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007 ジェシカさんと探し物

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 世界が変わっても朝の訪れに伴う気持ちよさは変わらない。
 むしろ高反発のマットに女神の身体のコラボは、今までに感じたことのないほどの熟睡感を得られていた。

 当然のことながら、昨日の晩酌の跡は全て片して毛ほどもその痕跡を残していない。
 マットも同様だ。
 元の素材に戻して、俺はリゼさんと待ち合わせしていた場所に移動する。

 別に田舎、というわけでは全くないのだが、日本の空気になれていた俺にとって異世界の朝は気持ちよすぎるほどだった。
 水路のせせらぎをBGMにしながら石造りのベンチに腰掛ける。
 まだリゼさんの姿はどこにも見えない。

「少しばかり早すぎたかな」

 時計という概念がないこの世界では、正確な時間を記録していない。
 朝と昼と夜に深夜を加えた4つ、さらにそれらをそれぞれ3等分した程度のおおざっぱな時間の表現。
 勿論俺には正確な時刻を知ることができる、が他者がそれに同期することのできない今、あまり意味はないだろう。

 女性は待ち合わせに遅刻してくる生き物、というのを聞いたことがある。
 だとすればまだ相当な時間待つ羽目になるかもしれない。
 別にそれでもかまわなかった。

 しかしこの美しい街を見て回りたいという願望が勝り歩き始める。

「あかん、やってもーたわっ。どないしよう……」

 まだまだ朝は早く人通りもまばらであった。
 そんな中で明らかに困った様子できょろきょろとしている人影を発見する。
 どうやら何かを探しているようで、一人頭を掻きながらぶつぶつと呟いていた。
 なんとなく奇妙な関西弁がやたらと気になる。

「くぅぅ。こういうこまいのはいっちゃん苦手やねんっ」

「どうかされましたか?」

 俺の身体は徳を積み続けなければ消滅してしまう。
 一体何をすればどの程度“徳”が得られるのか分かっていないが、とりあえず困ってる人を見つけたら助けておいて間違いはない。
 モンスターを倒すなんてことよりも余程気持ちがいい。一石二鳥というわけだ。

 ちなみにであるが、コル〇ナさん曰く何もせず日々を怠惰に過ごした場合、7日程で俺の身体は消滅する。
 中々にハードな時間制限である上に、転生したその瞬間からカウントは始まっているのだ。
 さらに人類にとって悪い行いをするとカウントは減ってしまうという。
 あまりのんびりはしていられない。

「んあ? ちょっと大切なものを落っことしてしもてな。なんや、手伝ってくれるんか?」

 鼻の上にちょこんと銀縁の眼鏡を乗せた女性。
 振り返るときに珍し気な紫の髪がフードから覗いた。

 街中でこんな髪を持つ女性はいなかったように思う。
 強いて言えばオレンジ色の髪が一番珍しかったくらいだろうか。

「ええ、いいですよ。一体、何をなくしたんですか?」

 そう答えると女性は驚きを示した。
 手伝ってもらえるとは思ってなかったのだろう。
 気分が良かった。人の役に立つって自分にとっても得るものがあるんだな。

「ほんまかっ!? 赤い石や、赤い石ぃ! こんくらいの大きさでな……そうや! ここにはまるくらいの大きさなんや」

 最初は指で輪っかを作っていたが、何かを思い出した様子で箱を取り出した。
 不思議な色彩の箱の中央にビー玉ほどの穴が開いている。
 確かにそんな小さな石ころをこの広い街で落としてしまったのなら、探すのは困難だろう。

「分かりました。じゃ、俺はあっちのほうを探しますから」

「あ、ちょっ…………」

 俺は彼女の話を聞くや否やすぐに背を向けた。
 何か言おうとしていたが関係ない。
 大事なのは俺が力を使うのを見られてはいけないということ。
 すぐさま見つけて渡せば喜んでくれるだろう。
 探し物なんかは今の俺にとって、もっとも適していることなのだ。

 そして俺の思惑は的中した。
 誰にも見られていないことをレーダーを使用し確認し、建物の陰で力を使用する。

 女性がどのくらい探していたかは分からないが、俺は物の数秒でそれを探し当てることができたのだ。
 ただ赤い石は石畳の間に綺麗にはまっており、無理に取り出そうとすると傷つけてしまう恐れがあった。

 なら簡単なこと。その赤い石以外が俺の手に触れられないようにすればよかった。
 まるで水に沈む石を救い出すように取り出してしまえばいい。

 これでこの仕事は終わりだ。

 そう思っていた。

 赤黒く光るその石に触れた瞬間、俺の全身に奇妙な感覚が走った。
 コル〇ナさん曰く体内に内包する魔力が多少吸収されたとのこと。

 何らかの怪しげな力を持つマジックアイテムの類だったのかもしれない。
 出来たら伝えておいてほしかった。

 けれど、女性が何かを言おうとしたのを振り切ってここまでやってきたのは俺のほう。
 責任は自分にあると思うことにした。

 だが。

 この時の俺は理解していなかったのだ。
 コル〇ナさんや女神の身体にとっての多少というものが、いったいこの世界においてどれほどの量に達しているのかを。

「ま、目的のものは見つかったし、返しに行くか」

 彼女は未だ頭を掻きながら血眼で石を探していた。

「見つかりましたよ。石畳の間に挟まってました」

「え、おおっ! もう見つかったんか! おおきになぁ~、って……え……? 少年、体はなんともないんか?」

俺が素手でそれを掴んでいるのを見ると、目をしぱたたかせながら手と顔に視線を動かした。
やはり魔力を吸われるということを知っていたのだ。

「大丈夫です、多少クラっとしましたけど。ただなんかあるなら教えておいてほしかったですよ」

「クラっと……? すまん、すまんなぁ。言おうと思ったんやさかい、見失ってしまってからに」

 クラっとしたといったが、ぶっちゃけなんともない。
 魔力を吸収されたらしかったので、とりあえずそう言っておこうと思ったのだ。

 しかしやはりというか、あの時俺に向けて放たれた声はこのことについてだった。
 それを聞かずして背を向けたのだから、むしろ俺のほうが悪い。

「なぁ、少年、名前なんていうん? ちな、ウチの名前はジェシカ言うねん」

「ジェシカさんですね。俺の名前はタカシって言います」

「タカシな! その名前絶対忘れんからに。勿論、この恩もな! そうや、これを受け取ってくれんか?」

 そう言って懐から取り出したのは小さな指輪だった。
 先ほどの箱と似たような不思議な色彩を放つ小さな円環。

 もし困ったことがあれば役に立つことがあるかもしれない、そんなことを言っていた。

 コル〇ナさん曰くこの世界特有の金属、クロムウェル100%で作られたただの指輪。
 (失礼だとは思ったがつい聞いてしまったのだ。先ほどの赤い石の件があったから許してほしい)

 その清々しい笑顔にも、眼鏡の奥から覗かせる紫の瞳にも、悪意は全く感じられないので変なものではないのだろう。

「ありがとうございます。遠慮なくいただきますね」

 俺も笑顔で受け取って右の人差し指にはめた時、突如怒声が飛んだ。

「少年っ!! その女は魔族だっ!! 今すぐ離れろ!!」
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