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第二章~魔王討伐計画始動~
第81話~女王の息抜き~
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玄関の呼び鈴がならされたので私は玄関に向かった。
私が扉を開くと、いつもの高級スーツ姿の信さんがいた。
「今日はありがとうね!」
今日のお礼を先に伝えると、私は信さんをリビングに招き入れた。
「ルシファー、信さんだよ」
ソファーに七海と並んで座っていたルシファーに信さんを紹介した。
「今日は世話になる。よろしくお願いをする」
ルシファーの挨拶に信さんが応えた。
「こちらこそ。ルシファー様とお会いでき光栄です」
胸に右手をあて礼をする信さんだった。
……信さん……私の物語を読み込んでくれていたんだね。この礼の作法は、闇の国では敬意を表した最上の礼だよ。
嬉しさの込み上げる私だったが、浸る前に一仕事をしないとだった。
「えーっと。街中で<様>は目立つのでなんとかしないとだね」
「では、信さんも彩美たちと同じで<様>なしで私を呼べばいいのではないか?」
「る、ルシファー様を呼び捨てに!?」
……おや。信さんが動揺するとは珍しいね。
「信さんは闇の国の臣民でもなく、私の配下の者でもないからな。私は気にしないし……そうだな彩美の言葉を借りれば、友達としての関係でいいのではないか?」
「信さん! メネシスではルシファーは友達とか作るのが難しい立場なんだよ。せめてガイアに来た時くらいね」
私の後押しが効いたのか
「では、ルシファー。ご一緒にディナーはいかがかな?」
信さんも頑張ってくれた。
「信さんは、かなりの食通と彩美から聞いておる。楽しみだな」
……う~ん。なんか私じゃ無理な上流階級オーラのトークだけど……やっぱしルシファーの相手に信さんは正解だったね。
「あっ、信さん! シュヴェもお願いね!」
「おう! 任せろ!」
本当に信さんは頼もしい。
<ガチャ>
玄関の開く音がすると美香が姿を現した。
「あっ、信さん! 彩美ちゃんがルシファーの相手に選んだのは信さんだったんだね」
「おう、美香! 大役を仰せつかってしまったよ」
……二人の会話を聞いていると、私がメネシスで過ごしている間も親睦を深めているのがわかるよ。本当によかった……。
不思議で表現が難しいが、美香を通して私は信さんとつながれている……そんな気持ちだ。
◆◆◆◆◆◆
信さんがルシファーとシュヴェを連れ部屋を出たので、出勤準備を終えている私たちも店に向かった。
久々の出勤で少し緊張をしていたが……。
「おはよう!」
七海が以前と変わらないノリで店にはいると
「おはようございます! 大ママ」
既に出勤をして開店準備をしていたキャストやスタッフから以前と同じ雰囲気で挨拶が返って来た。
バッグとコートを置きにバックルームに行くと、私と七海のチョコレートが準備されていた。
チョコレートを確認した私と七海は美香に感謝を伝えた。
「二人の出勤を告知したら反響が大きかったから、少し多めに準備しといたよ」
……本当に美香に感謝だね。あっ!
私は、ある事に気が付いた。
「美香、デビュー一周年おめでとう!」
……もう……あれから一年も経つんだね。三ヶ月間の意識不明もあるけど、あっという間だったね。
「ありがとう! しっかりグレーな世界に染まったよ。でも最初にねーさんと彩美ちゃんがいろいろ教えてくれたから、変なことに巻き込まれることもなく過ごせたよ」
……グレー……美香に新宿の夜を教える時に私が使った言葉。覚えてくれていたんだね。
マキがバックルームにやって来た。
「そろそろ朝礼の時間だ」
マキに促され私たちはホールに向かった。
今日の朝礼は少し早めにはじまった。
以前の慣れた朝礼と違い、静香が進行でマキが激を飛ばす流れは新鮮だった。
「今日は重要なことを皆に伝えないといけない」
マキが一度言葉を切ると、少しだけホールが騒がしくなった。
落ち着いている半数くらいのキャストとスタッフ達は私達がメネシスに行っていることを知っているから、この先の話も知っている。
「彩美の留学先での生活に専念する必要が生じてしまい、当面は一時帰国も難しくなってしまった。そこで区切りをつけるために、大ママと彩美が来月の生誕祭での引退を決めた」
私達の事情を知らないキャストやスタッフ達が本格的に騒がしくなってきた。
「大ママがいなくなっちゃうなんて……」
「彩美ちゃんに勝ち逃げされちゃう……」
いろいろな呟きが聞こえてきたが、マキが話を再開すると呟きは止まった。
「では、まず彩美から皆に一言頼む」
指名を受けた私はホールに並ぶキャストの列からマキの横に移動をした。
「詳細はお伝えできないのですが、留学先で参加していた研究チームが国家プロジェクトに関わることになりました。プロジェクトが完了するまでの数年は帰国も難しそうなので引退を決めました。本当は……皆さんといつまでも一緒に……プロジェクトが完了しましたら必ず帰ってきますので、区切りまで残り一月ですがよろしくお願いします」
私は七海と相談をして決めていた設定を皆に伝えた。
……嘘は付いてないよ……ダブネスからメネシスを守る闇の国の国家プロジェクトに参加するんだからね。
詭弁だが私は愛する店で一緒に働く仲間に嘘を極力付きたくなくて考えた設定だった。
「では大ママ、お願いします」
マキに並んでいた七海は一歩前に出て並ぶキャスト達に近づき話をはじめた。
「彩美が研究に没頭できるように私もサポートをするので、彩美の参加するプロジェクトが終わるまで私も寄り添うために引退を決めさせてもらった。店はマキと静香が引き継ぐので、皆には二人を支えてもらえると嬉しい。残り少ない日々だが、よろしく頼む」
七海が礼をして挨拶を締めると拍手に包まれた。
「今日もお客様が笑顔で帰り明日の活力になる一助として」
静香が朝礼の締めに入る。
「お客様の明日の活力となる一助へ!」
キャスト、スタッフたちの声がホールに響いた。
……これを聞くと帰って来た感がすごいよね。
「では皆、開店だよ」
静香の開店宣言で朝礼は終わった。
バレンタインデーと土曜日が重なったのもあり開店と同時に数組が入店して来た。
私は入口近くで黒服から呼び出されるのを待っていた。
「国家プロジェクトに参加とかすごいね」
「どれくらいの期間なの?」
私は一緒に並んで待機していた<私の物語に感じることがなかった>キャストたちからいろいろな声掛けをもらった。
……この街の暗黙のルールで助かるよ。
プライベートに関しては相手が話さない限り踏み込まない。
この暗黙のルールで留学先や研究に関してなどの細かい部分を聞かれることはない。
「彩美ちゃん、三番テーブルお願いします」
……さあ、浮世のはじまりだね。
今日から私と七海の復帰の告知をしていたので多くの常連が来店してくれて、私は息つく間もなくテーブルを移動しながらチョコレートを配っていた。
……うん? この気配は……。
私はエントランスの扉の向こうから間違えようのない気配を感じた。
扉が開き信さんにエスコートされたルシファーがホールに入って来ると、ホールに不思議な緊張感が走った。
物語に感じたキャストや客、スタッフたちからは「ルシファー様」と呟きが聞こえ、それ以外の人々もルシファーの発するオーラに反応してルシファーを視線に止めると人外の美しさに驚いているようだった。
私は今のテーブルに移動をしてきたばかりだったので少し間が空いてからコールが入った。
「彩美ちゃん、八番テーブルお願いします」
私はテーブル移動の挨拶を済ますと、八番テーブルに移動をした。
「彩美でございます」
挨拶を済ますとルシファーと信さんを挟む席に腰を下ろした。
向かいにはシュヴェと既にテーブルに着いていた宇美がいた。
「彩美ちゃん! 大感動だわ。ルシファー様にお会いできるなんて」
「彩美から聞いてはいたが、こんなに喜んでもらえるのは嬉しいものだな」
闇の国でも臣民に愛されているルシファーだが臣民からは為政者への畏敬の念もあり、ここまで純粋にアイドルのような視線で見られることはない。
……ルシファーの表情もメネシスと違い緊張感が感じられずくつろいだ感じだね。
「さて乾杯だ」
信さんが私に琥珀色の液体を満たしたキャストグラスを渡した。
……お客様に酒を準備させる……なんだけど、これもお約束だしね。
皆でグラスを軽く触れさすと、私たちはグラスの琥珀色の液体を一息で飲み干した。
信さん、ルシファー、シュヴェがテネシーウイスキーのストレートは想定内だけど……。
「宇美もストレート!?」
驚く私に宇美が照れ笑いで返して来た。
「彩美ちゃんの物語でメネシスを知ってから、信さんや徳さんにも指名を頂くことも増えて鍛えられたわ」
宇美も紗季も……私が仲のよかったキャストを信さん、徳さんは指名をしてくれていたみたいだ。
……あえてお礼は言わないけど……嬉しいね。
ルシファーと宇美は私が席に着く前にアイスブレイクの会話は終えており、二人は緊張感もなく会話をしていた。
「それでは宇美も寿司は大好きなのか?」
「はい。ガイアの日本では、ほとんどの人が大好きですよ」
……やっぱし食欲のルシファーだね。宇美とも食事の話をしていたみたいだね。
「失礼します。お連れ様がいらっしゃいました」
黒服が徳さんと梶原を席に案内して来た。
二人が席に着いたタイミングで
「七美でございます」
七海も席にやって来た。
すぐに黒服がウーロン茶の入った金属製の円筒型デキャンタと徳さんのボトルを持って来た。
宇美がコリンズグラスにアイスを入れウーロン茶を注ぎ梶原の前に出し、他の皆には徳さんがテネシーウイスキーを満たしたグラスを準備した。
「乾杯」
徳さんの掛け声で全員が一息でグラスの中身を飲み干した。
「こちらの御仁が徳さんで、こちらが梶原殿であっておるのかな?」
ルシファーには二人の容姿を話していたので見た目で気が付いたみたいだ。
「これは挨拶が遅れて申し訳ない。徳松と申します。ルシファー殿とお会いでき光栄でございます」
……徳さんでも女王様と言う身分の人に対する話し方で困って、少しぎこちない言葉になってしまっているね。
「徳さん! そして梶原君もね。ガイアでのルシファーは女王でなく、私の友人だから……二人とも友人の関係なの。だから気楽に話してあげて欲しいな」
「そういうことなら……酔っ払いの徳さんじゃ。ルシファー殿、以後よろしく頼む」
……流石の徳さんだね。サクッと気持ちを切り替えたね。
「ルシファーだ。私の方こそよろしく頼む」
続いて梶原も挨拶をした。
「彩美ちゃんの同級生だった梶原です。ルシファーさんにお会い出来る日を楽しみにしていました」
梶原も頑張ってルシファーにフラットな関係で接しようと頑張っている。
「彩美を通してだが梶原殿の助力は感じていた。本当に感謝する」
現実化した後のルシファーだったが、私が受けていたイジメを終わらすのに梶原が協力をしてくれていたのは感じていたので感謝の言葉だった。
その意味を理解した梶原は少し恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「さて、彩美……」
私は信さんが皆まで話す前に言葉の意味を理解したので手を上げライターを着けると、すぐに黒服の恵子がやって来た。
黒服のリーダーで主に廻しを担当している恵子がオーダー受けに席に来ることは珍しい。
……これはチャンスとルシファーを近くで見に来たね。
「グランダムと一番でかいフルーツを頼む」
信さんは定番のセブンシーの常備で一番高級なシャンパンとフルーツ盛を注文した。
「八番さん、グランダムとフルーツ盛り、いただきました!」
コールをして席を立ち去ろうとした恵子を私は呼び留めた。
「ルシファー、恵子さんだよ」
「おお。流血事件の話の時に聞いた方だな」
恵子はルシファーが自分のことを知っていたことに驚きながらも、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「恵子です。よろしくお願いいたします……それと、彩美ちゃん。そんな話までしてたの?」
「うん! 時間だけはいっぱいあったから、ルシファーとはいろいろ話したの」
「なんか恥ずかしいな。では、失礼いたします」
恵子が立ち去ると、徳さんと梶原はルシファーと話はじめた。
「ルシファー殿は想像の通り絶世の美女じゃったな」
「彩美がした設定の結果で私の手柄ではないが、褒められるのは嬉しいものだな」
……メネシスでルシファーに面と向かって美女とか言える人は少ないから、珍しくルシファーが照れてるね。
「そうであった、梶原殿におあいしたらお願いしたいことがあった」
「なんですか? それと<殿>はなしでお願いします。梶原と呼んでください」
「そうか。そう望まれるのであれば……彩美から梶原は<柔道>というガイアの武道の達人と聞いている。一度、ご指導をお願いできないかな」
……部位強化を含めた魔法を一切使わない条件だけど、梶原君が私を投げ飛ばす話をしたらルシファーが興味津々だったね。
「ルシファーさんと乱取りですか!? 緊張しちゃうな……今回は日程も少ないと聞いていますので明日でもどうでしょう?」
「彩美、予定はどうかな?」
今日は信さんの準備したアフターがあるから明け方に帰宅で、明日は夕方からは忙しい一日だけど……。
「午後一番に道場でいいかな?」
……ルシファーが気にしていた、美香がお気に入りのインスパイアー系ラーメンに寄って行けるかな。
「うん。待ってるよ」
梶原が私に笑顔で頷いてくれた。
その笑顔に数日前のデートを思い出してしまい、私は頬が熱くなるのを感じた。
……やばい、やばい。七海が気が付いて笑いを堪えてるよ。
「美香でございます」
シャンパンが届くタイミングで美香もテーブルに着いた。
「これは素晴らしい! メネシスのスパークリングワインとは完全に別物だな」
ルシファーがシャンパンに舌鼓を打つ。
「これ! アークが知ったらお土産に持って来て! って、絶対に言うよ」
シュヴェもシャンパンを気に入ったみたいだ。
……そうだね。先史代は神羅万象という知は追い求めていたけど……影響を与えることを恐れ発展した文明と触れることは避けていたから、物事の摂理と因果は求めたけど味に関しては未知の領域だよね。
「お口にあったようでよかった」
ルシファーとシュヴェを喜ばすことができた信さんも満足そうだ。
「ねえねえ。晩御飯はどこに行ったの?」
私は興味本位から聞いてみた。
「信さんには天婦羅に連れて行っていただいた。メネシスのフライとは完全に別物でだったな。繊細で素材の味が……」
そこからしばらくルシファーの天婦羅談義が続いた。
……ここまで熱く語る程……天婦羅が美味しかったんだね。
「……彩美に天婦羅を聞いてから楽しみにしていたが、本当に大満足だった。信さんには本当に感謝する」
そこからフルーツ盛が届き手を付け終えると、私は他のテーブルに移動となった。
久々の出勤とバレンタインイベントデーが重なり多くの常連客の来店となり、私は多くのテーブルを渡り歩き続けた。
気が付けばホールの照明が暗転し、聞き慣れたクラッシックが流れ出した。
……あっという間の……浮世の時間だったね。
私と七海はエントランスでの見送りに張り付き状態になった。
一番最後に信さん達の退店を見送り、久々の出勤は終わりの刻を迎えた。
閉店後の封筒タイムでは、チーママになり封筒を手渡す静香から
「やっぱし彩美ちゃんはすごいね。ブランクがあっても断トツのトップだよ」
と、ピンクの封筒を手渡された。
「彩美ちゃんには敵わないね! 流石、私の惚れた男だよ」
……おいおい。美香ぁ~! そのねぇ。コメントに困る感嘆は……私の返しになにを期待しているの?
美香の感嘆に知恵熱が出そうな勢いで考えていたが、答えが出せず私が困っていたタイミングで七海の声が聞こえた。
「さあ、信さん達が待っているから行こう」
マキと静香は本来なら休店日の今晩だが、特別な臨時営業をするための準備で店に残った。
私と七海、美香は店を出ると、タクシーで信さん達の待つ店へ向かった。
◆◆◆◆◆◆
「この肉は驚きだ。ほとんど力を入れなくても噛み切れるとは……焼肉でいただいた肉もそうだったが、ガイアの肉には本当に驚くばかりだな」
「う~ん! 山葵と醤油で食べるの最高すぎるよぉ~」
ルシファーとシュヴェがメインディッシュのシャトーブリアンのステーキを楽しんでいる。
信さんは今日のアフターに<鉄板SHINANO>を選んでいた。
……ディナーが天婦羅で海鮮と野菜中心だから、アフターは肉と組立も素晴らしいね。
締めは全員がガーリックライスを選び、伊勢海老の味噌汁と合わせて堪能した。
ルシファーとシュヴェも大満足でコースはデザートとコーヒーになった。
デザートはバレンタインデーにあわせてチョコレートをふんだんに使ったケーキの代表になるオペラだった。
「本日は最終組のご案内ですので、どうぞ」
カウンターに灰皿が並べられた。
徳さんと梶原以外は食後の紫煙を巡らせはじめた。
……ルシファーもシュヴェもタバコに目覚めちゃったね。
「コースの料理とお勧めの酒の組み合わせも素晴らしかったが、このケーキも素晴らしいな。メネシスのチョコレートとは別物だな」
「ごめんね。もう少し私が料理とかスイーツにこだわって物語に紡いでいれば……」
物語を紡いでいた中学時代の私は月一回くらいの外食以外は母の作るご飯と弁当の生活だった。
実際に私が食べたことのある料理の多くは家庭料理で、外食もファミレスや大衆店が中心でお洒落な料理や高級な料理とは無縁だったから、食べた事のない食事はネットで調べて想像できる範囲までに収まっていた。
「彩美が物語を紡いでいたのは……確か中学生時代だったな。一般的な家で育った中学生であれば食事の描写に関しては十分だったと俺は思うぞ」
……信さん、ありがとう。今の私なら……は、欲張りなんだね。
「ダブネスに関する全てを終えたあとになると思いますが、時々ガイアに遊びに来る楽しみができました。彩美……ありがとうございます」
ルシファーも物語を紡いでいた時の私の限界を理解していて、気にしないように気を使ってくれた。
「信さん! 絶対にルシファーも連れて帰って来るから……長生きして待てってね!」
「おう! ルシファーのためなら健康に気を使って長生きを頑張るぞ!」
「はははは! 信さんとの食事は楽しみだな。よろしくたのむ」
「まかせろ!」
……なんか二人がいい感じなんですが!? 夕食でなにかあったのかな?
「あの……信さん……私の帰りに関しては?」
「言わせるのか……恥ずかしいじゃないか……」
……わかっているよ……信さん……ありがとう。
「あっ! 彩美ちゃん。ルシファーさんとシュヴェさんの道着だけど、女子部の予備を貸してもらえることになったから、ルシファーさんたちは手ぶらで大丈夫だよ」
「ありがとう! 梶原君」
梶原は店からの移動時間を使って二人の道着を手配してくれていた。
紫煙を巡らし終わらした信さんはトイレに席を立ち上がった。
「伝説の<門>を開けれれば、皆もメネシスに招待できるんだけど……」
「<門>は伝説の魔導士が開いたという、魔法が使えなくても二つの世界を行き来できる特異点であっておったかな?」
徳さんも私の物語の細かい場所まで読み込んでくれていたみたいだ。
「うん。将来にマドカがガイアで作った仲間をメネシスに招待するために考えていた設定なんだけど……出番まで物語は紡いでないし……その前振り程度しか物語に出て来ないので、出現させる条件が全くわからないんだよね」
「彩美に相談されたが、メネシスでも伝説で言い継がれているが、多くの文献も探してみたが手がかりが全くない失われた魔術になってしまっている」
覚醒後の療養中の私は時間だけは余る程あったのでいろいろとルシファーと気になる事を調べていた。
「まあ焦らずとも、彩美の……えっと……そう、無敵チートであれば、そのうちに見付けられるのではないかな?」
「そうだね。時間があれば、いつかはだけど。そのね……徳さんが……」
「儂が?」
「……一番、残り時間が少ないから。はやく見付けないと」
「ははははは!」
カウンターが笑いに包まれた。
……よかったよ。滑らなかったね。
「そうそう簡単に儂はくたばらんぞ! それに儂も覚醒して不老になる可能性もあるしな!」
再びカウンターが笑いに包まれたタイミングで支払いを済ました信さんが戻って来た。
「トイレまで大きな笑い声が聞こえたが、なにごとだ?」
美香が信さんに笑いの流れ説明し終え、信さんアフターは終了となり各々の帰路に着いた。
◆◆◆◆◆◆
<バーン!>
……いててて。う~ん、焦って踏み込みすぎたね。
私は立ち上がると構え直した梶原に向かった。
昨晩にした約束でルシーファーとシュヴェを連れ花園大学の柔道場に来たのだった。
私と梶原が乱取りをする横ではルシファーとシュヴェが道着姿で正座をして見学をしている。
私たちの隣のエリアでは七海と美香が部長に稽古を付けてもらっている。
……よし! 誘いに乗ってくれたね。
<バーン!>
私の背負い投げが決まり梶原が大の字で畳になっていた。
「よし! ここまでにしよう」
正座で待つ二人に乱取りの流れを見せ終え、梶原は私との乱取りを終えた。
「では、ルシファーさんから」
「よろしく頼む。くれぐれも手加減はなしでお願いをする」
構える梶原にルシファーが攻め込む体制で二人の乱取りがはじまった。
ルシファーはしばらく一方的に梶原に技を決められていたが、少しずつ体捌きがよくなり梶原の仕掛ける技をかわすようになった。
……おっ!
梶原に向かいルシファーが深く踏み込んだが深すぎて体当たりになってしまった。
体あたりでバランスを崩した梶原にルシファーは小内刈を仕掛けた。
小内刈が決まり梶原は背から畳に倒れ込んだが、ルシファーも踏み込みの勢いを抑えきれずに梶原の上に倒れ込んでしまった。
……ルールでは厳密にはどうなのかな? だけど、初柔道なら一本でいいよね。
「すまぬ。勢いを止められず」
先に立ち上がったルシファーは梶原に手を伸ばし起き上がるのを手助ける。
「初めてですし、きちんと基礎練習もしていないのでいいですよ。彩美ちゃんから聞いてはいましたが体捌きが素晴らしいですね」
「永く生き、いろいろと経験してきたのも無駄ではなかったかな」
好奇心旺盛なルシファーは柔道の経験はなくてもメネシスでいろいろな武術は学んでいた。
「いまのでタイミングは掴めたと思いますので、もう少しやりますか?」
「よろしく頼む」
再び構えを取った梶原にルシファーが攻め込んだ。
さきほどの小内刈でタイミングを掴んだルシファーは徐々に梶原に技を決めれるようになっていった。
二人は投げ投げられを繰り返していた。
……おお! これは!
<バーン!>
梶原が派手に畳につけられる音が道場に響いた。
ルシファーは梶原の両袖を持った体勢で、梶原と頭合わせに仰向けで倒れている。
梶原が立ち上がり、ルシファーに手を伸ばし立ち上がるの手助けた。
「巴投とは驚きました」
「彩美と七海がテラスで乱取りをしている時に目にしてな」
……あの時は反射的に使ちゃったけど、石畳で巴投は危なかったね。腰を打ち付けた七海の苦痛の悲鳴がテラスに響いたよ。
「この短時間で県大会レベルなら入賞レベルですよ」
「師匠がよいからな。今日はよい経験をさせていただいた」
ルシファーは礼をすると私の横に戻り正座をした。
「では、次はシュヴェさん」
「はい!」
梶原が構えを取るとシュヴェが攻め込んだ。
魔法で実体化しているシュヴェは体重がないに等しい。
技を決めても自重で倒れ込まないシュヴェに梶原は手間取っていたが、何回か繰り返すと技の決まったシュヴェを押し込むことで畳にシュヴェを倒していた。
……本当は危険行為だけど、体重のないシュヴェであれば危険な勢いもつかないので問題ないね。
しばらくは投げられ役のシュヴェだったが、徐々に梶原に技を決めだした。
乱取りを終えた梶原がシュヴェに話しかけた。
「少し前の彩美ちゃんとそっくりな動きですね」
「ちょっとズルでね……年末に記憶を同期させてもらった時に柔道も含まれていたの。実際に体の動きとつなげるのに少し時間が必要だったけどね」
「なるほど! それなら、彩美ちゃんの動きにそっくりになりますね」
私達が休息用ベンチに移動をして梶原からキンキンに冷えたスポーツドリンクを受け取り飲んでいると、七海たちもベンチにやってきた。
「二人の進歩が凄まじい。やはり、命のやり取りがある実戦を経験していると違うな」
部長が七海と美香に感嘆を伝えた。
皆で感想や修練ポイントの談義を終え、私たちは着替えて帰り支度をした。
「今晩は部長と一緒にお店に行くね」
「うん! 待っているよ!」
……さて、今晩はルシファーのデビュー戦だね。楽しみだよ。
梶原との挨拶を済ますと、私達はマンションへの帰路についた。
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