ーー焔の連鎖ーー

卯月屋 枢

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~1章~

7話

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ーーーーーーーーーーー

沖田は嫌がる蓮二を無理矢理、引き摺って屯所まで戻ってきた。
副長への報告を部下に任せ、直接道場へと歩みを進める。

「おい……沖田、俺は手合わせするなんて一言も言ってねえぞ」
自分より小さな沖田にガッシリと腕を組まれる。

「やだなあ、蓮二さん。目が私と殺り合いたいって言ってますよ」

こめかみにピクピクと青筋を立てる蓮二を気にも止めず扉を開く。
中では丁度、永倉率いる二番隊と、藤堂率いる八番隊が稽古の最中だった。
隊士達の気合いが道場内に響き渡る。

「永倉さーん、平助ー、ちょっとだけ道場お借りしても良いですか?」
隊士を指導していた二人がこちらに気付き、駆け寄ってくる。

「総司が稽古なんて珍しいな。ん?誰だ?横で疲れきった顔してる男前は……?」
「如月蓮二さんです。先程お友達になりまして、なかなかの剣の腕前みたいなので一度手合わせする事になりました」
ジロジロと顔を覗き込む二人の視線に耐えきれず、蓮二は声を張り上げる。

「だーかーらっ!!そんな約束してねえよっ!何勝手に話進めてんだ」
盛大な溜め息と共にガックリと肩を落とす。

「へえ…総司がそんな風に無理矢理手合わせしたがるのも珍しいね。良いよ。俺らも見てみたいし」
平助と呼ばれた、これもまた沖田とさして変わらぬ体躯の少年が頷く。

「まあ……隊士達に総司の剣筋見て勉強してもらうのも手だな」
一方の、躰はガッチリとしているが人懐っこい顔立ちをしている永倉も頷く。
組長二人の賛同を得た事で隊士達はざわめき、道場の隅に移動を始め、完全に試合決定の雰囲気になった。

此処まで来たら諦めるしかないと悟ったらしい蓮二は、投げやりな態度になる。

「わかったよ…やれば良いんだろ?やればっ!獲物は木刀!これが条件だ。俺は防具無しで良い。沖田は好きにしろ」
その言葉に道場内のざわめきは一層強まった。永倉、藤堂も驚き目を見張る。

「おいおい……防具無しの木刀はさすがに危なくないか?総司の突き食らったら死ぬぞ…?」
不安げに声を掛けた永倉を一瞥すると、蓮二は不適に笑った。

「慣れねえ格好と獲物じゃ動きが鈍るからな。天才剣士とやり合うなら、本気で行かねえとこっちの身が危ねえよ」
そう言って沖田を見れば満足げに微笑む。

「それじゃあ私も本気にならないといけませんね」
ピンと張り詰めた空気が道場内に漂う。


隊士達は試合とは思えない緊迫感と、異様な雰囲気に息を呑む。


「始めっ!」

藤堂の掛け声と共に始まった両者の睨み合いは、沖田の先制により動きを見せた。

「やああっっ!」

中段の構えから一気に振り下ろされた木刀を左へ薙ぎ払うと、そのまま手を返し胴に打ち込む。
沖田は素早く後方へ飛び退き、構え直す。
攻めと守りがまるで剣舞のような二人の打ち合いに、その場に居た全員が釘付けになる。
何よりも驚くのは、あの沖田の攻撃を顔色一つ変えず、去なしている蓮二の動きだった。


「やはり強いですね。久しぶりに楽しめそうです」
そう言って笑う沖田の額にはうっすらと汗が滲んでいる。

「お前もさすが天才剣士と称されるだけあるな……良い動きをする」
鍔競り合いになり、互いの力がぶつかり合う。
一見、沖田の方が優勢にも見えたが、徐々に押されて行く。

固唾を飲んで見守っていた永倉がポツリと洩らす……

「……総司が負けるかもしれねえ」
小さな呟きだったが、永倉の周りに居た隊士達は驚愕する。

その直後、空気が一変した。
沖田の殺気が異常なまでに強まり、その顔からは笑みが消えた。
剣を押し戻し、体勢を整えると構えを変える。

ーー〈平青眼〉ーー

天然理心流独特の構えである。
刀を右に開き、刃を内側に向ける事により万が一躱わされた場合にも、そのまま刀を振り相手の頸動脈を斬る事が出来る実戦型ならではの構えだった。

ーーダンッ
足音と共に繰り出された突きは辛うじて躱したはずだった……

「っっ!?」

気が付けば、躱したはずの木刀が蓮二の目前に迫っている。
反射的に首を倒し、寸での所で避けるが勢いを付けた刀身はそのまま横に薙ぎ払らわれる。
ーーガッ
首元ギリギリの所、振り切るはずの刀身は蓮二の木刀によって遮られた。

「あぶねえ……。さすがに死ぬかと思った」
すんでのところで止めた蓮二もさすがに肝を冷やす。

「へえ……これを躱すとは驚きました」
目を細めた沖田は、自分の技が初めて受け止められた事に驚きを隠せない。

「久しぶりにゾクゾクしてきたな……んじゃ、俺もちょっと本気だすかな?」

蓮二の紡いだ「本気を出す」という言葉に沖田の片眉がピクリと動き、一瞬気が逸れた。
それを蓮二は見逃すはずもなく……
スッと細められた目から感情が一切消え、氷のように冷たく温度を感じさせない殺気に全員が身震いをした。

「あっ……」
隊士が声を洩らした時には既に沖田が腹を抱えうずくまっていた……
一体何が起きたのか?

ーーカランッ
それまで宙を舞っていた沖田の木刀が落ちる音が響く。
まばたきよりも速い蓮二の攻撃を捉える事が出来たのは、永倉一人だけだった。
交えていた剣を流した直後、手を返し沖田の小手を下から叩き木刀を宙へ放り出しそのまま胴を突いたのだ。


「っっ?!い、一本!」
我に返った藤堂の声で道場内の緊張の糸は切れた。

「沖田っっ!大丈夫か!?」
うずくまる沖田を抱える蓮二の目に先程の冷酷な色は微塵も感じられない。

「だ、大丈夫です……コホッ……」
苦痛に引きつった笑顔で答える沖田に蓮二は何度も謝る。

「悪いっ!!ごめんな?」
「ちょっと気を取られた隙にやられちゃいました……あはっ」
「沖田の本気に当てられちまった。悪かったな……痛かったろ?」
労るように沖田の背中をさすり、少しでも痛みが和らげようとする。

「大丈夫ですよ。蓮二さんの本気見れて嬉しかったです」
「沖田が二人目だよ。俺を本気にさせたのは……」
「光栄ですね。ではまたお手合わせお願いしますよ。あっ、それから私の事は総司と呼んで下さい」



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