く蓮二はお悠の想い人。
お悠を含む町の娘達の間では誰が彼の心を射止めるかの話題で持ちきりなのだ。
同じ屋根の下で住む以外にもこうやって並んで歩くことの優越感も悪くはない。
「そ、そんなんじゃないです!ただ……注目を浴びるのが恥ずかしいだけで……」
蓮二に対する気持ちが恋だと知ったのは、ごく最近。それからというもの、蓮二の一挙手一投足が気になって仕方ないのだ。
「なんだ?最近お前なんか変だぞ?急に女らしくなったっていうか……しおらしいっていうか。前みたいに殴ったり蹴ったりの回数も減ったよな?どっか悪いのか?じじいに診察してもらえよ」
お悠が自分に恋心を抱いているなど知る由もない蓮二は、あっけらかんと物を言う。
「そんなんじゃありません!私は至って健康ですっ!別に何も変わってません!」
彼の鈍感さに腹を立て、持っていた巾着で蓮二の背中を思い切り叩く。
「いてっっ!なんだよ……元気じゃねえか。心配して損した。だけど俺はそれくらい強気の方が好きだがな」
その言葉に全身が、かあっと燃えるように熱くなる。この人は無意識にこういう事を言う。
昔は馬鹿にされていると思い、その度に突っかかっていた。
だが、二週間ほど前友人に言われた言葉を思い出す。
『二人ってお互いが特別な存在なんだろうね』
ーー
三年前、突然現れた男。
今日から一緒に住む事になったと、苦虫を潰したような顔をした父を今でも覚えている。
あの時自分は十四歳。
父以外に大人の男性と接する機会が少ないお悠にとって、それは恐怖でしかなかった。
だが、彼はとても優しかった。普段はお悠を怖がらせないように程良く距離を置いているが何かあればすぐに駆けつけてくる。
気が付けば東庵やお悠の仕事を手伝い、フラッと出て行ったかと思えば団子を片手にお茶でもと笑う。
彼の穏やかな笑顔に父とお悠の警戒心は、さほど時間を掛ける事無く解かれた。
それから父は息子のように
お悠は兄のように慕った。
父に叱られた自分を優しく慰めてくれた。
自分の事で父と喧嘩までしてくれた。
兄と言える存在の蓮二を、兄と呼ばないのは心のどこかに、本物の兄妹になったら後悔するのではと言う不安があるから。
その不安は友人の一言で現実となる。
「蓮二さんとお悠ちゃんは特別な関係って感じがするよね」
「一緒に住んでるんだよ?家族みたいなものだし、その特別の意味が分からないよ?」
「んー……お悠ちゃんにとって蓮二さんは特別でしょう?」
「えっ!?私にとって特別?お兄ちゃんみたいって事じゃなくて?」
「お兄ちゃんみたいに思うならなんで“蓮二さん”なんて呼び方するの?別に呼び捨てとか、蓮兄とか色々あるじゃない」
「えっと……それは……血が繋がってる訳じゃないし……」
友人の言いたい事が何となく分かってきたお悠は口籠る。
「お悠ちゃんは心のどこかで、蓮二さんを男の人として意識してるんだよ。自分でも分かってるんでしょ?」
初めて会った時、確かに僅かばかり恐怖を感じたが……
蓮二の纏う空気に、優しい笑顔に、ハッとするような艶めかしい仕草に見惚れていた気がする。
でもそれは多分、自分じゃなくても彼を見た人の殆どがそうなんだと言い聞かせていた。
ふと、自分を見つめる蓮二の目を思い出した。
優しいのにどこか悲しみを携えた濃碧の瞳。
泣いている自分を包み込む腕のぬくもり、頭を撫でる手、低く艶のある声、悪戯っ子のような笑顔。
蓮二を思い浮かべれば、たちまち全身に熱を帯び心臓が飛び出そうなくらいドクドクと激しく脈を打つ。
そのとき初めて……連二を好きなのだと自覚した。
---------------------
お悠との買い物を済ませ、汗を流そうと井戸で水を浴びていると家の奥から声がした。
「蓮二、お前に客だ」
ーー客?
自分を訪ねて来る人間など限られている。
(会津の使いだったら面倒だ……)
一つ溜め息を吐き出すと、客が待つ居間へと向かった。
居間で茶を啜り、寛ぐ人物を見て蓮二は呆気に取られた。
「よぉ。久しぶりじゃき!元気にしゆうがか?」
「っっ!?才谷さんっ?なんでここにっ?」
「なんでって、おんしに会いに来たぜよ。ほんまはちくと京に来る用があったきついでに寄っただけちや」
才谷と呼ばれた男は、悪戯が見つかった子供のような笑顔を向けた。
「江戸に行ったんじゃ?しばらくは京に戻らないって……」
「まぁ……わしも色々あるき。それよりそがぁ所に立っちゃーせんでこっちに来とうせ。一年ぶりの再会ちや、ゆっくり話けんどしよう」
才谷梅太郎。土佐出身の浪人。
出会いは約二年前……腹を空かせて倒れていた才谷を助けたのがキッカケ。
それ以降『風の吹くまま気の向くまま』フラリと蓮二の前に現れては、また居なくなるを繰り返す何とも不思議な男だった。
「京にはいつまでいるんだ?」
「んーそれが、直ぐにでも行かぇきゃならん。会いたい人間はおんしでしまいやき」
急ぐと言う割にはのんびり茶を啜っている気がするが……。
「へぇ……随分と急ぐんだな。何かあったのか?」
才谷は嬉しそうに頬張っていた饅頭を茶で流し込むと、いつになく真剣な目を向けた。
「早速なんけんど……。これはおんしゃにゃ直接関係ない話ちや。けんど、一応耳に入れておこう思ってな。長州が戦の準備を始めちゅう。今回は睨み合いじゃーすまないろう。池田屋の事があるからあいつらもかなり殺気立っちゅう。近いうち京は戦場になるぜよ」
蓮二は驚愕に目を開く。
長州が攻めてくるだと……?
「なんであんたがそんなに詳しいんだ…?」
会津藩関係の自分にすら届いて来ない情報に耳を疑う。
「わしのまっことの名前は坂本龍馬。才谷梅太郎は偽名なんちや。脱藩して色々追われる立場なんぜよ。騙して悪かっちゅうがぜ。軍艦奉行の勝海舟ちゅう人の門人やっちょるき、そがぁな話が耳に入ってくるがぜよ。それに挙兵した長州藩士の中にわしの知り合いがおるき……」
「……?坂本龍馬……?軍艦奉行…?勝海舟?!」
それ以上の言葉は出なかった。
坂本と名乗る男から次々と語られる内容に、只々唖然とする他なかった。
井戸で汗を流しながら談笑していた蓮二達の背後から低く鋭い声が発せられた。
「「「ふ、副長っ!?」」」
その声の主を知る隊士達はその場に凍り付く。
「あっ、土方さん」
その威圧感に圧される事ない総司は人懐っこい笑顔でその男の名を呼ぶ。
「流れだよ。別に自分から望んだわけじゃねえ」
また蓮二も気にする様子もなく、土方の問いに答える。
「あの時も流れで頷きゃ良かったんじゃねえか」
土方の回りに黒く禍禍しいものが漂い始めた事に気付いた隊士達は小さな悲鳴を上げて逃げ出した。
「それとこれとは別だ。俺には俺のやらなきゃならねえ事があるしな」
「それが新選組に入らねえ理由か?」
「全部とは言わないが、その内の一つではある」
鋭い視線に臆する事なく、蓮二は土方を見据えた。
「えっ?蓮二さん新選組に入るんですか?」
空気の読めない男がここに一人……。
「総司……話聞いてなかったのか?こいつは入隊を断ったんだよ……」
「蓮二さんが入ってくれたら百人力ですねえ。私よりも強いですし」
「だからっ!断られたって言ってるだろうがっ!」
全く話を聞いていない総司に、土方はハア……と盛大に溜め息をついた。
二人の様子に蓮二は小さく笑う。
「クククッ……鬼の副長も総司にはかなわないってか?」
愉快そうに笑う蓮二を見て、少しは元気を取り戻したのだろうかと、土方は安堵する。
「そんなんじゃねえよ。総司は弟みたいなもんだけどな、公私の区別はつけてるさ」
「泣く子も黙る新選組が個性派揃いの愉快な集団ときた。噂以上に人間らしいじゃねえか」
言葉はきついが、悪意を含まない蓮二の物言いに土方は苦笑する。
「まあ……壬生狼なんて呼ばれてんだ。世間は化け物集団とでも見てるんだろうがな。生憎、血の通った人間の集まりだ」
「そんな噂が立ってるのを知ってて、それでも京の街を守るってか?とんだ道化者だな」
呆れながらも、新選組の新たな一面を見た気がした蓮二は遠回しな賞賛を贈る。
「俺達は所詮、町人や農民の寄せ集めだ。そんな奴らが名を上げようってんだ。なりふり構ってられねえよ」
そう言って空を見上げた土方の目は、どこまでも澄みきっていた。
ああ……やっぱり。
この目を俺は知っている。
(あいつと同じ目なんだ)
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新選組を訪れた翌日。
蝉が煩わしいほど鳴き、頭上からは容赦なく太陽が照りつける。
東庵の使いに出たお悠に付き合わされ炎天下の中を歩く。
「しかし、あちぃなあ。なんでこんな日にわざわざ出歩かにゃならん……」
頭上にある太陽を恨めしげに見つめ蓮二はぼやいた。
扇でパタパタと風を送れば、緩めた襟元から白い肌がチラリと覗く。
蓮二の何気ない仕草にすれ違う町娘は顔を真っ赤にする。
そして蓮二の隣にも一人。
恥ずかしそうに俯きながら声を荒げる。
「蓮二さんっ!それやめて下さい!道行く人がみんな見てます。っていうかもうちょっと離れて下さい!」
手が触れるか否かの距離を歩く蓮二を睨み付けようと顔を上げれば、鼻が当たりそうなほど間近でニンマリと笑う蓮二が居た。
「何?買い物付き合えって言ったのはお悠じゃん。俺と並んで歩くのがそんなに嫌?」
驚きと恥ずかしさで後退るものの、その表情は嫌と言うよりも嬉しげだった。
それもそのはず。隣で歩く蓮二はお悠の想い人。
お悠を含む町の娘達の間では誰が彼の心を射止めるかの話題で持ちきりなのだ。
同じ屋根の下で住む以外にもこうやって並んで歩くことの優越感も悪くはない。
「そ、そんなんじゃないです!ただ……注目を浴びるのが恥ずかしいだけで……」
蓮二に対する気持ちが恋だと知ったのは、ごく最近。それからというもの、蓮二の一挙手一投足が気になって仕方ないのだ。
「なんだ?最近お前なんか変だぞ?急に女らしくなったっていうか……しおらしいっていうか。前みたいに殴ったり蹴ったりの回数も減ったよな?どっか悪いのか?じじいに診察してもらえよ」
お悠が自分に恋心を抱いているなど知る由もない蓮二は、あっけらかんと物を言う。
「そんなんじゃありません!私は至って健康ですっ!別に何も変わってません!」
彼の鈍感さに腹を立て、持っていた巾着で蓮二の背中を思い切り叩く。
「いてっっ!なんだよ……元気じゃねえか。心配して損した。だけど俺はそれくらい強気の方が好きだがな」
その言葉に全身が、かあっと燃えるように熱くなる。この人は無意識にこういう事を言う。
昔は馬鹿にされていると思い、その度に突っかかっていた。
だが、二週間ほど前友人に言われた言葉を思い出す。
『二人ってお互いが特別な存在なんだろうね』
ーー
三年前、突然現れた男。
今日から一緒に住む事になったと、苦虫を潰したような顔をした父を今でも覚えている。
あの時自分は十四歳。
父以外に大人の男性と接する機会が少ないお悠にとって、それは恐怖でしかなかった。
だが、彼はとても優しかった。普段はお悠を怖がらせないように程良く距離を置いているが何かあればすぐに駆けつけてくる。
気が付けば東庵やお悠の仕事を手伝い、フラッと出て行ったかと思えば団子を片手にお茶でもと笑う。
彼の穏やかな笑顔に父とお悠の警戒心は、さほど時間を掛ける事無く解かれた。
それから父は息子のように
お悠は兄のように慕った。
父に叱られた自分を優しく慰めてくれた。
自分の事で父と喧嘩までしてくれた。
兄と言える存在の蓮二を、兄と呼ばないのは心のどこかに、本物の兄妹になったら後悔するのではと言う不安があるから。
その不安は友人の一言で現実となる。
「蓮二さんとお悠ちゃんは特別な関係って感じがするよね」
「一緒に住んでるんだよ?家族みたいなものだし、その特別の意味が分からないよ?」
「んー……お悠ちゃんにとって蓮二さんは特別でしょう?」
「えっ!?私にとって特別?お兄ちゃんみたいって事じゃなくて?」
「お兄ちゃんみたいに思うならなんで“蓮二さん”なんて呼び方するの?別に呼び捨てとか、蓮兄とか色々あるじゃない」
「えっと……それは……血が繋がってる訳じゃないし……」
友人の言いたい事が何となく分かってきたお悠は口籠る。
「お悠ちゃんは心のどこかで、蓮二さんを男の人として意識してるんだよ。自分でも分かってるんでしょ?」
初めて会った時、確かに僅かばかり恐怖を感じたが……
蓮二の纏う空気に、優しい笑顔に、ハッとするような艶めかしい仕草に見惚れていた気がする。
でもそれは多分、自分じゃなくても彼を見た人の殆どがそうなんだと言い聞かせていた。
ふと、自分を見つめる蓮二の目を思い出した。
優しいのにどこか悲しみを携えた濃碧の瞳。
泣いている自分を包み込む腕のぬくもり、頭を撫でる手、低く艶のある声、悪戯っ子のような笑顔。
蓮二を思い浮かべれば、たちまち全身に熱を帯び心臓が飛び出そうなくらいドクドクと激しく脈を打つ。
そのとき初めて……連二を好きなのだと自覚した。
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お悠との買い物を済ませ、汗を流そうと井戸で水を浴びていると家の奥から声がした。
「蓮二、お前に客だ」
ーー客?
自分を訪ねて来る人間など限られている。
(会津の使いだったら面倒だ……)
一つ溜め息を吐き出すと、客が待つ居間へと向かった。
居間で茶を啜り、寛ぐ人物を見て蓮二は呆気に取られた。
「よぉ。久しぶりじゃき!元気にしゆうがか?」
「っっ!?才谷さんっ?なんでここにっ?」
「なんでって、おんしに会いに来たぜよ。ほんまはちくと京に来る用があったきついでに寄っただけちや」
才谷と呼ばれた男は、悪戯が見つかった子供のような笑顔を向けた。
「江戸に行ったんじゃ?しばらくは京に戻らないって……」
「まぁ……わしも色々あるき。それよりそがぁ所に立っちゃーせんでこっちに来とうせ。一年ぶりの再会ちや、ゆっくり話けんどしよう」
才谷梅太郎。土佐出身の浪人。
出会いは約二年前……腹を空かせて倒れていた才谷を助けたのがキッカケ。
それ以降『風の吹くまま気の向くまま』フラリと蓮二の前に現れては、また居なくなるを繰り返す何とも不思議な男だった。
「京にはいつまでいるんだ?」
「んーそれが、直ぐにでも行かぇきゃならん。会いたい人間はおんしでしまいやき」
急ぐと言う割にはのんびり茶を啜っている気がするが……。
「へぇ……随分と急ぐんだな。何かあったのか?」
才谷は嬉しそうに頬張っていた饅頭を茶で流し込むと、いつになく真剣な目を向けた。
「早速なんけんど……。これはおんしゃにゃ直接関係ない話ちや。けんど、一応耳に入れておこう思ってな。長州が戦の準備を始めちゅう。今回は睨み合いじゃーすまないろう。池田屋の事があるからあいつらもかなり殺気立っちゅう。近いうち京は戦場になるぜよ」
蓮二は驚愕に目を開く。
長州が攻めてくるだと……?
「なんであんたがそんなに詳しいんだ…?」
会津藩関係の自分にすら届いて来ない情報に耳を疑う。
「わしのまっことの名前は坂本龍馬。才谷梅太郎は偽名なんちや。脱藩して色々追われる立場なんぜよ。騙して悪かっちゅうがぜ。軍艦奉行の勝海舟ちゅう人の門人やっちょるき、そがぁな話が耳に入ってくるがぜよ。それに挙兵した長州藩士の中にわしの知り合いがおるき……」
「……?坂本龍馬……?軍艦奉行…?勝海舟?!」
それ以上の言葉は出なかった。
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