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第二章~魔王討伐計画始動~
第76話~罪~
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‥‥なんでベッドにいるのかな?
昨晩は風呂に入ってると‥‥ルシファーが来た。そこから、ルシファーのガイア遠征の打ち合わせをして‥‥
「あっ!?」
そうだった。全ての記憶を取り戻した私だった。なぜか急な眠気を感じて、耐えれずに寝落ちをしたのだった。
‥‥七海の方程式を組み込んでから急な体調不調とか無くなっていたけど。
だが、記憶が途切れる寸前の七海は、私の急な眠気を予想していた感じだった。
‥‥声が聞こえる。ソファーで七海とシュヴェが何か話をしているね。
私もソーファーに行こうと体を起こした。
「おはよう」
起床した私に気が付いた七海が声をかけてくれた。
「おはよう。私‥‥」
私が昨晩のことを聞こうとしたらシュヴェが話をはじめた。
「方程式の詰めが甘くて、少しずつだけど彩美は感じない疲労が蓄積して残っちゃうの」
シュヴェの話を聞きながら、私もソファーへ移動をした。ティーポッドからカップにコーヒーを注ぎ、七海が私にカップを渡してくれた。私がコーヒーを一口飲み、眠気の残滓を飛ばすのを見たシュヴェが話を続ける。
「七海には伝えてあったんだけど、その‥‥彩美に伝えると気にし過ぎちゃうからと、七海のアドバイスで黙っていたの。ごめんね」
「大丈夫だよ。逆に気配りありがとう。確かに聞いていたら、疲労を貯めない様にと行動制限しちゃったりしてたかもだしね」
「今回ので予兆とか把握出来たから。私がフォローするから気にしないで普通に過ごしてね」
七海の言葉が頼もしい。
「アークから伝言だよ。今回の昏倒でデータが集まったので、ガイアから戻るまでには修正した方程式を準備しとくからって」
「少し心配は、お店に出てる時だけかな」
接客中に急に昨晩の耐えられない眠気に襲われるのだけは勘弁な私だった。
「言葉にするのは難しいけど、昨日は朝から予兆を感じていたから‥‥私が予兆を感じたら、私が添い寝して、ゆっくり昼寝してから出勤すれば大丈夫だよ」
◆◆◆◆◆◆
メネシスでの定番の朝食を終えると、ルシファー、メイレーン、セレン、カノン、ナタリー、ナターシャが部屋に集まって来た。
「顔色からすると体調は回復したみたいだな」
ルシファーも方程式の不具合に関して知っていたみたいだ。
今回はガイアに戻る期間が長いので、定番メンバー揃って見送りに来てくれた。各々が各々の言葉で少しの別れに声掛けをしてくれた。最後に私はメイレーンとセレンをナデナデした。横にはカノンも並んでる。
「色々と大変なタイミングで申し訳ないけど、よろしくね!」
私が三人に声をかけると、三人は力強く頷いてくれた。
胸に手を当て、私の魂の中にある<扉>を探す。集中をすると背中に翼が現れ、大きく開く感覚を感じた。七海の背中にも金色の美しい翼が現れ、大きく開いた。私の中の<扉>が開く感覚が訪れた。
さて、帰るよ‥‥ガイアへ。視界に映る‥‥私と七海の体が霞んで消えて行く。
足の裏に地面の感覚が伝わってくる。少しずつ肌に纏わりつく空気に現実感が生まれてきた。眼を開くと‥‥そこは見慣れた新宿のマンションのリビングだった。
「彩美ちゃん、ねーさん。おかえり~!」
背後から抱き着かれる感覚と、背中に感じる柔らかい感触。
「ただいま。美香」
美香が私の背中から離れると、私の前に回り込み七海に抱きついている。
七海は優しく美香の頭を撫でながら、
「留守番ありがとうね」
と、声をかけた。
「色々と手配はしてあるよ。‥‥マキさんと静香さんが‥‥悲しそうだったけど‥‥」
帰る前に繋がった異世界念通で美香には伝えてある。
本心は‥‥もっと‥‥二つの世界を平行して楽しみたい。だけど‥‥回り出した歯車の加速に応じる為に、今回のガイア帰還は特別な物だと‥‥
「すまない。美香‥‥つらい役回りをお願いして‥‥」
七海の謝罪に対して美香は明るい声で応えてくれた。
「つらいのは二人だよ。私は‥‥まだ、しばらく‥‥ガイアで‥‥」
メネシスの状況を異世界念通で聞いた美香は、今すぐの合流を願った。だけど、七海と私は冷酷に見えるが許さなかった。大学を卒業するまで‥‥その区切りがメネシスで何の役に立つのか?
七海と私は何回も何回も話し合った。その答えは‥‥人生の区切りとして必要との結論だった。
両親の自殺から放浪の旅のあと私と出会った七海は、すぐに店専属でなく私に高校卒業を課した。夜の世界で高校卒業の意味はあるのか。中卒で成功している者も多い世界だ。だが、今の私は七海に感謝しかない。
高校最後の半年の思い出‥‥これは私にとってかけがえのない宝になっている。メネシスでも多くの人に囲まれ幸せな時間を過ごして居るけど‥‥
‥‥友達は少ないんだよ。軍属上長として‥‥上位冒険者として‥‥友でなく畏敬の対象になってしまっているんだよ。
数少ないがルシファーやメイレーン、ジルを始めに心を許せる友も少しだけ出来た。だけど、まだ共有する思い出は少なく寂しさを感じてしまう時がある。
そんな刻だ‥‥私を癒してくれるのは高校での友との想い出だ。些細な事で馬鹿笑いをした記憶。学食で話した日常の話。本当に些細な記憶も私には大切な思い出だ。そして、卒業という区切りで締め括ることが出来たから、記憶から思い出となり懐かしめる刻になったから。
今後の打ち合わせをする準備で、七海がコーヒーを淹れはじめた。
私と美香はテラスに出て紫煙を巡らす。私は横にいる美香の顔を見ながら想いを巡らす。
‥‥美香は私と七海に寄り添い過ごす為、メネシスの生活を選んだ。
理由や理屈はどうであれメネシスの因果の始まりは私だ。だから私は、どんなにつらくても耐える。七海は私を覚醒させる為の触媒だったかもしれない。だけど<世界>により因果の一部として巻き込まれたことを理解し、私に寄り添ってくれている。
‥‥美香は‥‥美香は自分が望んだというかもしれない。
でも、本当は私が美香と離れたくない思いから<強制覚醒>を施し、巻き込んでしまった。私が<強制覚醒>を施さなければメネシスなど関係なしに、ガイアで普通の<人>として美香は幸せな人生を送れたはずなのに‥‥
だから<人>として少しでも多くの思い出を作って欲しい。それが私が美香に大学卒業を課した理由だ。
‥‥そう。私の我儘で自己満足だよ。
<ムギュ~>
突然、私の鼻が摘ままれる感覚が!
「なに難しい顔してるの?‥‥まあ、彩美ちゃんの考えていることはわかるけどね」
‥‥その鼻を引っ張らないの!
「むが、むが、は、は、はなが‥‥おおお‥‥」
‥‥なんか、これ‥‥最近、同じ状況になってるぞ!
「あっ、摘まみ心地がよかったので離すの忘れてたよ」
‥‥ここまで同じなのかい!?
「あのね。彩美ちゃんが考えてる事はわかるよ。でも、私としては感謝しかない!」
やっぱし魔女乙女なのか!?私の考えは全て御見通しらしい。
私は少しヒリヒリする鼻を撫でながら美香に伝える。
「大学卒業までは美香には、メネシスでなく<人>を優先して欲しいから」
それは、いきなりだった。美香の見惚れる顔が私の顔に近づいて来た。
<パクリ>
突然、私の鼻を柔らかくて温かい唇の感触が襲ってきた。
‥‥まさか、ここまで同じなんですか!?
美香は私の鼻を甘噛みしたのだった。予想外過ぎて反応が出来ずに私は硬直状態になってしまった。口に含んだ私の鼻先を美香は舌先で軽く舐た。
‥‥ダメ。それ以上は腰が砕けちゃうよ‥‥
身体が感じる快感だけでない、美香が私の鼻を舐めてるという異常なシチュエーションが心に響き快感に変換されてしまっている。
鼻先を舐めた美香は私から離れた。
‥‥あと数秒続いたら危なかったよ。
私から離れた美香は、悪戯が成功した童女の表情で私の顔を覗き込んで来た。
「私はね。私の意思で<人>で無くなる事を選んだの。私が望んだ‥‥熱望した結果。だから‥‥彩美ちゃんが背負わないで!」
なんで、美香はここまで私の考えていることがわかるの!?
「‥‥そんな彩美ちゃんが惚れた理由の一つだから‥‥わかっちゃうんだ」
突然、顔を赤らめた美香はタバコを消して、小走りにリビングに戻っていった。
‥‥いったい‥‥なんだったの!?
「おーい!コーヒーはいったよぉ」
リビングから七海の声が聞こえたので、私もタバコを消してリビングに戻った。
リビングに入ると芳しいコーヒーの香りに満たされていた。ソファーの七海の横に座ると、コーヒーカップを七海が渡してくれた。一口飲むとコーヒーの苦味と酸味がテラスでの出来事を流して、平常心を私に取り戻させてくれた。
「まず、段取りしたことからね」
私を七海と挟むようにソファーに座った美香が話し始めた。
「まず、明日の午後は‥‥」
美香が準備と手配をしていてくれたのは、
・明日の午後は梶原と稽古、夜はマドカと食事会
・明後日のランチはマキと静香と一緒で、店の権利移譲等の相談
・次の日曜日のディナーは美香の両親と会食
だった。
「お店は週明けのバレンタインデーから二人の誕生日までの出勤で準備してるよ」
「色々とありがとうだよ美香」
「本当に誕生日で二人揃って引退の告知しちゃっていいの?」
寂しさが籠った声で美香が答えはわかっていても聞いて来た。
「彩美と何回も相談をした。今後も情報交換とかで数ヶ月に一度は戻って来るけど‥‥長くても二泊とかが限界だから‥‥」
ダブネスのチートは<憎しみの泉>だ。<憎しみの泉>以外はメネシスの人々の<私達の手で>乗り越える事が出来るはず。人の姿を取り戻したダブネスは単体であればチート的な存在ではない。<憎しみの泉>と合わさりチートな存在と化している。先史代というチートが作った存在だけは、私の<無敵チート>で介入をする。
‥‥私が介入しなければ‥‥チートで無限に出現する死鬼やモンスターに対する手はない。
私が対処法も考えずに物語に設定をしてしまった矛盾だけは、物語の紡ぎ手であった私の手で解決をしなければならない。
そして、既にネクロマンサーは絶対にメネシスに戻って来ている。このことは、ダブネス達の回復も最終段階に入っていることを示す。回復が終わった残りのネクロマンサー達とダブネスが戻ってくれば、数日の大殺戮でメネシスは壊滅するだろう。
この状況では私の長期ガイア帰還は危険すぎる。今回がガイアと決別に少しだけ長期で留まれる最後のタイミングだった。
「数ヶ月に一晩でも‥‥喜ぶお客さん達も‥‥ううん。それだけじゃないの二人と一緒にを楽しみにしてるキャスト達も‥‥」
美香が伝えたいことはわかる。これも七海と何回も話をした。
「引退は本当に寂しくて苦しいよ。でもね、未練を残した状態で過ごすのは‥‥もっと苦しいから」
私の言葉に薄涙になる美香だった。
「わかったよ。二人の気持ちと決意。誕生日まで二人の最高の思い出になるように私も頑張るよ」
「で、そろそろ腹が減ったのだが」
毎度のマイペースな七海だった。
‥‥まったく、最高峰を極めた夜の蝶だね。私と美香を相手に綺麗に間を持って行ったよ。
「少し早いけどご飯食べて、死鬼狩りをしちゃおうか」
「死鬼狩り?」
この部分は異世界通信で話す時間がなかったので美香が悩んでいる。
「死鬼を通してダブネスの状態を探りたいの。それと、ネクロマンサーは致し方ないとしてもダブネスの帰還だけは、もう少し先延ばししたいからね」
今回は私も躊躇なくチートを使わせてもらう。死鬼を通して確認出来たダブネスの状態によっては、ダブネスの帰還を遅らす手段を行使するから。
「なんか彩美ちゃん。オーラが怖いぞ!」
「ごめん。ごめん。気合入り過ぎてるね私」
「店は何処にしようか?」
‥‥まったく七海には敵わないね。
焼肉は明後日にマキと静香と一緒に行きたいから、今日は魚貝類中心の店にしようとなった。
「やっぱし海鮮に関してはメネシスより日本が絶対に美味しいんだよね」
今の状況を予測できたなら、もう少し魚介料理も設定しておけばよかったと思ってしまう私だった。
まだ昼飲みの時間なので営業している店も限られるので、三丁目駅裏の「磯焼小屋」に行くことにした。
「じゃあ、準備してくるから。二人の準備が終わったら連絡してね」
ワンピースだった美香は、食後の死鬼狩りに適した服に着替えに部屋に戻っていった。
「さて、私達も着替えちゃおう」
七海とウオークインに行き着替えを考えたけど。
‥‥結局、私には婚姻届けを出しに行った時に近いワイドパンツでボーイッシュな感じを選ぶ七海なんだよね。
女になってしまった私に「私は貴方の嫁だよ」をアピールする為に七海が選んでくれる服。それは、七海の百合属性と私の男だった過去。それに対する七海の答えがボーイッシュな私なんだ。婚姻届けを出しに行った日と違ったのは袖切りダウンジャケットでなく、黒革のショートライダースジャケットで威圧感を強くした感じだ。
七海はスキニージーンズに黒ニットシャツ、私とお揃いの黒革のショートライダースジャケットだ。スキニージーンズで強調された七海のスラリとした脚と完璧なヒップラインに視線を奪われてしまう私だった。
「そんなに見られると恥ずかしいよ」
‥‥嘘つけぇ!わざと、私に見せつけてるだろ!ほら、腰をクネクネとかしないの!
もう子供ではない私は、七海が何を望んでいるかはわかる。七海を引き寄せ抱き締め、私を見つめる七海と唇を重ね、七海の唇を割り舌を差し入れる‥‥
差し入れた私の舌に、すぐに七海の舌が絡みついて来た。
‥‥頑張った御褒美かな。
美香にする店から引退の話は全て私がする段取りだった。それは、二人の話し合いの刻で引退という結論を出した私の責任だったから。
‥‥あっ。ダメ‥‥腰が砕ける‥‥
軽く意識が白く染まり、腰の砕ける私を七海が抱き締め支えてくれている。
「ふふ。ごちそうさまでした。」
「その‥‥七海には敵わないな‥‥」
「だって、三十年以上付き合ってる私の身体だよ。どこがツボかはよくわかってるからね」
私は覚醒の刻に七海と同じ身体を手に入れた。外見だけでなく感じる外的感覚も同じになっていたから‥‥どうすれば私が快感を感じるか、七海は全て把握している状態なのだ。
◆◆◆◆◆◆
テーブルの中央ではガスコンロに半斗缶が乗り湯気を上げている。
‥‥いい匂いだよ。
缶から立ち上がる湯気は日本酒と海の香りが混じり食欲を誘う。
「そろそろ大丈夫ですよ」
タイミングを確認に来た店員が、コンロの火を消して缶の蓋を外してくれた。
立ち上がる湯気が落ち着くと缶の中が見え始めた。缶の中は牡蠣が敷き詰められ、その上には車海老、鮑などが置かれている。
「さあ、食べようか」
七海の掛け声で軍手をして牡蠣を一つ手に取る私だった。
準備を終えた美香と合流した私達は、新宿三丁目駅の先にある「磯焼小屋」に来た。
刺身と日本酒で久々の生魚を堪能したあとは名物の<ガンガン焼き>を注文したのだった。ガンガン焼きの元は漁師飯だ。漁から戻った漁師達が一斗缶に釣果を詰め日本酒を注ぎ、焚火で蒸し焼きにする。簡単で手荒いが魚貝の味をシンプルに楽しめる料理方法だ。
「プリンプリンはガイアの勝ちだけど、風味はメネシスの白岩貝が楽しいかな」
私の感想に七海が反応した。
「そうだね。酒類もそうだけど、洗練された味を楽しめるのがガイアで、野性味とか雑味を楽しめるのがメネシスだな」
「これはメネシスでは見たことない料理だね。とっても誘惑する匂いで楽しみだよ」
シュヴェが牡蠣の蓋を開けるのに手間取っているので七海が手伝った。
「ここの隙間に牡蠣ナイフを入れて貝柱を切れば簡単に開けれるから」
いくつかを七海と一緒に練習してシュヴェも手馴れて来た。
「このプリプリは不思議な食感で美味しいよ」
満面の笑みになったシュヴェの手は止まらず、次々と牡蠣を開き食べている。
私は車海老を手に取り、殻を剥き軽く塩を振り掛けて食べた。
‥‥伊勢海老とかロブスターはあったけど、普通の海老はメネシスで出会えてないね。
車海老の身の甘みが塩で引き立ち、口の中に広がった。
‥‥お店もだけど、食べ物も少しガイアに未練だね。今回は色々と食も楽しまないとだね。
「全て終わらせれば、ゆっくりガイアに戻ってくることも出来るからさ」
まったく。私の考えを全てお見通しの七海だった。
テーブルの横にある殻入れのバケツは溢れる寸前だ。ガンガン焼きと日本酒の組み合わせは最高だった。大量の日本酒と、何回もガンガン焼きを御代わりして食事が終わった‥‥と思ったが。
「少し足りないな」
「うん。私もだよ」
「この焼きおにぎりって気になるんですが」
締めに焼きおにぎりを三人が食べ、食事がやっと終了した。
「米がメネシスと違ってモチモチなんですね」
シュヴェもガイアの食事を堪能してくれたみたいで安心した私だった。
「さて、一仕事済ましちゃおう!」
私の掛け声で皆がサングラスを掛けた。
◆◆◆◆◆◆
今晩は分散しないで四人一緒に歌舞伎町を歩き死鬼を探している。
シュヴェは七海とお揃いの服装をしている。ウオークインクローゼットで私と七海が着替えている時だった。
「服とサングラスの方程式をコピーさせてね」
シュヴェの目が赤く光り出すと、数秒後にシュヴェの服装が変わった。
「方程式で着用しないと‥‥転移したら服だけ残っちゃうんだ」
見慣れたロングワンピースにコルセット姿ではないシュヴェと並んで歩くのは、新鮮な気持ちで楽しい私だった。
花道通りの西武新宿駅側に近い場所にあるホストクラブが多く入るビルの前に辿り着いた時だった。
「見付けたよ」
私が気が付くのと同時に皆も気が付いた。三十代位でロングヘアの美女でOL風な出で立ちだった。
‥‥さて、私達に気が付いてもらわないとね。
獲物を探す女の視線が私を過る瞬間に、私はサングラスをずらして鷹目で赤く光る瞳を見せつける。女は頷くと私達に近づいて来た。
私達を女が認識したのを確認したので、予定していた前回も女の死鬼を始末した閉店したキャバクラ跡地に向かう。
前回と同じように店の奥に残されたソファーに私と七海は座り紫煙を巡らす。ソファーの両脇には美香とシュヴェが立ち紫煙を巡らしている。しばらくすると店の入口の扉が開き、赤く光を放つ目を隠すことなく女が店内に入って来た。
「物理結界」
私は店全体に物理結界を張った。魔法結界を施さないのは前回と同じで、女の死鬼とダブネスとの繋がりを断ち切らないためだ。
「お前達。何者だ!」
女の問いに私が答える。
「見ているのだろ。ダブネス‥‥」
少しの間が過ぎると、女が男の声で話し出す。
「創造主か!メネシスに居を構えたのではなかったのか」
「時々、里も恋しくなってね」
「死鬼など狩っても、いくらでもいる。何が目的だ?」
「御久し振りです。お父様」
サングラスを外したシュヴェの呼び掛けに、明らかに動揺した表情になる女だった。
「なぜ!アークがここにいる!?」
焦りと動揺を隠せない男の声だった。
「叔父様、御久し振りです。家族だけでも大変な中で、私に御飯を別けて頂いた恩は忘れていませんよ」
「‥‥まさか‥‥まさか‥‥創造主は‥‥★△□なのか!」
さらに動揺が激しくなった男の声が、先史代だった頃の私の名を呼んだ。
‥‥今だ!
サングラスを外した私は女と視線を合わす。女と私の視線が合った瞬間、私は<意識>を女に向け飛ばした。私の意識は女を介してダブネスまで届いた。
‥‥この感じなら完全回復までは時間的猶予があるな。
ダブネスの中に残る<憎しみの泉の水>は私の予想より少なく、もう少し時間を要してくれそうだった。
‥‥といっても、回復度が増すほど速度も上がっているみたいだから、一年から数年しか猶予はないかもだね。
必要な情報は手に入れたので、ダブネスに飛ばした意識を私の身体に戻した。時間にして数秒あるかないか。極短時間で必要なことは終えられた。
「なんだ!この力は!★△□は化け物なのか!?」
‥‥なんか、化け物代表の魔王に化け物って言わるのは不本意だけど。仕方ないかな。
今回、私が使った方法はダブネスの状態を私が把握すると同時に、私の状態がダブネスにも伝わってしまっている。
「安心して。私は‥‥もう紡ぎ手ではないから。メネシスの歴史には干渉しないよ。だから、貴方が勝つか、それともメネシスの人々が勝つか。全ては貴方達次第だ‥‥」
「お前は何がしたいのだ!」
苛立つ男の声が死鬼の女の口からホールに響く。
「だが、一つだけ干渉をする。先史代の残した本来ではメネシスにあってはならない物。それだけは、その存在を物語に紡いでしまった私の罪だから‥‥私が全て破壊する!」
「憎しみの泉を破壊するというのか!そんなことが‥‥」
死鬼から放たれる男の声が動揺を通り越し憎悪の炎となりはじめた。
「私なら可能なのは感じただろ‥‥先史代の遺物など頼らず本来の力同士で互いの存在を賭けた戦い。これが、メネシスの覇権を争う本当の姿だろ‥‥」
‥‥無敵チートの私が、このセリフは反則感が半端ないけどね。
「ぐおおおぉおお‥‥」
行き場のない怒りからか男が唸り声を上げはじめた。
‥‥もういいね。
私はソファーから立ち上がり、手にしていたタバコを地面に落とし踏み消し、動揺した表情のまま直立で男の声で唸り声を上げ続ける女の前まで行く。
女の顎に私は回し蹴りを決めた。激しく吹き飛んだ女は、フロアに残っていた椅子や机を跳ね飛ばしながら壁に激突をすると床に落ちた。女の前まで私が歩みを進めると、蹴りで砕けてしまった顎のために不明瞭な声で女が私に懇願をはじめた。
「お許しください。私だって望んで死鬼になった訳では‥‥無理やり‥‥死鬼にされて‥‥」
耳に届いた女の懇願で、私の心の中の何かが壊れたのを感じた。
「望まず死鬼にされたのは同情しよう。だが、仮初の命を繋ぐのに何人を犠牲にしてきた」
「そ、それは‥‥」
先程のダブネスと私が繋がる為に触媒にされた女は私の力を理解している。そして、問われた質問の意味を理解しているので答えに詰まる女だった。私は抑えられない湧き上がる怒りで女の腹を力いっぱい踏みつけてしまった。
「がは!」
女の口から血が噴き出し、苦悶の表情で地面を転がりはじめた。
「望まぬなった存在。だが、望まぬとも手に入れた力に溺れ罪も無き人達の命を奪ったのは自分の意思のはずだ」
またも湧き上がる怒りで、私は女の右肩を踏みつぶす。
<ゴギュ>
骨の砕ける音が響くと、死鬼といえど耐えれる限界を超えた痛みで女は気絶した。
「本当に望まぬ力なら‥‥」
突然だった。後ろから私は優しく抱きしめられた。背中に感じる柔らかい感触と温もりは‥‥
「彩美。もういいよ‥‥」
そう、私がどれだけ女に苦痛を与えても死した人達は帰ってこない。背中に感じる七海の感触に、私は正気を取り戻せた。
私が正気に戻ったのを感じた美香が剣を抜き女の首を刎ねると、女は灰になり霧散した。
「まったく。彩美ちゃんは本当にヒールが似合わないねぇ」
剣を納めた美香が苦笑交じりに私に話しかけてきた。
「ごめん。我慢出来なかったの‥‥」
自分の紡いだ物語が現実になるなんて考えて物語を紡ぐ者などいないだろう。だが、私の物語は現実になってしまった。
予測出来ない不可抗力と皆は言ってくれるが、私がガイアに死鬼を登場させなければ‥‥死鬼の犠牲者も生まれなかった。そんな解消できない心の葛藤を女死鬼にぶつけてしまった私だった。
首筋に柔らかい唇の感触を感じる。私を後ろから抱きしめていた七海が私の首筋に軽い口付けをした感触だ。首筋に感じる七海の唇から、私の全身に安らぎが広がるのを感じる。私の全身から強張りが抜けたの感じた七海は唇を離した。
「背負わないで‥‥わかってるよ。彩美の性格じゃ無理なのは‥‥でも忘れないで。ここにいる私や美香、シュヴェは彩美の物語に出会えて幸せな刻を貰っている事を‥‥」
「本当だよ。魔法や剣で道を開いて行く‥‥異世界物を見ている時に行って見たい!と思っていた世界に来れたんだから」
「彩美の物語がなければ、私は命を得る事も無く、彩美とも出会えなかったんだよ」
‥‥ありがとう‥‥本当に‥‥こんな素晴らしい仲間に出会えた私は幸せだよ。
頬を伝う涙の感覚で私は自分が泣いてることに気が付いた。
「ううう。ありがとう‥‥うえええん。ありがとう‥‥」
背中から私を抱き締めていた七海が腕をほどき、私の前に回り込むと、柔らかく豊かな胸に私の顔を埋める様に抱き締めてくれた。
◆◆◆◆◆◆
・・・・で、なにがどうなって。こうなったの?
私達の前には「MixBar SEVENSEA」と大きくロゴがデザインされた見慣れた扉がある。この時間であれば明るく光っているはずの営業中を示すドア横の電光看板が消えている。そして…扉には「臨時休業」と書かれた紙が貼り付けられている。
だが、扉越しに営業中の店内と変わらないBGMや話し声が薄くだが聞こえてくる。
「さあ、入ろうよ!」
美香が私達に声をかけて来た。
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ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。
彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。
独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。
この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。
※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。
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